第28話「料理教室です」
「料理好き」どうも昨日の一言が脳裏から離れそうにない。
飯の出来に格差はあれど、それに楽しみを見出している訳でも無い。
ましてや、失敗作に価値を見出すなど、理解に苦しむ。
「さて、今日のお昼は何にしましょうか」
その為にも鍛錬あるのみ。自炊を心がけ、食費を浮かす。
そう心に決めた私は、今日も今日とて、スーパーへと足を運んでいる。
「あら、偶然ですね!」
その道中。ばったりと、大空と出会した。
セシリアを軸に彼女との交流が始まった。
それ故、セシリアの不在な今、大空と出くわすことについては、些か居心地の悪さが残る。
だが、口を大きく開けて偶然の一言で片付ける辺り、彼女らしい。
大空との出逢いに、セシリアは必然。
しかし、その出逢いは、私にとって悪いものでは無い。
そう思い込み、大空へと微笑む。
「ですね、大空さんもお昼ご飯用の買い出しですか?」
「ですね、大空さんもお昼ご飯用の買い出しですか?」
彼女の買い物籠の中には、新鮮な野菜や鮮魚、そしてお肉といった食材が詰め込まれていた。
察するに、これから調理をするのだろう。そう推測し、私は大空に聞く。
ところがどっこい。まるで見当違いと言わんばかりに、彼首を横に振った。
では一体、何を買いに来たのだろうか。そう私が首を捻ると同時に、大空は言った。
まるで名案だと言わんばかりに、満面な笑みで。
そして一言。それはそれは、とてもいい笑顔で言ったのだ――――
「…あの、本当に良かったんですか?」
歩道上を歩いて早数分。私は、大空と肩を並べて歩いている。
「いいのいいの、折角こうして偶然会ったことなんですし
お昼代も浮きますからね」
何でも大空曰く、食材の買い出しの為にスーパーへと足を運んでいたらしい。
ここまでは私が予想した通りだったが、新事実が一つ。
大空は料理教室の講師をしているらしい。
何でも、料理の楽しさを知ってもらいたいと、そんな思いから始めたそうだ。
大きな買い物袋に積まれる食材たちは、大河の為によるものだと考えていたのだが
流石の食べ盛り育ちざかりの学生でも、そこまでのキャパは持ち合わせていなかったか。
「作るメニューは何ですか?」
「今日はねぇ、ハンバーグにしようかな」
やり取りをしているうちに、一件の建物を前にしていた。
白を基調とし、青字で文字が刻まれた看板がぶら下がっている。
入り口の隣には、黒板にメニュー表が立てかけられていた。
こここそが、大空が運営しているという料理教室。
外観からも分かる通り、清潔感が満ち溢れている。
一歩踏み出すと、キッチンやトイレといった、食堂に必要不可欠な設備はもちろんのこと。
それ以外の設備も充実していた。まるでホテルの様だ。
そんな感想を抱いていると、建物の入り口から一人の女性が姿を見せた。
細身の体格を有していながら、出るところは出ている。
女性としての魅力に溢れた人物だ。
彼女は此方の存在に気づくと、早足で私たちの元へと向かってきた。
そして大空の前に立つとお辞儀をする。
「待ってましたよ、今日もよろしくお願いします。
……って、その子は?うちの料理教室にそんな子いましたっけ?」
手を頬に当て、困り顔を浮かべる彼女。
私の登場によって、予定が崩れてしまっただろうか。
しゅんと気を落としていると、すかさず大空が助け舟を出す。
「違う違う。体験入学の子で、今日が初めてなの。
だから、分からない部分もあるだろうけど、困っていたら教えてあげてね」
体験入学…そんな言葉口に出した覚えはないが、大空はそれを言ってのけた。
だが、私は言葉の通り体験入学をしに来たのではない。あくまで昼食代を浮かせる為に来たに過ぎないのだ。
嘘っぱちも良いところではあるが、その言葉に甘えよう。
「あ、そうだったんですね。
これからよろしくお願いしますね」
今後も何もないだろうが、礼儀としてお辞儀をする。
すると彼女も、再びお辞儀をしてみせた。
こうして大空による料理教室の体験入学が始まった。
…初めに説明されたのは、火の扱いについてだ。
ガスコンロに火を灯し、それを強火から中火へと弱めると説明がされる。
火元は油断しておくと火事になりかねない。最も重要な基礎を言い聞かせるのは、流石の一言。
次に、包丁の扱いについて。
大空曰く、料理は基礎が大切らしい。
その基礎を疎かにすると、怪我をする恐れがあるとのことだ。
包丁の持ち方や動かし方といった基本を教わった後、実践へと入る。
今日作る物はハンバーグらしい。
以前も作ったことはあるが、肉肉しい料理は幾らでも腹は受け付ける。
まな板の上には玉葱が転がっている。
それを切り刻み、一つの深い容器の中に放り込む。
別の容器にはひき肉を入れる。そして、予め用意していたらしいパン粉と卵をその中に入れる。
均一に混ざること意識しながら、丸みを帯びるよう注視する。
自分の目から見て満足するようだったら、ようやく均等に混ぜる作業を進める。
野菜類が入り込む肉の塊、その際、強く握りすぎると肉が変になってしてしまうため注意が必要だ。
まんべんなく混ざり切ると、まな板の上に打ち粉を敷き、手で丸を作るように丸めていく。
皆の作業がひと段落ついたと察してか、大空は口を開いた。
タネを寝かせる為という
各々が自由に過ごす中、私に声をかける者がいた。
「先程は申し訳ありません…。
体験入学の子が来られたのは初めてなもので…」
大丈夫と、私は首を横に振るう。彼女は安心したように胸に手を当てた。
心の余裕生まれたのか、咳払いをした後、続けて話し始めた。
「それで、どうして料理教室に入ろうと思ったんですか?」
どうしてと言われても、食費が浮く
から、なんて返答する訳にはいかない。
何処か良いところはないかと探していたら、ふと、昨日の言葉を思い出した。
「料理好きなので」
「そっかそっか、良い趣味持ってますね!」
「…ただ料理を作るだけでも、趣味と言えるんでしょうか」
素朴な疑問を抱いた。料理は、ただ作るだけでは趣味とは言えないのではないか。
すると彼女は、私の言葉を受け、目を丸くさせた後、くすりと微笑んだ。
「当たり前ですよ。好きなことに自信を持つことの何が悪いんですか!」
勿論だと、胸を張って答えたのだ。その笑顔は何処か自信に満ち溢れていた―――
休憩時間も終わり、ハンバーグ作りの再開だ。
強火で着火した後、フライパンの上に置く。
弱火にし、ハンバーグの両面が焼き色がつくまで焼く。
その後、水を大さじ一杯入れ蓋をする。中までしっかりと火を通せば完成。
オイスターソースを適量入れれば、香り豊かなハンバーグとなる。
「皆さん、お疲れ様でした!」
大空の合図と共に、ハンバーグ作りは幕を閉じる。
しかし、ここからが本番である。作ったのなら、食べることこそが本望。
冷めぬ内に、肉汁の引き立つハンバーグを頂く。
白い皿に赤みを帯びた光沢を与える。その光景だけで、食欲が一層駆り立てられた。
香ばしい匂いが空気を満たし、食欲は絶頂に達していると言っても過言ではない。
肉汁が唇を染めて、甘くほんのりスパイシーなソースが肉の旨みを引き立て
深いコクが舌を包み込む。肉のひき方は絶妙で、食感も軽やかでありながらしっかりとしたボリューム感を感じさせる出来。
噛むたびに、肉の旨味が口いっぱいに広がり、思わず目を閉じてその余韻を楽しんだ。
「あら、良い仕上がりに出来ましたね」
その肉の塊に美味しさに舌を巻いていると、頭部の方から声が聞こえる。
上を見上げると大空がいた。下から見ても、その美しさは変わらず。
ハンバーグと大空を行ったり来たりしている視線には思わず笑ってしまう。
反して、大空の顔色は優れない。
何か思い悩むような、そんな表情だ。
「大河について少々お話があるのですが…」
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