第7話「レストランに行きます」
「こ、これがお給料というものなのですね…!」
アルバイトを始めてから一か月程経過した。
初給料は何か特別であり、その輝かしい六つの数字は苦労した証である。
額にして十万円ちょっと。皆はこれを切り崩し、生活必需品や家賃の為に支出する。
無論そういう使い方も悪くはない。いや、それが本来あるべき使い方であろう。
最低限生活を謳歌する為には、まず必要なものを揃え安定した生活を築くこと。
だが、そんな甘っちょろいようじゃあ日本の食べ物を食べ尽くせない。
最近はバタバタと忙しい日々を送っていたが、だが、今日の私は一味違う。
ドレスを身に着け可愛くお化粧。
そう、エレガントでシャレオツなインテリアの施される高そうなお店に行くのである!
そんなこんなで
「来ちゃいました…!金持ちだけが集まる場所…銀座に…!」
いくら貴族とは言え、この世界での私はただの庶民。
煌びやかな店の数々や容姿端麗な群衆に身を置くと思わず圧倒されてしまう。
たかが貴族、されど貴族。その称号は今の私にとって唯一に自負。
黄金と輝く扉を前に決意を固めて開くのである。
……映る光景に思わず目を見開く。
現代の技術力をふんだんに使われた内部は、煌びやかで貴族の屋敷を想起させる。
しかし現代の技術力というのは伊達にならない。それ以上に何か凄いものを感じる。
本来貧乏人である私が居て良い場所なのだろうかと一瞬頭に駆け巡るが
金があるから仕方ない。そう、仕方ない!これは学びの一環なのだ!
食を食べ尽くすにはどうしても金が必要なのだ!
誰も私を責めれはしない…はず! しかし流石は銀座と言うべきか。
貴族であるはずの私ですら、思わず気後れしてしまうほどに豪華絢爛。
「お待ちしておりました、アリス様」
「おぉ…!」
静かな声を漏らす。貴族という称号は意味を為さない世界。だが、そんな世界で高待遇を受けたのだ。
その新鮮さは、私の気を立てるには十分なものだった。
「ささっ、アリス様のお席はあちらになります」
言われるがまま一つの席に手を招かれ、確かに動く手足を意識しながら席へと向かう。
緊張が高まり、手足を動かすことを思い出せなくなりそうだ。
卓には一つの飯があった。黒光り、その美しさは確かなもの。
辺りを見渡せば、同じ形のものを、華やかな衣装をまとった人々の食事中の姿が見える
特に席順は決まっていないのか、年齢や性別も関係なく座る場所はバラバラだ。
ふと辺りを見渡してみると、皆が出された食事を味わうように食べているようだった。
そうして着席すると、次々と雇われ人が食器や調理器具などを持って現れあっと言う間に食事の準備が完了した。期待に胸を膨らましクローシュの中身を見ると……っ! これは……っ! 思わず目を見開いた。
「こちら、フォアグラのテリーヌでございます」
「いや、少なすぎません?!これで三万越えとか舐めてるんですか?!」
そう、値段に見合わぬ少量なのである。人の姿形、そんな些細なことで
飯の量は変わるように見えない。銀の皿、それに乗っているのはフォアグラのテリーヌとやらのみ。
そのテリーヌも、どう見たってたった二欠片程度しかないのだ。日本の食事はとても美味い。
だからこそだ、食にうるさい現代人が満足出来る訳が無いだろう。
大体、 フォアグラが一切れで一万五千円超えるんだぞ?! それをたったの二欠片だと?!
