第6章 第2話 待ちに待った打ち上げ! そして尚が昇を守る女神に

~ 前橋大会終了 高崎に移動してすき焼きで打ち上げ ~


 「昇。もうそのくらいにしときなよ。全日本2カ月後なんだよ!」って、尚に怒られた。僕が五杯目の大盛りご飯を頼んだときだ。 


 コンテスト終演後は、大型タクシーで直接高崎まで移動した。

 降車時に師匠は5500円払ってた。太っ腹だー。

 そのまま、駅直近のヤマダ電機ビルのレストラン街にある、上州すき焼き「兼満(かねみつ)」へ。

 さあ、ずっと楽しみにしてた打ち上げだ! 食うぞー!


「全日本進出おめでとー!」の声と共に乾杯した後、飢餓状態の三選手は、野菜には目もくれず、肉、メシ、肉、メシ、肉の永久ループに突入。

 あーうめー、うめー、たまらん、止まらん! 身体が「もっと! カロリーをもっと!」と要求し、満腹中枢が麻痺した状態でガツガツと箸が止まらない。

 お昼がソースかつ丼だった二人は、ややゲンナリした様子で苦笑いしてる。


 尚が大盛りご飯二杯半でリタイヤ、師匠は三杯でストップ、あとはお酒に移行。僕は、尚のも貰って四杯半食べて、最後の一杯を頼もうとして怒られたのだった。


「うん、これを最後にする、しようと思う。まだいけると思うけど」

「減量しすぎて頭がパーになってるのね。『食べられるうちにソレっ』って」

「ほんとそんな感じ。だけど、あれ‥‥‥師匠、これって」

「なんだ、どうしたんだ」

「なんだか身体がパンパンなんですけど‥‥‥」


 僕が試しにTシャツを脱いでみると、うおー、なんだこれ? すげー! 

 身体が内側から膨張し、筋肉が薄い皮膚を押し出して、サイズが大きくアップしている。なんか超人ハルクみたい。

 尚が「すっごーい。筋肉パンパンでカットはバキバキ、血管も全身巡って、なんか尋常じゃないわよ。まあ、ご飯とお水でお腹ポッコリ出ちゃったから、コンテストではダメそうだけどね」って言いながら、指先で僕のお腹をツンツンする。


 師匠は、「ああ、カーボアップのピークが半日ズレたんだな。『コンテストあるある』だ。昇、お前のカーボアップは一日じゃ足りなくて、一日半がいいようだぞ。全日本は二日前のオヤツからアップするといい。こういうのは一回やってみないと、自分に何があっているか分かんないから、今日はしょうがないな」ってことだった。


「なるほど、自分の身体で試すほかないですからね。次回は一日半やります。あと最後の最後で足つっちゃったんで、水分ももう少し取ってみようと思います」

「水分ないとパンプアップの材料もなくなるからな。それがいいな。全日本まであと2カ月弱あるからトレもいろいろ工夫出来るぞ」

「バルクアップいけますかね。今日カトリーヌさんにチラっと『胸のバルクと髪型』って言われました」

「ふーん、カトリーヌさんがねー。ステージで昇にそんなこと言ってくれたんだ。へー、あんな短い時間でねー。よかったわねー」って、尚が不満そうに口をとがらせてブツブツ言ってる。

「いや、尚ちゃん、ジャッジが直接課題を言ってくれたわけだから、ありがたい話だぞ。そこがマイナスで負けたっていうことなんだから。ジャッジ間でそういう話をしてたんだろう。そしたら、昇は、あと1カ月、3㎏増量しながら、週三回胸と肩をやるといい」


「そんなに比重かけて、そのほかの部位はバルク落ちませんかね」

「多少落ちるかも知れないが、残りの週二日で鍛えてれば大して落ちない。とにかくお前は胸と肩だ。何も川島君と同等になる必要はないんだぞ。現に今日一票取っただろ?」

「はい。カトリーヌさんが入れてくれたらしいです」

「へー。ふうん。気に入られたのねー。よかったわねー」って尚がまだ言ってる。面白くなさそうに頬杖ついてあっち向いてる。


「だから現時点でも優劣は微妙なところなんだ。昇があとほんの少し、今日と違いが分かる程度のバルクを付ければ追いつくのは十分可能。バランスとキレではお前が勝ってるんだから、少しフォルムを強化できれば、あとはジャッジ次第だ」

