第27話「趣味探しです 2/男の炒飯です」

「趣味とは何か、ねぇ」

電話越しでも思い悩む、海人の表情が想像できる。

というのも、出会った当初、精密機器の販売している場所に訪れた時。

吟味するように、商品の一つ一つをじっくりと観察する海人。

その真剣な眼差しは、獲物を狙う猛禽類ながらも、目を輝かせていた覚えがある。

何故、「物」に対してそこまでの感情を抱けるのか。

こうして、電話を掛けることを決意したのである。


「有名スポーツ選手、その方は両親の影響を経て

のめり込むようになったと聞きます。

趣味というのは、何かの影響がありつつ、その道を突き進むものだと思います」


「例えば、大好きなゲームが発売するから、そのゲームにのめり込む。

好きな漫画がアニメ化するから、そのアニメにのめり込む。

んなぁ、難しい話じゃあねぇよ。

好きなもんは好きだし、だから興味が湧くってだけだ」


「好き、が見つからないから困っているのですが」


苦悶の呻きが、電話越しに聞こえてくる。そのすぐ後に、荒々しい息遣いが耳朶を打つ。

何かに興奮しているというか、とにかく切羽詰まっている。そんな様子にも思えた。

やがて、荒々しく言葉が紡がれ始める。


「映画見に行こうぜ!」


――――――


「…で、どうして映画なんですか」

人通りの多い道沿いを、二人で横並びに歩く。

その最中、投げかけるように問うた。


「そういや、以前映画のチケットを友人に貰ってるの忘れててよ。

趣味探しにでもなるかなぁって」


微笑を浮かべ件のチケットを、ヒラヒラと泳がせる。

そのチケットには、最近話題となっているホラー映画のタイトルが刻まれていた。

一人では足が向かない映画だが、誰かと見る分には許容範囲である。

それに、海人の趣味を知るにもいい機会だ。そう考えて、二つ返事で承諾した。


やがて、赤を基調とした頂部が目に映る。海人の背を追って、内部へと足を踏み入れると

如何にも広告を主張とする製品が、画面いっぱいに視覚情報として押し寄せた。

映画館のロビーには、大きなスクリーンが壁一面に備え付けられており、自然とそちらに足が向いてしまう。


内容的に言うと、下手な恋愛映画。見ているだけでも甘ったるくなるような、乙女御用達という印象を抱く。


「へぇ、お前ってあんなんに興味あるんだな。ちょっと意外」

「うるさいです。ただ目に映っただけですから」


手を振り払うを仕草と共に「へいへい」と淡泊な反応を返される。

そんな傍らには、映画を視聴する為のチケットの他、存在感を放つ金色のポップコーンが抱えられていた。

その量、およそ二人前。一人で食べるには、些か多すぎる量。


「どうしたんですかそれ」

「いや、お前食ったことねぇだろぉなぁって」


一粒摘まむと、何度か噛みしめ、それはもう美味しそうに嚥下する。

口角が上がり、段々と表情が綻んでいく。そうして、どこか得意げに話し出す。


「映画前に食うポップコーンも乙なもんよ。

お前も食うか?」


騒々と音をたてながら、一つのポップコーンが差し出される。

そのポップコーンを、ひょいと口先で受け取ると、咀嚼する。


本来素朴な味ではあるが、綿の様に柔らかな食感と、流れ出る滝のように、かけられたキャラメルソースがクセになる。

また、飲み込む頃には、自然と次の一口を頬張ってしまう。


無意識化である為、海人に呼び止められなければそのまま完食していだだろう。

「そろそろ映画始まるみたいだ」


場内に響くアナウンスが、入場を促す。

手を招かれ、そのまま場を後にする。


真っ暗な中、騒音の轟く空間には妙な雰囲気を抱く。


スクリーンに明かりが灯され、不気味な音楽が

流れ始める。映画が始まる合図のようでもあった。

物語は至って普通なものだ。

