第26話「趣味探しです/ハンバーグです」

以前より、無気力に生活することが増えたように思う。

いつもと変わらぬ時間に起床し、仕事場に向かい、仲間と汗を流す。

柏木や翠川との交流も特段減少したわけでもない。


というか、金に余裕が生まれて、誘いの場にも積極的に顔を出せるようになった。


誰が見ても、充実した平日だと思われる。対照的に、休日は見るも無残なものであるが。

基本的に外出することも無く、活力も無に等しい。自堕落にも程があり

英気を養っていると言えば聞こえは良いが、結局のところ自堕落という言葉が一番理にかなっている。


「ちょっと!仕事中にボケっとしないでくださいっすよアリスさん!」


今日も今日とて、柏木に叱責を受ける。最近は特に説教が多い。

心配してくれているから、というのは何とも嬉しい限りではあるが、時と場所を弁えて欲しい。

困惑の表情が向かいのお客からも見て取れる。

改善策を練っているのか、その後もあれやこれやと説教交じりに続く。


本人にはそんな自覚はないのだろうけれど、営業妨害じゃないかと心配になる。


だが、頑張っているのが良く分かる。柏木は、柏木なりに、仕事を前向きに取り組んでいる。

それ故、だからこそ申し訳ない思う。

現在お昼時、客足も比較的落ち着いているため、今が好機とばかりにバックヤードで休めと進めてくる柏木。

半ば強制的に裏へと連れていかれ、されるがまま、休憩室へと足を運び、椅子に腰かける。


「もう!一応店長にも報告してきますが!あんま無理しちゃだめっすからね!」


感謝の言葉を述べる暇もなく、足早に現場へと戻る姿が遠のく。


ふと、セシリアのことを思い返してみた。

当初、不本意ながらこの世界で生活することになり、それはもう泣きわめいていた。

それから徐々に、大切な仲間を見つけて、楽しみ方を見つけていた。

セシリアが元々持っていたポテンシャルの高さ故なのか

はたまたは彼女の努力によるものなのか。恐らくは両方だろう。

けれども、何故謳歌出来ていたのか。理由を探すには頭を悩ませる。


明確な答えは無いし、生き方など人それぞれだというのは理解しているつもり。

それでも、この世界に留まりたいという明確な理由が無いのだから。


「やっほーアリスちゃん」


思い詰めていた為か、至近距離まで詰められても声をかけられるまで気づかなかった。

何事もないかのように、にっこり笑顔で挨拶をするものだから、胸の奥底がざわついた。


「お金の発生する場であるのに、本当に申し訳ないです」

「…残念だったよね、セシリアちゃん、急に帰国したんだもん」

「アリスちゃん、没頭できる趣味でも見つけてみたら?いつも何してるの?」


「…家でずっとスマホを見ています」

「だからだよ、一日中無意味にネットを見ていたら

一日の何処かで必ず思い出すことになる」


「でも、趣味を見つけるなんて、至難の業じゃないですか?」



「そうだねぇ、日常の中に溶け込めて、自然に楽しいと思える

ものを見つけてみるといいんじゃないかな」


――――


「溶け込める…ねぇ…」


人の賑わうスーパーの中、一人呟く。今は夕ご飯の材料を買い出し中。

助言通り、日常に溶け込めて楽しいと思えることを探してみる。

しかし、その考えに至るには至らない。そもそも、趣味とは何か。

娯楽を趣味と定義するならば、人それぞれで千差万別。

例えば、映画鑑賞やゲーム、アニメ鑑賞が趣味という人もいるだろう。

だが、趣味とは、必ずしも娯楽とは限らない。料理が趣味なら、料理をすること。


果たして、それは趣味を言えるのか。自分にとってのそれは何か。そう考えてみるも答えは出ない。


「今日、ひき肉がお安いですね。

ハンバーグにでもしようかな」


唯一、セシリアのいない生活に良い点を挙げると、まともな食いぶちを確保出来たことだ。

以前ほどもやし生活を送る日はなくなった。


副菜として卓に並べることもあるが、所詮その程度。

思いのほか安く済ませることが出来ている。

というわけで、今日の夕食はハンバーグ。


上機嫌に帰路へと赴く。



…真っ赤なひき肉の塊。

まだ冷たい肉の感触を手のひらで確かめながら肉をボウルに移し始める。

ひき肉の上に、パン粉をふりかけると

指先で軽く混ぜ合わせる。少しの塩とこしょうを加え、卵を投入する。

均等になるよう円状に丸める。少々厚みがバラバラになってしまったのはご愛嬌。


フライパンの上に油を敷く。少しの間見守ると、跳ねる音が部屋中に響き

それを合図にタネを並べる。肉汁も足され、油の勢いも更に増す。


真っ赤に光沢を放つ肉は、色合いを失い、焦げ茶色へと変わっていく。

しばらくして、ハンバーグの裏側が美しい焼き色に染まった。

ひとつひとつ、我が子のように、優しく裏返しながら焼いていく。


数分後、火が通り、香ばしい匂いが漂い始めた。

皿に盛りつけ、軽くソースをかけると、完成だ。

瞬間、自分の手に満足感を覚えながら、その一皿を眺めた。


「いただきます」


分厚い分、中身には肉汁の多いこと。

噛む度口内に潤いをもたらし、酸味の効いたソースが良いアクセントになる。

湯気の立ち込める米を口に押し込む。

程よい甘み、確かな肉の感触が食欲を増進させる。箸は止まらず、勢いを増す。

焦げ目の付いた部分、苦みが含まれているものの、米が全てを包み込む。

喉を通過した後、舌先に残る余韻は十分な出来を表す。


「うん、美味しいですね。

中々に良い出来となったのではないでしょうか」

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