青春のお供にボディビルどうですか? ~ 最強ビルダー小田島昇 高校編 ~

小田島匠

プロローグ 高校入学 さあ、ボディビル始めるぞ!


~ 読者の皆様へ ~


 本作を手に取って頂きありがとうございます。

 本作は、ボディメイクの団体、容易にモデルが想起できる著名選手、大手トレーニングジムなどを題材にしておりますが、実際の団体や人物とは一切関わりがありません。また、コンテストのレギュレーションなども、読者の皆様の読みやすさの観点から、現実のものと多少異なっている点があることをご理解下さい。

 どうしても不定期になると思いますが、最低でも一週間に一回くらい、数話(一章ごと)ずつアップしていきたいと思っています。




~ ここより本編 ~


プロローグ 令和4年4月28日(木)7時15分 於 アイアンジム府中東京


「ああ、君、いいフレーム持ってるねえ」 

 

 急に後ろから声をかけられた。

 僕がトレーニングを終えてシャワーを浴び、体を拭いて、裸で体重計に乗っていた時だ。


 デジタル表示は62㎏あたりを行ったり来たりしていたけど、「ピッ」と止まる前に思わず後ろを振り向いてしまった。そこにいたのは、30代半ばに見えるおじさんで、だけど盛り上がった肩と胸と、深く刻まれてきれいに6つに割れた腹筋が見事だった。

 要するに、僕なんかよりずっといい体で、ジム内でも相当上位の肉体の持ち主だった。 


 おじさんは、なおも、

「ああ、前から見てもいいねえ。肩幅があって、ウェストが細くて、手足が長くて、理想的な骨格だね。あと、頭が小さくて、おまけに顔もいい。これ大事」と、タオルで頭を拭き拭き言った。


 やだ、気持ち悪い。これが「ジムあるある」のフレンドリーおやじかな。それともそっちの趣味の人かな。僕はとっさにタオルで前を隠してしまった。


「そっちの人じゃないって。安心しなよ」 そう言いつつ、おじさんは、僕が隠した股間をじっと見つめて、

「身長173㎝、股下は84㎝、O脚なし。あと体重は62㎏」と断定した。


「な、なんでわかるんですか?」 ピタリと当てられて戸惑う僕に、おじさんは、

「わかるよ。長いこと選手やってるんだもん。いつもいつも人の体形を気にしてるからさ。街中で、エスカレーターの下からとか、いいフレームの男を見つけると、ドキっとしちゃう」って、口の片側でニヤっとしながら答えた。

 

 ドキっとしちゃうって、そんな、まだまだ安心できないぞ。適当に言い繕って、早くこの場を離れよう。

「ええと、僕なんて先月から筋トレ始めたばかりで、ジムでは割りばしか楊枝みたいに見えて、すごく恥ずかしいんです。褒められるようなものじゃ、全然‥‥‥」って、僕は暗に「声をかけないでオーラ」を出しつつ、自分のロッカー前にそそくさと退避しようとしたら、おじさんは、

「そういう問題じゃない。まったく‥‥‥自分の素質に全然気付いてないんだな。まあフレームは後ろから見ないと分からないか。自分じゃ見えないしな。でも本当に、すごくいいよ。滅多にお目にかかれないレベル」と、続けて言ってきた。


「そ、そういうものでしょうか」 そこまで言われると、僕だって悪い気持ちはしない。

「そうだよ。だって、筋肉って骨格の上にしかつかないだろ? どんなに頑張って沢山の筋肉をつけても、それを飾るフレームが悪ければ、かっこよく見えないんだよ。まだ若いし、先月から始めたばかりなら、これからどんどん筋肉がついて、全体のアウトラインも変わってくるよ。まあ、確かに今はまだ割りばしだけどな。ははは」

「‥‥‥うう、やっぱり割りばしですか」

「誰だって最初はみんなそうだろ? 俺だってそうだったよ。2年もちゃんと頑張れば、相当なレベルまでたどり着くって」


 どうも、そんな怪しい人じゃないみたい。だけど、こんな平日の早朝からジムにいるなんて、仕事何してる人なんだろう?


「君、高校生?」

「はい、高1です。こないだ入学して、ボディビル部立ち上げたんです」

「ボ、ボディビル部? 高校からボディビルなんてやる人、かなりレアじゃない。なんで?」

「うちの親父が前にボディビルの選手やってて、一度家族で応援に行って、かっこいいなあって。家にも40㎏のダンベルとか普通に転がってて、ベンチもあって、普段から親父が筋トレするの見てたんです。うわーすごいって」


「へー、そうなんだ。なんて選手?」

「小田島匠(おだじまたくみ)って言うんですけど、一応、東京ノービス(エントリークラス)の70㎏級を獲っています。でもその年のミスター東京でアッサリ予選落ちして、それで一区切りにしたんだそうです。その先は倍くらいの努力が必要だなって」


「いや、東京ノービスの70㎏獲ってるなら、相当いい選手だろ。中山きんに君もそうだもんな。で、君は、お父さんの跡継いで頑張ろうということなのか」

「いえ、そんな大げさなものじゃないんです。楽しそうだったから僕もやってみたかっただけで。だけど、親父から『身長が170㎝超えるまでやるな』って止められてたので、こないだようやくジムに入会できたんです。家族会員です」

「成長期にあんまり重いもの持つと骨の成長が止まるからな。賢明な判断だな」


 と、そこまで話したところで、時計が7時30分を回っているのに気が付いた。

「ああ、もう学校行かないと。ごめんなさい、また話聞かせて下さい。僕は週3回、この時間に来てますから。あと連休明けに、部員がもう一人、入会するかもしれません」


「ああ、ごめん、引き留めて悪かったね。そうだ、まだ名前も聞いてなかったな。俺は、佐々木洋介って言うんだ。分倍河原で皮膚科のクリニックやってて、開院前にトレしに来てるんだ。君は?」

「小田島昇(おだじましょう)です。『のぼる』って言う字です。それじゃまた、佐々木先生」

「『洋介さん』でいいよ。医者と患者じゃないし、同じジムのトレーニー仲間じゃないか」

「だいぶレベルが違いますけどね。じゃあ、洋介さん。お疲れさまでした」


 もう髪乾かしてる時間ないからいいや。歩いてるうちに乾くだろ。ロッカーから制服を出して大急ぎで着て、ローファーを手に男子ロッカーから出ようとした僕の背中に、

「ああ、やっぱりそうだ」って、再び声がかかった。


 振り返ると、洋介さんが腕組みしてこっちを見ながら、

「さっきの話、ほんとだぜ。たぶん‥‥‥」と、少し口ごもった後、

「昇、お前のフレームは、1万人にひとりもいないくらい。うらやましいぜ。大事にしろよ」って、鼻にしわを寄せて笑いながら言った。


 それが、その後何十年も続くことになる、僕と洋介師匠の出会いだった。


 そして、僕の長いボディビル人生の、第一歩でもあった。

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