第30話 最終話
――歪みは突如として発生した。
ヴァルガン・ギアの真横には、時空の歪みが発生している。
以前の掌サイズではなく、人の背丈ほどだ。
「流石セシリアと言ったところでしょうか。
あの方は、普段怠けていますが、やるときはやりますからね」
感心しながら、こくこくと頷く。
「ちょっと待ってください!というか
今までどこに行っていたんですか?!」
口をあんぐりと開ける海人を横目に、話を続ける。
「魔力の濃い場所を探していたんですよ。
それで、ある山のふもとが満ちていたのです。
訪れてみれば、セシリアがいました」
ヴァルガンは、手を広げながら得意げに語る。
話を飲み込むことに必死で、その一言一句を聞き逃すまいと必死に耳を傾ける。
海人も私の真似をするように真剣に聞く。
「魔力を補充してもらい、こうして歪みを出せているという訳です」
「…一人で帰ったらどうですか?私は、帰るつもりなどありません」
冷や汗が頬を伝う。魔力を取り戻したヴァルガン・ギアは、以前にも増して脅威度を増している。
実力も魔力もない今、ヴァルガン・ギアとの力量差は明白。
私に残された道は、諦めることだけだろう。
その意図を汲み取ったのか、ヴァルガン・ギアが私に近づいてゆく。
「後、セシリアはアリス宛にこう告げていましたよ。
ご両親と話をしてください。と」
まるで理解に苦しむといった仕草。小さく肩を竦める。
だが、唯一それを理解できた。それならば、私にだって帰る理由がある。
「…割と、この世界のことが大好きだったのかもしれません」
日々は不安に満ちたものであった。海人に…翠川、柏木。皆がいなければ
孤独にこの未知数な世界を歩み続けなければいけなかった。
でも、様々な出会いがあった。元の世界では出会えなかった人との巡り合い。
一つ一つが奇跡の上に成り立っており、その不安定な土台はいつ崩れるか分からない。
元の世界に帰ることが出来たのなら、安定した生活、困窮することのない財力。
それらを手にすることが出来る。
帰れるのに、それなのに、涙が溢れて止まらない。
「また、戻ってくるんだよな」
この状況に理解出来るはずもないのに、海人は涙を流す。
大河も、きっと同じ気持ちだったのかもしれない。それがどんなに辛いことか。だから、私は笑顔で答える。
「多分、無理かなぁ」
海人を背にして、歪みを潜る。その先は元の世界。
直後、海人が私に向かって手を伸ばす。しかし、その指は私の体をすり抜けるのみ。
「…またいつか会おうな」
その言葉を最後に、見慣れた景色が目の前に広がる。
大きな屋敷であり、私の住まいでもある。
「あなたはこれからどうするんですか?」
「実は、あの世界について興味が湧いたんです。
何故人に寄り添うのか。何故あんなにも発展しているのか」
「だから、もう少しだけ、あちらの世界にいることにします」
ヴァルガン・ギアは、そう言い残し、私の前から姿を消した。
その後ろ姿を見送り、私は屋敷の中へと入るのであった。
…まだ皆は居ないようで、しんと静まり返った屋敷。
それがどこか寂しくありつつも、荷物整理をするために自室へと足を運んだ。
部屋の中は以外にも清潔にされており、布団は日干しされている。
「あ、荷物持ってくれば良かった…」
昔貰ったぬいぐるみ。今では色褪せているけれど、私にとっては思い出の品。
それを持ってきても良かったなと少し後悔してしまう。
――それから数時間の時が経過した。
夕暮れの、何とも言えない光の加減が目を覚まさせる。
ぼさぼさの髪を手先で整え、大口を開きながら欠伸をする。
すると、勢いよく部屋の扉が開かれた。そして、大きな足音を立てこちらへと近づいてくる。
その足音は半開きの扉の前で止まり、顔を覗き込まれる。
「今更帰って来たのですね」
愛らしい金髪、神秘的な青色の瞳。貴族の身に着ける華麗な衣装は
童話から飛び出してきた女神さながら。
だが、その美しい見目とは裏腹に、冷たく重い声が私を穿つ。
「屋敷内も汚して、それにその衣装は何ですか」
