第20話「食べ放題です/勝者決定戦です」

食べ放題というのは、戦場である。

腹の具合など気にも留めないで胃に貯める。間髪入れずにソフトドリンクをがぶ飲みする。

人の何倍も食べる人がいるかと思えば、少ない分を時間をかけて食べてなんとか帳尻を合わせる人もいる。


食べ放題というシステムが成立するのは、参加者の誰もが自分の胃袋に限界があることを理解していて

他人に勝とうとしないし、させようという気にもならないからである。

ただ、その安心感が油断に繫がる場合があったとしたら。

食べ過ぎによって動きが鈍くなった参加者は、いつのまにか戦いの場から取り残されていくだろう。



時は遡り数時間前…


都内某所、コンビニエンスストア内。昼時を過ぎた店内に、二人の店員いた。

学生とエプロン姿のこの私。午後の時間帯、学校や仕事を終えた学生が小腹を満たしに店に寄ること

はままあることだったが、比較的空いている時間と言っても良いだろう。


そんな中、彼女こと柏木七はいつもと様子が違っていた。


「ふっふっふっ聞いて驚くことなかれ」

虚言か否か、いつもながらの二択である為、日常のごく一部として扱っていた。

そのすぐ横で、同じ制服に身を包みレジ対応中。


「なんと?!某有名焼肉店が最近オープンしたらしいですよ!」

以前お叱りを受けたことも忘れ、平然情報を流していた。名前を出す店はチェーン店。

バイトを始めた頃は、そんな知識は一切持ち合わせていなかったが、友人から聞いたり自分で調べたり。

有言実行する為に現在猛勉強中である。


「更に?!開店キャンペーンで食べ放題?!これは行くっきゃない?!」


…ただ淡々と業務をこなす。まるでロボットの様。

「………ちょっとちょっとぉ!少しでもいいから相槌くら打ってくださいよぉ!」


「そんなこと言われたって、七さんとは違ってお金に

余裕がないのですから、行きたくても行けないんです」


既に何回も聞かされたこと。いい加減うんざりしている。

見聞きする度に、口内が唾液まみれになるが、やり取りをしている間にも客は増える一方だ。

七の相手をしている暇はない。


……が、そんな時に限ってこの女は察しが悪い。


「仕方ありません…ここは先輩として、女を見せなければいけません!



……という訳だ。


「うわー見てくださいよ、美味しそうなお肉たちがありますよ!」


裾を引っ張る。いつまで経っても、自分に素直な性格。

悪く言えば「子供かこの人」というのが正直なところ。


だが、現に至っては私も欲に忠実になろう。

焼肉は食べたいけど、お財布と相談した結果選択肢から外れてしまう。

そんな人たちの救世主とも呼ばれているのがこのシステム、食べ放題だ。

店内の内装は一言で言えばモダンだった。落ち着いていながらも明るい印象を受ける。

ボックス席はもちろんのこと、テーブル席も多く用意されているため、食べ盛りの人見知りにはもってこい。


「最初はがっつり系にしましょ!」


「へっ、がっつり系は後々胃もたれするって分からないんですかねぇ」


不満げな顔を表す柏木が伺える。ましてや、関わりの無い異性、柏木にとっては、困惑することも頷ける。「ムッ、なんすかなんすか」


「そんな人ほっといて、自分たちの食べたいようにしましょうよ」


しかし、楽しむ為に来ているのだ。苦虫を嚙み潰したようで申し訳ないが

瞬間、視線は無意識に指先を追い、私は卓上に広がる美食の数々に引き寄せられた。目の前に並べられているのは、まさに焼肉の聖域とも言うべき品々だった。皿の上に彩り豊かに並べられた肉たちは、味、見た目、どれも補償をされているものである。


まず目を引くのは、赤身と脂身の美しい対比を成すカルビ。

肉質は、牛特有の、とろけるような食感を予感させる。厚みのあるロース肉。脂身の境界線が鋭く、赤身の部分はまるで絹のように滑らかだ。その表面にほんのりとついた塩の粒が、焼き上がることでじわりと旨味を引き出し、その一片が、牛肉の真髄を象徴している。


「こ、これにお米を合わせたら…!」


「はっ、米って、まだまだ、未熟者がいますねぇ」


「おい、誰が未熟者だって?」


柏木を貶すのは寛大な心で許してやろう。しかし、私は貴族だ。貴族なのだよ。


「い、いやぁだからあなた方がですよ、最初はハラミなどのあっさりしたものから

次にタンなどを食べたほうが、お得だし、ご飯なんてもってのほかですよ」


「細身体系の貴方には一番言われたくないですけどね

んなことより沢山食べて体作ったほうがいいですよ」


「このピリついた雰囲気…!始まりますっすね、食べ放題勝者決定戦が…!」


…穏やかな雰囲気は何処へ行ったのやら。迫る肉、肉、米。一番メジャーな食べ方。周囲を見守る人々も、その様子に頷きを表す。タレの染みこんだ肉には、確かに米が合う。


一粒一粒が、その瞬間を待ちわびているか、炭火の香りと相まって、まさに「焼肉」の醍醐味が広がる。柔らかな肉の食感に、ほんのりと炭の香りが染み込んで、肉の旨味を引き立てる。

ひと噛みごとに、味わいが深く、体の隅々に染みわたるようだ。

そして、何と言っても、焼肉の魅力はその「米」にこそあるのだ。

白ご飯。シンプルなようで、実はこれが決め手であることを知る人は少ない。


対して、あちらの「攻め」は「何かが見えている」


米、肉、米、炭水化物であるからこそ、胃的には厳しい所であるが、それを覆せるほどのメリット。

つまるところの「飽き」が来ないというのが、焼肉には存在する。

例えば、最初はウィンナーから行く人もいれば、まずはビール片手にホルモンに手を出す人もいる。

その時に食べる肉によっても、味わいは変わってくる。

とまぁ、こんな具合に焼肉の魅力は語りつくせないほどあるが……

とにかく、焼肉の魔力は恐ろしいのだ。


しかし、彼はどうだろう。とにかく胃袋優先。水も、口直しも、何もかも後回し。

いや、彼はただひたすらに、肉を食らっていた。


食べ放題という性質に今更気付いた私は、きっと未熟者だったのだろう。

たったの一つ、その一つが勝敗を分かつには充分過ぎるものだったのだ。




「し、勝者!アリス・スコット!」


――――――


「いやぁ、中々に目に物入れられたんじゃないですかね」


結果として勝利に終わった。しかし、その要となったのが、ただの胃袋の許容量だというのが頂けない。

強靭な異世界の住人と、戦も知らぬ者と比べたら差は一目瞭然。最後は、お互いに認め合い、そのお互いに握られた拳の中には、確かな絆が宿っていた。


「そっすね!私なんだか胸がドキムネしちゃいました!」


「あ、そうだ」


咳払いを一つ。蛍光灯の下、純真な瞳には確かな色が見て取れた。


「お正月の時は言いそびれました」


初めて出会ったとき、その姿に、私は魅了されてしまったのだ。


「これからも、よろしくお願いしますね、アリスさん」

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