第22話「お別れです 1」
「な、なんであなたがここに」
転移魔法で姿を晦ましたはずだった、ヴァルガン・ギアが小娘
でも見るかのような眼差しを向けながら笑みを浮かべた。
所々穴の開いた隙間から、コアである心臓部が不気味に光を放っている。
存在感に圧倒される一方、冷たい汗が背中を伝う。
再び出会うなんて、予想すらしていなかった。
応戦しようにも、この状態では蹂躙されるのが結果として見えている。
唯一出来たことと言えば、後退り。雪崩に巻き込まれた際の鈍痛が襲い掛かる。芋虫のように
惨めに足掻くことしか出来ない。風切り音と共に空気が震え、周囲の静けさを打ち破るかの如く、力強く腕が振るわれる。
「…やはり、今の貴方を殺すことは出来ませんか」
拳から来る衝撃が、頭蓋骨を砕いたと、肉が潰れ
見るも無残な姿の屍が零れ落ちる。
呆気なく、命は潰えた。そう思っていたのだが
後頭部を貫くはずだった拳は頭上にめり込むと同時に動きを止めていた。
踏み潰した果実のように、潰れた腕の数々が空に飛び散る。
思考に余裕が戻ると同時に、一つの違和感覚える。
思っていた以上に、脆くも無力な存在であることを、今再確認させられているようだった。
以前はそれよりももっと強く、明確に自身を理解していた。明確な違和感が私を捉え始めた。
「…魔力の枯渇で弱体化していますね?」
「正解です、正解ですよ、要件は済みました
ひとまず退散ということで」
魔法陣が展開されると同時に季節違いの雪解けが始まる。粒子状の光の粒が辺りを包み込む。
「ちょっと、待ってください、その転移魔法に私たちも乗せてください」
「良いですよ、この世界のこともまだ把握出来ていないのが現状
一時休戦ということで、日本に住まう為の知識、それら全てを教えてくれるのなら、その要件を呑みましょう」
あまりにもあっさりと、場に残しておけば、それこそ彼の望む「死」を迎えられるというのに。
時折混じる霧状の息も意に介さず、足取りの重い二人を待ちぼうけと言わざるを得ない佇まいでこちらを凝視する。
長い時間をかけて魔法陣の中部に、寝そべる様に倒れこむ。
三人が粒子状に変わり、白い光が目の前に広がる。私が見た、最後の出来事はそれくらいだ――――
「アリス様、やっと起きてくれたんですね」
見慣れた天井、相も変わらずのぼろや。
隙間風が、手足の先は真っ赤に染める。
だが、血流がそれら体調管理を保つ役割を成してくれている。
家に戻れたという安堵感と、あの場に連れてきてしまったという後悔が入り混じる顔。
痛々しい姿のまま、私に抱き着いたまま離れようとしない。
その行動に、私はただ優しく頭を撫でることしか出来なかった。
目を覚ました時には、既に日が昇っていた。
カーテンの隙間から差し込む光が、瞼を貫通し、目の奥を突き刺すように痛い。
そうして私を見るなり抱き着いてきた。
何があったのかと問うも返答は無く、ただただセシリアの背を摩る。
とてもじゃないが、まともな精神状態であるとは思えない。それほどまでに彼女は心を傷付けられたのだろうか。
「積もる話も山々でしょうが、その前に話をさせてくれませんか」
ハンカチ無しでは見られない、笑い無し涙有りの話に花の蕾が咲く合図をしていた時、部屋にある四つの隅。その中の一角を陣取るヴァルガン・ギアが静かに声を挙げる。
「脆く無力な、無様であるこの姿。
こうなってしまったのには、訳があります」
その後は色々とことの顛末を話された。
機械の肉体を維持する為には、それ相応の魔力を必要とするらしい。
敵対者などいるはずがないこの世界では
維持するのも無意味ということで段ボールに身を包んでいるというのだ。
当の本人も、段ボールの中は存外温もりを感じ取れるのか、部屋の中ですら脱ぐ素振りを見せない。
魔王幹部が、ましてや一時として最強最悪等と謳われた存在が、段ボールの穴からこちらを覗くように身を屈めている。そう考えてしまえば、笑いも込み上げてくるものだった。
…馬鹿か私は、そんな話は後だ、悠長なことも思ってはいられない。
「こんな小さな時空転移魔法では、人ひとり通るのにも無理があります。
入れるとすれば、二つの世界に精通しており、尚且つ小柄な体系の人間のみ。
こんなうまい話があるはずないのでしょうが、もし可能とするのならば増援を要請することが出来ます。
きっと、お互いの帰り道を示し合わせることが出来るでしょう」
ヴァルガン・ギアはそう答えた。
現実味のある話ではあるが、この世界のこともほとんど分からない状況では少々難解な話。
更には魔王幹部が告げたその事実が、どこまで信用たるものなのかと疑う自分もいた。
掌サイズ、縦横数十センチ程の「歪み」が宙に浮かぶ。
成人サイズの私では、頭部を突っ込むことは自体は可能である。
生憎こちらとあちらの世界で狭間が生じて、首ちょんぱの末路といったところだろうか。
事実上の帰還不可。亜空間の先に、私の世界があるという確証もなければ
この中に何があるのかは知る由もない。
短期間で様々な悲報が降り注ぎ、体の容態など気にも留めていない頃、同様、万全とは言い難い顔色を催すセシリアが申し訳なさそうに声を挙げる。
「私なら、入れると思います」
確かに、条件にセシリアは当て嵌まる。
小柄で華奢な体形、私より、一回りも二回りも小さな背丈。
だが、魔王幹部と渡り合った、言うなれば現時点での唯一のヴァルガン・ギアの宿敵。
易々と、協力してくれるほど温厚な器をしているとはとてもじゃないが思えない。
何か裏があるとしか、彼は思考が働かないだろう。
それすらも見透かしたのか、間髪を容れずにヴァルガン・ギアは言う。
布団越しにでも分かるほどの腹の虫を鳴らしながら
「この有様で警戒する必要は無いと思います」と一言添えて。
だがしかし、だ。
器の大きさを測りきれているわけではないし、信用も出来ない。
この状況下で、そんな甘い話などあるはずが無いのだ。
今のセシリアにそんな大それたことが出来るとは思えない程度のことかもしれないが。
…思えば、この世界に来てしまったのは偶然だった。
心得も生活水準も、前と比べて随分と地に落ちてしまったと思う。
美味しい食べ物に魅了されて、ここまで私は頑張ってきた。
反して、彼女の性格的に、セシリアが所望する欲望など
大それた願いはあちらの世界の方が叶えやすい。
それこそ、こんな平凡な世界よりも
魔族が住まう世界ではセシリアの理想とする
世界が手に入りやすいのではないだろうか。
そうなれが私に付いてくる理由は無いし
私は無事日々を謳歌することになるだろう。
どんな恍惚とした表所を浮かべているかと視線を向けるが
具合の悪い容態とは別に、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
様子に違和感覚えるも、セシリアの言葉を信じる他なかった。
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