第6章 前橋編(後編) やっと分かった到達点 昇、自信を持って進め!

~ 昇、決勝審査終了。これから師匠と尚の決勝 ~


8 控室に戻ると、剛からラインが入っていた。


「よかったぞ。日本切符は確保だな。今日勝てるといいな」

「ありがとう。最後脚つってヤバかった。変じゃなかった? あと席どこ?」

「いや、脚は気付かなかった、大丈夫。席はGの19番、20番。真ん中右手」

「オーケー。このあと顔出す」


 決勝の後は午後5時半の表彰式までフリーだ。Tシャツを着て、観客席へ行く。予選落ちの選手の応援団が帰ってしまっているので、席は空席が目立つ。

 Gの19、あ、あそこだ。ラッキー、隣空いてる。僕は、「すみませーん。通して下さーい」って言いながら前を通してもらい、剛の隣に着席する。


 後ろの席のトレーニー風の人が、「あ? お前さっきのフレッシャーズ。すごくよかったぞ。今日勝てるといいな!」と、声をかけてくれた。僕は「ありがとうございます。今日は上出来です」って返した。覚えててくれたんだ。嬉しいな。


 ミドルクラスの決勝が終わって、マスターズクラスの選手が入場してきた。師匠は12番で、10人の真ん中へんに立っている。さあ、最初の規定ポーズが始まった。バランス、バルク、ポーズのキレ、落ち着き、自信に満ちた笑顔、全部揃っている。

 しかし、師匠は最初にファーストコールされたものの、真ん中ではなくその一つ外、観客席からみて左側の位置を指示された。

 セカンドコールで端の二人が返され、師匠は四人までは残ったが、サードコールで師匠を含めた端の二人が返された。ああ、1位と2位はこれでなくなった。3位に残れないと全国切符は取り逃す。だけど、四番目の選手とは少し差があるように見える。多分3位は大丈夫じゃないだろうか。


 決勝審査が終わり選手が退場するとき、三人で一生懸命「師匠ー!」って叫んだら、ちゃんと聞こえて、師匠はこっちを向いて右手を力強く挙げ、ニヤっとニヒルに笑った。


 次の男子ゴールド(50代)とレジェンド(60代以上)の各クラスが終わると、女子の部決勝に移行する。トップバッターが尚のいるガールズクラスだ。


 ******


 ナイスボディのオリジナル曲に乗って、尚が入場してきた。後ろから三番目。

 ウォーキングがエレガントだ。手指の先まで意識が行き届き、顔はこちらに向けて、穏やかな笑みを浮かべている。一人抜けて背が高い。

 全体は細いのに、それでいて腕肩やカーフはちゃんと鍛えられてカットが出ている。胸とヒップも十分な起伏を確保しており、ほどよい太さの脚がヒールまで一体化して超長く見える。他の選手の多くは、太さが合わず『脚+ヒール』になってしまっている。


 ポーズが始まると、長い手足をキレよく回し、黒いリボンをピッピッって揺らしながら、ピタっと決めの笑顔を作る。銀のイヤリングがシャラっと宙を舞って光る。


 ああ、他の選手には申し訳ないが、これは一人モノが違う。

 尚には人目を惹きつける生来の華がある。


「尚先輩、すごくいい」と香津美ちゃんがつぶやく。

「うん、こんなによかったんだ」って僕が応える。


 もう、ファーストコールで番号叫ぶ必要もないように思うけれど、一応、三人で「27ばーん!」って叫んだら、三番目にコールされた。よかった。


 尚は当然のように金メダルの位置に誘導され、最後までその位置を譲ることはなかった。最後の二人になっても、堂々と落ち着いてポーズを決めている。相手の選手が去年の全日本ファイナリストなのか。でも、正直もう勝敗は明らかに見える。


 相手の選手にちょっと悪い気がして、大声で番号を叫ぶのはためらわれたのだけど、一応、ポーズ後に「27ばーん。よかったぞー」って叫んだら、聞こえたのか、尚がこっち見て、黒ビキニの前で手を振り、白い歯を見せてニッコリ笑った。決勝が終わって、気持ちも解放されたんだな。