ふざけるな!と声を荒らげなかっただけありがたいと思ってほしい。
「いや、前菜なので」
「…………あぁ!このお店のテリーヌはとても美味しいですわ
こ、このぬるんぷるんとした食感とか!」
美味しいなぁ、とっても美味しい。
しっとりとしながらもお上品な味わいは長年の探求心の賜物。
「三ツ星…あげちゃいますか…」
「ははっ、ありがたき幸せ」
…まぁなんやかんや色々あって、二つ目の品が提供されました。
「カボチャのポタージュとロストビーフの赤ワインソースでございます」
積もる雪の底。冷える夜とは対照的に、ポタージュの湯気が辺りを温かさで包み込む。
ほのかな甘みとそれに絶妙に味の世界に入り込むローストビーフはまさに絶品。
豊かな香り。旬野菜やスパイスが加わることで、複雑な風味が生まれ、心を惹きつけるのだ。
赤ワインソースを堪能しながらワインを飲む。グラスの中で赤い液体が揺れる。目の前の花を摘むこともせず、ただ無為に貪り尽くす。実に贅沢である。
……外から物騒な声が響き渡る。喧騒の中なのに、この空間だけはとても静かで時が止まっているようだった。
だが、そんな静寂が仇となり、突如銃声として鳴り響く銃声はより知らしめるだけになった。
「動くな!ここは俺らが包囲した!動けば撃つ!」
静寂は、一つの山が動く程の一変した騒音にて、緊急事態であることを知らしめるには十分であった。
「お、お前らこんなことをしてどうなるか分かってるんだろうな?!
警察に通報したからな!お前らみたいな薄汚い者が立ち入るんじゃあねぇ!」
興奮状態をの肥えた男。そうだそうだと叫ぶ皆の声。
その傍らには、ロングコートを羽織り黒いマスクを付けている男たち。
拳銃を取り出すと、無造作に引き金を引く。二発の銃声が聞こえ、それと同時に再度静寂が訪れる。
広くて浅い知識と肝は時に残酷である。撃たれた男は腹部を押さえながらうつ伏せに倒れ込み、ジワジワと赤い血が広がっていくのが目に見える。
「ははっ、本当にこいつら馬鹿だよなぁ、なぁ、お前もそう思うだろ?」
問いかけを返すも、その場には何もいない。「あれ?どこ行きやがったあいつ」
「…あなた達、悪者さんですね?」
「な、なんだこいつ!そいつを離さないと撃つぞ!
お前だってあいつみたいに撃たれたくはないだろう!」
「撃ってみればいいじゃないですか、きっと後悔することになりますけど」
「て、てめぇ、後悔してももう遅いからな!」
その言葉には確かな殺気が籠る。放たれる複数の弾丸は空気を震わせながらこちらに向かって飛んでいく。しかしその瞬間を待っていた。軽やかに体を反らせ、弾丸は、余裕の表情で回避することすら可能だ。男たちの目には驚愕の色が浮かび動きに一瞬の隙を見せる。隙を見逃さず、すぐさま前進。
「雲隠れ」
目を欺くために、まるで雲の中に隠れるように姿を消す技。
この術を使う者は、まるで風に乗って現れるかのように、瞬時に姿を変える。
山の中、自らを見つめ直し会得した技。魔法が主流の世界で武術というのは、何とも青天の霹靂という
ものだろう。雲が空を流れるように視界は晴れる。自らの心を見つめ直し、風のように柔軟に対処することで、勝利は自然と訪れるのだ。
「おそい動きですねぇ、そんな道具に頼りっぱなしで恥ずかしくないんですか?」
「ぐは?!」
間抜けな声は同時に敗北を意味する。
「民を脅かすこと、それが身を亡ぼすというのが何故分からないのですか?
それで、まだやりますか?私はどちらでも良いですが」
「…すみませんでした」
その後、赤蛍光色が辺りを照らす乗り物が男たちを連れていった。
今更であるが、この世界には魔法という概念が無いみたいだ。
異次元の超能力は時に残酷である。以前、魔王が生きていた時のこと
突如として現れた機械生命体、そして魔王軍幹部でもある奴は、遥か昔国を破壊して
民を虐殺したという逸話もあるほど。そんな怪物は一時として世界最強とまで謳われていた。
逆も然り、魔法の無い世界では私が世間に公表されれば脅威として扱われるかもしれない。
この力に頼りすぎるのも良くない。それは、あの悲劇を継いでいく若者として
一番よく分かっていないといけないことだ。
偶々運よく店主には見逃してもらったものの、大衆の前だとそうは行かない。
つまり、早々に逃げるしかないのだ。
「ひ、ひぃ~!」
―――「…見つけましたよ、アリス様」
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