「なるほど。では、1カ月、胸と肩に集中します」

「今日のジャッジは当然お前のこと覚えてるから、『あ、進歩してる』って思えば、嬉しくもなるし、点も甘くなるってもんだぞ」


「それじゃ、私補助に入ってガンガン鍛えてあげるわよ」 お、尚が帰ってきた。

「頼むぞ。あと、今日な、お前ならすぐ追いつけるなって思ったぞ」

「え?」

「カトリーヌさん。目の前で見た」

「うっわ、フォロー上手。バランス絶妙」 

「そうだろ?」って笑いながら、僕は隣の尚に左手を伸ばしてグータッチした。


「だけど、昇、増量は3㎏までだぞ。食いすぎるなよ。減量が間に合わなくなるからな。バルクが増える分を考慮して、残り1カ月弱で2㎏減量。仕上がりは65㎏が目安だ」

「はい、じゃ、次のご飯で最後にします! だけど、できれば肉のお替りを‥‥‥」


「お前というやつは、言ったそばから‥‥‥」 師匠が呆れたように笑って、濃いめハイボールをグイッとやった。


 ******


12 師匠にすき焼きをご馳走になったので、帰りの湘南新宿線は1500円奮発して、グリーン車を取った。師匠は例によってハイボールを、ええ? 4本も買ってる。大丈夫かしら?


 そしたら師匠が、「じゃ俺は二階でやってるからな」って階段上がっていくので、「あれ? 師匠、下でシート回してみんなでやりましょうよ」って言ったら、「んな野暮なことできっか。二人で反省会してろ。新宿で会おうな!」って行っちゃった。おおかっこいい。師匠、かっこいい男。

 そしたら、「じゃ、俺たちも。隣の車両にいるわ」って言って、剛と香津美ちゃんも行っちゃった。みんな気を遣ってくれてるんだ。いい仲間たちだ。


 グリーン車の一階は誰も乗っていなかった。こんな週末の夜の上りじゃ、普通車でもガラガラなんだから当然か。

 僕と尚は真ん中あたりの左座席に並んで座った。僕が窓際。だけど外はもう真っ暗だ。シートを少し倒して、身体を沈める。一日の疲れとさっきの大盛ご飯で眠くなっちゃいそう。まあ、それでもいいけど。


 僕は尚の左手をつないだまま、上を向いて、

「尚、今日はお疲れ様。それとグランプリおめでとう。去年の全日本ファイナリストが入ってる中で断トツだったんだから、全日本も十分狙えるだろ。あと2カ月、油断せずに頑張って行こう」って話しかけた。

「ありがと。昇も頑張ったよ。惜しかったね。川島さんは強かったけど、全日本でリベンジしようよ」 尚も穏やかに微笑んで応える。

「えー、だって、俺、前橋の2位だぜ。全国50数箇所で予選やってるんだから、俺なんかいいとこ日本ランク50何位じゃないのか」

「そんなことないって! 川島さんぶっちぎりのトップなんだから、昇は日本ランク2位だよ。今日だって一票取ったし‥‥‥カトリーヌさんだ、け、ど、ねっ!」って、尚はつないだ僕の手にギチっと爪を立ててきた。

「イテテ、あはは、そうか。そういう見方もできるのか。間に何人か挟まるかも知れないけどな。川島さんのあとをピッタリつけてるって思おう」

「そうよ。背中に手を掛けてるわよ。あと2カ月あるんだし、私たち部活まだできるんだから、ありがたいと思ってちゃんとやり切ろうよ」

「はは、そうだな。部活の引退が11月24日か。そんなのほかの競技で聞いたことないな。これはこれで幸せな高校時代だ」

「楽しかったわね」

「ほんとにな」 


「でもね、私は今日、昇が負けちゃって、すごく悔しかったのよ。泣いたりはしないけど、泣きたいくらいだった。昇はなんかスッキリした顔してるけど、本当はどうなの? そういう強い気持ちって大事だと思うよ」