「尚は、なんかグランプリ獲ったっぽいな」

「そんな感じだな。お前も勝てばグランプリ二人だぞ。ウチの部すごいんだな」

「そんなプレッシャーかけても、順位もう決まってるんだし、変わんないぞ」

「表彰式は5時半か」

「うん、待たせて悪いな。表彰式終わったら、みんなで記念撮影しよう」

「オーケー。また後で」


 ******


9 控室で、洋介師匠に、『決勝見てました。3位は確保したんじゃないでしょうか。表彰式終わったら記念撮影するから、会場の外のパネル前に集合しましょう』とラインを入れた。もちろん尚にもライン打った。すぐに既読がついて、二人から『了解。また後で』って返ってきた。


 もうパンプアップする必要も、カットを維持する必要もないので、水分ゴクゴク摂りながら、残りのカーボを「うめー」って言いながら全部食べて、昼寝する。寝過ごしても誰か起こしてくれるだろ。きっと腹筋のカットはどんどん緩くなるはずだ。


 しばらく昼寝して目を覚ましたら午後5時前だった。モニターで確認すると、モデルクラス最後の組が決勝審査をやってる。そのあと30分休憩が入って表彰式だ。

 僕は、トイレに行ってタオルを絞り、全身を拭いた。朝からずっと出ずっぱりだったし、パンプやステージライトの熱さで汗をかいたので、スッキリしておきたい。仕上げにシトラスのスプレーをシュっとやって、ああサッパリした。


 午後5時15分に、スタッフが「表彰式始まりまーす。選手は廊下に集合して下さーい」と集合をかけ、みんなで「そんじゃいくか」とゾロゾロ並ぶ。

 朝からずっと一緒で、マニアックな筋肉談義ばっかりやってたので、もうみんなとても仲良しだ。


 バックステージに到着し、トップバッターの男子フレッシャーズが舞台袖に並んだところで、会場にナイボ公式のBGMが流れ、華やかな照明が舞台を駆け回り、「それでは、ナイスボディジャパン前橋大会、表彰式を開始します! まずは男子フレッシャーズクラスからです!」とアナウンスが入った。

 僕たちは10人ゾロゾロ並んでステージ上に進んだ。もう審査と関係ないから、みんなごく普通に、やる気なーく歩いている。僕は一応、観客席の剛と香津美ちゃんに笑顔を送っている。全員がフロントポーズで並んだところで、順位発表だ。


 入賞は5位まで。だから5位の選手から呼ばれて、グランプリまで五人並んだところで、一人ずつ、今日の女性ジャッジからサッシュ(順位を書いた肩掛け。すごくかっこいい)をかけて貰う。

「それでは参ります。第5位 ゼッケン6番 ○○選手!」 それに応えて、6番の選手が、お辞儀をして前に出て、5位の位置に立つ。


 順次、第4位、第3位まできた。僕には直接は関係ないけれど、日本切符逃した4位の選手の心中はいかばかりかと拝察してしまう。


 さて、いよいよ第2位だ。頼む、川島さんの番号24番、言ってくれ24番。


 ‥‥‥


 ‥‥‥


 ‥‥‥


「第2位 準グランプリ。ゼッケン27番 小田島昇選手!」


 ああやっぱりな‥‥‥と思ったら、すぐそのあと「370点!」とアナウンスが入った。370点? 川島さんから一票取ったのか? いや、でもそういうことだよな。そうか一矢報いたのか、ああ、惜しかったんだな‥‥‥。僕はそんなことを考えつつ、でも努めて笑顔を作って2位の位置に立った。剛と香津美ちゃんが拍手してる。


 もちろんグランプリは川島友哉選手で、390点だった。四人中三人のジャッジの支持を得たわけだ。


 そこで場内に厳かなメロディが流れ、カトリーヌさんが、5位の選手に何か短く言葉をかけながらサッシュをかけてあげている。4位、3位と続き、僕の番になった。


 ヒールを履いてるから、カトリーヌさんは、僕よりずっと背が高い。理知的な雰囲気の金髪碧眼の美女で、白いロングドレスの上からでも全身が厳しくシェイプアップされているのが分かる。確かにこれはオーバーオールも頷ける。