祭りの場に着ていたドレス。以前この世界で着用していた衣服であり
節々には土汚れがこびり付いている。それを見兼ねたメアリーが厳しい口調で叱責する。
今の私は言い返す気力もなく、ただ俯いているだけ。
こうも最悪な再開になるとは。今の私に言葉を掛けるでもなく
「夕食の時間です」と一言。夕食なんて、そんな気分じゃない。でもそれを口には出せない。
私はメアリーに言われるがまま、食卓へと足を運ぶのであった。
……食事中、会話という会話はなかった。ただ淡々と料理を口に運ぶだけ。
時折メアリーが私を見てくるが、すぐに視線を逸らして食事を再開する。
この空気に耐え切れず席を立つも、父様に制止されてしまう。
「フランシス兄様は…?」
「政治の勉強だ。あいつもそろそろ婚約者を決めなければならん」
ジェイムズの言葉に耳を傾ける。
政治……フランシス兄様は、この国を統治する存在になるべく日々努力している。
対して、私は何をしていたのだろう。別世界というのは
私にとっての逃げ道であり、居心地が良かったからそれを言い訳にして
帰る方法も模索せずこの世界から逃げていた。
「すみません」
「どうして謝るのでしょうか」
メアリーが、ナイフとフォークを置き、私を見つめる。
その瞳は、私の全てを見通しているようで
奥にある真意に恐怖すら感じてしまう。
何も言えず、食事を再開するも、もう料理の味などしなかった。
頭の中が真っ白で脳裏に色々と駆け巡るものだから、ふとセシリアの発言を思い出してみた。
「話をしてください」
それが何を意味するのか。理解することは出来ても
実行するとなれば、それはもうどんなに難しいことか。
今だって、何度も会話を試みようと奮闘している。
しかし「あっ」と一節口にするだけで、そこから先は何も続かない。
早急にこの食事を終わらせたい。そう思った、瞬間の出来事だった。
よくよく見ると、顔色を悪く手入れの行き届いていない肌。
その身痩せ細っており、とても健康的とは言えない。
「…美味しい物を沢山食べたんです。
おにぎりとか、焼肉とか…それに焼き鳥だって」
先の険悪として空気からは出ないであろう発言の数々に二人は口をあんぐりと開けている。
味の感じれない夕食を口に運びながら、約半年程の出来事を事細かに話した。
以外にメアリーも、それにジェイムズだって。思い出話に聞き入っている。
「それで、セシリアの好きな相手というのは誰なんですの?」
「なんとですね!その相手は二十以上も年下の幼い子供なんですよ!」
この場にセシリアが屋敷中に怒声が響くだろう。
メアリーは驚いたように口を大きく開け
ジェイムズもそれに釣られて笑みがこぼれる。
すると、思い出したかのようにジェイムズは咳ばらいをし、こう告げた。
「楽しかったか?」
「えぇ!」
満面の笑みで答える私を見て、二人は口元をナプキンで拭う。
料理というのは、時に人の拠り所になり、時に本音を吐かせる。
笑顔を綻ばせ言葉を紡ぐ。それこそが私の追い求めているものである。
だから日本の料理に魅了されたのだ。
「全くアリスはいつまで経っても変わらんな」
「日本の、いいえ、世界の料理を私は食べ尽くして見せます!
異世界の食べ歩きは、まだまだ始まったばかりなんですから!」
――――夕暮れ時、こうしてあなた達を思い浮かべ
こうしてセシリアを通して伝言をしています。
昔、セシリアが花畑に連れて行ってもらったと聞いた時。
とても嫉妬してしまいました。
あの子は養子で、私が本当の子なのに!とか。
でも、それは愛情があったからこそであって
いつまでも楽しく過ごしてほしいと心から願います。
…あ、もちろん私も愛情を貰っていたなぁというのは、節々思っていますよ!
だから、私は母様も、父様も、兄様も。
みんなみんな大好きです。
「母様、父様。私、毎日が楽しいです!」
ご貴族様の異世界食べ歩きトラベル~箱入りお嬢様は日本の料理を食べ尽くします~ さばサンバ @sabasanba
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