いや、ホラーというジャンルで普通と表現するのは些か語弊があるかもしれない。

しかし、その普通さこそが行き着くところ恐怖感を煽り、身を震わせる要因となる。


時折映し出される死体、ここぞとばかりに流れる効果音。


そして、恐怖を駆り立てるような音楽が耳に入る度、心臓が大きく跳ね上がる。

映画が始まってからというものの、ポップコーンを食べる手が止まる。

目はスクリーンと手元のポップコーンを交互に行き交い、どこか落ち着きがない。

映画の内容が内容だけに、自然と手に力が籠る。


そうして、物語は佳境を迎える。

主人公たちは何とかして逃げ出そうと試みるも

その道筋には殺人鬼が待ち伏せており、そのまま後味の悪い終わりを迎えた。


「凄いですね。フィクションとは理解していながらも

思わず逃走する場面には手に汗握りました」


スタッフロールが流れる中、些細な声で会話を交わす。

海人も満更ではないようで、不意に出る笑みを必死に我慢していることが伺える。


「だよなぁ、本当に制作陣の方々には頭が上がらない」


あれやこれやと話を弾ませ、やがて場が点灯すると同時に客足も帰路へと流れていく。


「私たちも出ましょうか」

「そうだな」



「あとはどーすっかなぁ」

うんと背筋を正し、吸いこんだ息を吐く。

小一時間程度で賑わいは姿を晦ませ、辺りは静寂に包まれていた。

それもそのはず。店という店舗は軒並み閉まり、街灯の灯火だけがぼんやりと照らしている。

帰路へ着くには心許ない明るさで、この時間帯に独り帰るというのは一抹の不安が過る。


そんな気持ちに現を抜かしていると、重大なある一つを忘れていたことに気が付く。

「そういえば、ご飯の支度忘れていました」

再度、忘れていたという事実に気が付くと、脱力感に襲われる。

どっと押し寄せる疲労が、身体中を駆け巡るようで落ち着かない。

今日は出前か外食でもしようかと考えていた矢先、海人から提案を持ち掛けられる。

その提案とは――



卵を溶き、殻の混入を防ぐよう注視する。

炒飯というのは、時間との勝負である。小さく切り揃えられた肉片、冷やご飯、ネギにその他諸々。

こうして、海人の手助けが無ければ成し得ない料理なのかもしれない。


…と思っていた。現実は非情とはよくいうが、正にその通り。

海人は料理が出来ない。それは、運悪く今日発覚したのである。


「ちょっと!まだ卵入れないでくださいよ!」

「炒飯なんて最終的には全部ぶち込むんだから対して変わんねぇだろ。

コーンフレークを先に入れるか、牛乳を入れるか。

そこに違いがあると思うのか?」

「こいつ…焼き鳥屋で働いてるくせに」

挙句の果てには、この始末だ。料理の調理を殆ど私が担っている。

それだけならまだいいのだが、味付けは全て海人に一任している為、酷く不安である。

出来ることと言えば、炒められた炒飯に塩を振りかけるだけ。

その塩ですら、手に取ることを許されなかった。


しかして今に至る訳であるが、本当に大丈夫だろうか。

炒飯と呼ぶにはあまりにも不恰好。


品の欠片もない飯を口に入れる。

「…美味しい」

「だろ?これが男の炒飯ってもんよ」


塩気と醤油の香りが強く、刺激的な味が舌鼓を打つ。

舌を覆い尽くすように、口の中に強く広がる。

少しの醤油が、想像以上に濃厚で、まるで醤油そのものを食べているかのような感覚に襲われた。

口の中で調和しているはずの味が、全てが主張し合っているかのようだ。


次に口にしたのは、卵と一緒に混ざった部分。

卵がふんわりとした食感で、塩気に対抗しようとするかのように軽やかに舌の上で踊る。


「…とまぁ、感想としてはこんなところでしょうか」

「はっ、随分とどうも。

お前って料理好きなんじゃね?」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る