第19話「おせち作りです/初詣です」
「私、お先に行ってきますね」
寒空の下、みかんを揉みながらセシリアの声に耳を傾ける。
鐘の音に一つジャンプでもしたい所だが、床ドンはご近所トラブルの原因にもなりかねない。
更にはテレビなど無い為泣く泣く断念した。思いは露知らず、セシリアは扉を開く。
こんな夜中にか弱き幼子をほったらかすのかと何処からともなくお叱りを頂きそうだが
セシリア曰く大河に初詣に行かないかとお誘いを貰ったらしい。
因みに、付いてくるなというニュアンスが含まれている事も把握済み。
普段は行く気は起きないが、初詣という響きを耳にすれば多少なりとも興味が湧いて来ると言うもの。
少し経ってから、セシリアの後を追ってみようと思う。
「そんなことを思っても、本当は寒いから行きたくないんですけどねぇ」
「…あ、そうだそうだ、先におせちを作っておかないと」
悩みに悩み、産地、素材、調理法。高貴な舌を持つこの私が、厳選した結果
…まだ年越し蕎麦すら用意出来ていない。
だからこそ、最高のおせちを作って、汚名を払拭しなければと思い立った。
美的センスと究極の素材、二つがかみ合ってこそ、最高という名にふさわしい物が出来上がるのだ。
紅白のかまぼこを薄く切り、黒豆を煮る準備を始める。
火の加減に気を配りながら、指先は無意識に動く。鍋の中で、黒ずんだ水面が波紋を靡かせる。
頃合いを見て豆を引き上げる。出汁を啜ると、程よい甘さと塩分が体に染み渡る。
我ながら、いい味に仕上がっている。この調子で、他の料理も作っていくとしよう。
多様な野菜を千切りにして、きれいに盛り付ける。鮮やかな色合いが、料理の中に華やかさを加える。
心を込めて、少しずつ、丁寧に仕上げていく。
昆布巻き、数の子、伊達巻き――
一品一品を仕上げながら、時間は確実に過ぎていく。だが、慌てない。焦らず、丁寧に、そして美しく。これが私の仕事であり、年を迎える準備であり、何よりも愛情表現であるからだ。
手を止めて、完成した料理を眺めるどれもこれも、心を込めて作ったものばかり。それに満足しながらも、まだどこか物足りなさを感じる。だが、それもまた、この瞬間が最良である証拠だ。
改善点、予算、新しい知恵を出してこそ、次の期待が高まるというもの。
もう一度、深呼吸をして、背筋を伸ばす。そして、完成したおせちを一口頬張る。
「とりあえずは、これでいいでしょう!」
――――――――――――
年の瀬を締めくくる行事だからか、数多くの人々が集まる。やはり、その場所は神社だろう。
賑やかな足音と、松の香りが漂っている。灯篭の明かりがほのかに照らす夜道を歩くと、神
社の鳥居が視界に広がり、空気が一層深まったように感じられる。
大層賑わう様子を傍目から見やり、そんな感想を抱いていると、突如として、肩に温もりが宿る。
「アリスさん!来ていたんですね!」
「大空さん、今年もよろしくお願いします
……そういえば、大河君とは行かなかったんですね」
「あの子ったら、最近セシリアちゃんセシリアちゃんって
まさか、数週間も前からお誘いをしていたなんて本当に親ながら罪な子だと思うよ
これからも、迷惑を掛けてしまうかもしれないけれど、今年もよろしくね」
思わず苦笑いを浮かべる。お互いの苦労も知らず。迷惑を掛けっぱなしな
セシリアが容易に想像出来てしまう。
年が明けても、少年少女、彼らの日常は、変わらないのだと改めて実感する。
しかし、彼らとて成長している。それは良い方向でだ。
事を願いながら、大空と共に鳥居の境内を歩き始める。
「わぁ、結構人だかりが出来ていますね」
予想通り、人との密着は避けられない状態が続いていた。
中をかき分け、少し開けた場所に出る。普段見られないような売店が出店している。。
「あっ!アリスさん!見て下さい!巫女さんがいますよ!」
大空が指さした方向には、巫女衣装を身に纏った女性。
落ち着いた佇まいが印象的だった。すると、その女性が神妙な面持ちで口を開き始める。
「アリスさんじゃないっすか!」
「あら、あなたは…」
大空の困惑を表す顔つき。一変して、表情は喜色に溢れたものになっていた。
美人というより、愛嬌がある愛らしい顔立ち。巫女衣装を押しのけるほどの豊満なバスト。
私は、その女性に見覚えがあった。
「アリスさんのバイト先の先輩、柏木七と申しますっす!一応年下です!」
「翠川さんは来ていないんですね
で、何故柏木さんはここに?」
「そっすね、仕事が忙しくて来れないみたいっす
私は神社のバイトしてるだけっすよ!」
「で、で、お二人はどういう関係なんすか?!」
以外にも食いつきの良い反応。アルバイト先の先輩と後輩、ごくありふれた関係を、ことも大げさに。
誇張に誇張を重ねた発言が、柏木の口から直接語られる。
「そこで!アリスさんが迷惑客にこう言ってやったんです!「去れ」……と!」
自然と弾む二人の会話。話の主軸は私だというのに、疎外感を覚えるのはもどかしさを覚えてしまう。
しかし、悪い気はしない。見ず知らずの地に舞い降り、その中で、小さな居場所を見つける。
第一、人付き合いがあまり得意ではない方だ。
一緒に働く仲間とはいえ、自分の時間を割いてまで交流を深めようなどと思わなかった。
不愛想な私を、束の間の感情かもしれない。でも、歩みを、新たな世界に踏み出す一歩を導いてくれた。
二人の笑みを見ていると、この時間もひと時の乙なもであると感じさせられる。
寒い風が頬を撫で、空気の中に凛とした冷たさが漂う。雪の気配を感じさせる、ほんのりと冷えた風に身を任せながら、町を歩く人々は皆、鐘の音に耳を傾けているだろう。
それぞれがそれぞれの想いを胸に抱えて、この瞬間を迎えている。
鐘の音が静かに続く中で、時折の躍起な声は、新年を実感させる。
新年の訪れを。新しい年がやって来たのだと。
どうか、どうか今年も、皆と楽しく過ごせますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます