第24話「海です/お肉です」
時は経ち、変わらぬ日々を過ごしていたある日。
風情を感じさせるセミの声が鬱陶しいと思い始めた頃、相も変わらずのオンボロアパートが物音をたてる。
忽然と開く戸の音に思わず尻込みをする。背に影を携えている男は、特徴的な色合いを持つ服。
麦わら帽子の良く似合う、きっちりと半袖を着込んでいるが大量の汗が体中を伝っている。
片手に大量の荷物を携えたまま、男は私を見据える。
「おーいアリス、今から遊び行けるか?」
「どうしたんですかいきなり…折角の休日なんですから、眠らせてくださいよ」
「いいじゃねぇか、休日だからこそ、日の光を浴びたほうが得なもんよ」
「めんどいです」
「つってもなぁ…」と一節溢し、時針を見つめる。同じ様に目を向けると、垂直に差しており
幸運な時間に起床できたとふんと鼻を鳴らす。
哀れみを込めた小言を漏らすも、閃いたと言わんばかりに指を鳴らし自慢げにある提案をした。
「あぁ、そうだそうだ、話の本筋を忘れるところだった。
遊びに行かねぇか?舞台は海だぜ?」
彼方遠くまで色付ける海の光、塩の香りを運び、心まで凪ぐ。
見事なまでの晴天と壮大な海原に、皆は心を躍らせる。
…と聞いたことがある。実のところ、海には行ったことがない。
だからこそ、そうまでして行きたいと駄々をこねる海人には少々尊敬の念を覚えた。
思い返せばこの数か月、彼と関わりを持ったのは数え切れる程だ。
もしや、私との交わりにぎこちなさを覚えたのかと不安が過るが、海人の性格上それはないだろうと一蹴する。
折角のご厚意、折角の無料。予定も無しとは断る理由が見当たらなかった。
茹だるような暑さの中、荷物を纏めて支度を進める。無防備に背を向けていると、海人の手が肩に温もりを宿す。
「…その置物なんだ?」
「親戚から貰いました」
流石は真夏というべきか……暑すぎる気温が支配する中を歩かなければならないなんて、労働以外の何者でもない。日陰を歩いていても汗が止まらない。
「なんだぁ、海人、随分と可愛い子連れて来たなぁ!」
青色の車両から顔を覗かせる男は、私を見るなり野太く声を轟かせる。
屈強な体格に広い肩、がっしりとした胸板、太くて力強い腕に思わず委縮してしまう。
すぐさま助け舟を求めて海人の方へ目を向けると、笑みを湛えながら小さく頭を下げていた。
「わりぃ親父遅れちまった!」
それに倣って私も頭を下げた。月並みな返しではあるが、元気の良い親子は笑みを絶やさず、私の手を取り車内へと乗せた。
関係性を話すと、運転席に座る男が豪快に笑った。
それが恥ずかしかったのか、海人はそっぽを向いてしまう。年頃の少年によくある仕草だが、それが少し可愛らしく思える。
「海人から聞いています。
主人の名前は
反して、女性は上品な佇まいを崩さずにいた。物腰が柔らかく、海人とは正反対の女性。
恐らく海人の性格が父親譲りなのだろうと見受けられる。会釈の後に「よろしくお願いします」と挨拶を交わす。
「で、で!アリスさんとあんたとの関係はどんななのよ~!
金髪にその美貌…絶対何処かの外人さんよ!きっと運命的な出会いなんでしょうねぇ!」
好奇心を旺盛に、目を輝かせて私と拓海を交互に見やる。
言葉の壁というものは大きく、意思疎通は未だにとれていない。だからこその好奇の視線なのだろうが。
顔を振りながら否定すると、沙羅は顎に手を置きぶつぶつと独り言を漏らす。これがいつもの日常なのか、私のみが怪訝な目で見つめていると、ある一つの疑問を抱く。
水着など持っていないということ。
海と言うからには、蒸し暑い灼熱の中、冷水に浸かって風情を感じるのが醍醐味というものだ。
それが無いなんて、まさしくあってはならないこと。
「すみません、水着持ってきていないのですが…」
「大丈夫よ大丈夫!海人が、あいつは絶対に持っていないって言うもんだから
事前に全部用意してきたわ!」
自責の糸が途切れたのか、それを皮切りに他愛のない世間話に花を咲かせる。
もっぱら海人への小言だったが、何だかんだ楽しい空間が広がっていた。
少しして、車は国道を走っていたが次第に脇道へと逸れていく。
騒がしい程の日光が遮断され、外を眺めると青々とした草木に心が安らぐ。
そんな森の様な木々の間を抜けた先に見えたのは、人の賑わう果ての見えない海。
車内の中からでも、塩の匂いが空気に乗せて鼻をくすぶる。
砂浜に着くなり、沙羅は早々と水着に着替えに車内へ戻った。
性格上わざわざ現地で着用するのが煩わしいのか、男二人は既に仕込んでいるらしい。
私は何も知らされていない、突如として現れた高坂家にお邪魔しているだけ。沙羅から貰った、赤色を主とした水着を身に纏う為
同じく車内へ戻ろうとする。今日は何をしようかと、そんな思いを馳せる中で、拓海の顔がちらつき、歩みをぴたりと止めてしまう。
「腹が空いていたら泳げるもんも泳げねぇ!まずは飯だ!」
――――炭火の赤い光がゆらめく中、皆が集まっている。炭の上でジ音を立てる肉や野菜。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、その煙が空の彼方へと消えていく。
炭火を囲んで作り上げる時間は、不思議と会話が弾む。
熱い肉の温度とともに、炭火の香ばしい香りが一気に広がる。口に入れた瞬間、その柔らかさと旨味が口いっぱいに広がり、食材そのものの味を感じながら、甘辛いタレと漬け込んだ肉が舌の上で複雑に絡み合う。
対して、高級な食材や手間をかけた料理と比べると、特別なものではないかもしれない。
皮が心地よく歯に当たり、中から溢れ出すジューシーな肉汁が、ほんのひと時である喜びに、手を添える様に関与するのだ。ウインナーという、バーベキュー界の常連入り食材、定番だからこそ、拘り抜いた逸品を手に取る必要がある。
「さぁさぁ!まだ始まったばっかりだぞ!」
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