 さすがの尚もこのクラスにはまだ若干及ばないか‥‥‥? だけどあんまりデレると後が怖いからニコっとするくらい。あの人舞台袖から見てそうだし。はは。


 カトリーヌさんは、美しい微笑みをたたえながら、僕の首に銀のサッシュをかけ、「頑張ったのにね。惜しかったわね」って言ってくれた。てことは、僕の一票は彼女? きっとそうだよね。続けて、僕の耳元で

「胸のバルク、それから髪型。勿体ないわよ。全日本も頑張ってね」って言ってくれた。そういえば、髪は全然気を配ってなかった。寝ぐせもついてた。そういうとこも差が付くのか。


 川島選手が金のサッシュをかけて貰い、一人だけ離れて写真撮影を行う。

 2~5位の選手はそれを横目で見て「おめでとう!」と拍手する。こういうの、ミス・ユニバースなんかでもあるよな。勝者と敗者。グランプリ以外は僕を含めてみんな敗者だ。 


 これで男子フレッシャーズの表彰式は終了。僕は観客席に手を振りながら退場し、下手の舞台袖に入り、師匠と尚を待った。


 ******


10 幸い、師匠は330点で3位を確保した。本来3位票は80点だから、四人のジャッジ全員が3位にしたら320点になるわけで、2位の選手から一票取ったことになる。心配するほどのこともなかったんだな。


 尚は、断トツの400点満点でグランプリ。


 ダンディな審査委員長から金のサッシュをかけて貰って、何やら言葉を交わして握手してる。ふーん、女子はそうなるんだ、へー。はよ手離せ。

 尚は一人で優美なポーズを決めて、観客席に笑顔を振りまき、フラッシュを浴びている。横から見ていてもかっこいい。拍手で称える他の選手たち。勝者と敗者の構図がちょっと残酷だ。


 その後、舞台袖で師匠と尚と合流し、ひとしきり「おめでとう!」「惜しかったわね」など声を掛け合い、「このまま三人でロビーに移動しよう。いっぺん控室に引っ込むと時間かかりそうだし」「それがいいわね」ということで、三人で会場横の通路を通って非常扉を開け、ロビーに出る。


 ロビーにはナイボのマークの入った大きなパネルが立ててあり、選手たちが並んで記念撮影をしている。剛と香津美ちゃんが先に来て並んでくれていた。


 5分くらいで順番が回ってきたので、後ろの組の選手に頼んで、まず全員で記念撮影。皆が気を利かせてくれて、僕と尚が真ん中だ。僕は尚と一緒にフロントポーズで決めた。

 その後、僕と尚の2ショットも撮って貰った。僕がポーズを取って、尚が両手と顎を僕の肩に乗せて、お尻を後ろにツンってしたり(すごくいい写真だった)、逆に尚がポーズを取って、僕がしゃがんで両手を伸ばして「見てくれアピール」したりして(これはイマイチだった)、すごく楽しかった。


 そしたら師匠が、そこで急に、「昇。尚ちゃんお姫様抱っこしてやれよ」と言い出した。


「えー、お姫様抱っこですか」

「だって、ガールズ優勝なんだから今日のお姫様だろう?」

「いや、でも僕今日2位だから。王子様じゃないんですけど‥‥‥」と言ったら、

「おーい、昇君、後がつかえてるぞー。早くやってやれー」って、誰かと思ったら川島さんが、クックと笑いながらこっち見て、「やんないなら俺が替わるぞー。俺が王子なんだから」って、ヒドっ、ヒドイこと言ってます、この人。


 わかった。わーかーりーまーしーたー。


 僕は、「尚、ちょっと失礼するぞ」って一声かけて、尚の脇と両膝下を持って、ヒョイと持ち上げた。ずいぶん軽いんだな。尚が驚いて、「キャっ」って声をたてる。


 周りで見ていた選手達から「おーっ!」と声があがり、やがてパチパチと拍手が沸いた。

 そしたら尚が僕の首に手を回して、ギューって強く抱きついてきて、パチパチは「ヒュー!」って歓声に変わった。


 あはは、今日は楽しかったな。


 みんなとても気持ちのいい人たちだ。





→ 読者の皆様。いつも本作をお読み頂いてありがとうございます。

 デビュー戦でのラスボス退治は逃しましたね。全日本までの2カ月で勝負です。


 次回は、お楽しみのすき焼き、そして二人の仲も深まり、ちょっとお色気も入ります。


 それではまた。


 小田島 匠

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