「うん、順位は納得してる。川島さんとは少し差があった。それは認めるし、次への課題も見つかったから、今日は収穫があったと思う。でも、もう少しだったんだよな。お前は面白くないみたいだけどカトリーヌさんが俺に入れてくれて、ほかであともう少し差を詰められたら、もう一票入ったかも知れなかった。それが審査委員長だったら、今日勝ってたんだよな。もちろんそんなの『たられば』でさ、最後脚つったのもそうだけど、そんなのなくても順位は変わらなかったと思う。だから2位は納得してるんだけど‥‥‥」

「どうしたの?」

「‥‥‥勝てる気しなかったんだよ。最初から。川島さんに勝てないような気がしてさ。そういうの、たぶんポーズに出るんだよな。審査員にも伝わるんだ。俺さ、ずっと自分のことペナペナだと思ってて、それで初めから『頑張っても2位だ』って思ってたっていうか、どっかで諦めてたんだよ。最後、銀メダルのとこに移されたしな」


「そうか。でも、今回は初めての試合だったんだし、自分がどのレベルかって、自分じゃ良く分からないから、ちょっと弱気になっちゃうのも仕方ないよ」

「うん。だけどそんなの自分で勝手に思ってただけで、そうじゃなかった。実際、カトリーヌさんは俺に入れてくれたわけで、師匠だって自信持ってポーズ取ってこいって言ってくれたのに。そういうのを信頼できなかったのが悔しい‥‥‥。誰より、この何カ月か、尚が自分のトレ削って助けてくれたのに、自分が先に諦めてしまったのが悔しい。諦めなくても、脚つらなくても順位変わらなかったかも知れないけど‥‥‥ああ、だめだ。尚、ごめんな。ああ、昨日に戻りてーよ。尚、ごめん。ああ、戻りてー。尚、ほんとにごめんな‥‥‥」


 ******


13  そう言って、彼は左手を目に当てて黙ってしまった。

 そうか、そりゃそうだよね、悔しかったよね。人には見せたくないんだよね。

 私、昇のそういうとこ好きよ。いつも飄々としてて、でも優しくて、誠実で。


 ‥‥‥だけど、あんた私のことになると、こんなに弱っちくなるのね。

 ‥‥‥すごく愛おしい。愛おしくて苦しい‥‥‥。


 ああ、昇の手の隙間から、ツーって、涙が落ちて来た。‥‥‥やだ、泣かせないでよ、もう。


 大丈夫、ずっと私がついてるわ。絶対離れないから、大丈夫、泣かないで。

 私ね、自分のことなんかより、昇の方がずっとずっと大事なのよ。うまくできてるか分かんないけど、いつもそばで守っていたいの。


 だから、私は、泣いている昇の顔を両手で優しく包んで、そして、


 そっと、静かに‥‥‥唇を、重ねた。


 昇は、ちょっとびっくりした様子だったけど、やがて私の背中に手を回して、そっと抱きしめて来た。そうそう、弱っちくなってるときは甘えないとね。でもお願い、もっと強く抱きしめて‥‥‥。 


 って、あれ、ちょっと、舌をチロチロって、なんか調子に乗ってない? 何やってんの? うん、まあいいわよ。今日はあんた傷ついてるから、受け止めてあげる。


 私は昇を全部受け止めて、深く絡みあいながら、彼に押されてシートに倒れこむ。


 あ、何やってんの? 胸触るのはまだしも、揉んでるんじゃないわよ。このエッチ、スケベ! 調子に乗んな! ちょ、「あっ!」「んんっ!」「‥‥‥だめ」 こ、声でちゃうでしょ。


 ‥‥‥ううん、でもそうじゃないの。ほんとは嬉しいの。もっと触って。昇に触って欲しい。

 私の身体大好きなんだもんね。もっと、昇の手で、身体の奥の心にまで、触れてきて‥‥‥。


 でもね、この先は、もうちょっと待ってね。

 私もそうなりたいけど、それは二人が大人になってからって決めたの。

 だからもう少しだけ、我慢してね。


 今日、やっと順番が振り出しに戻った。


 ファーストキスは、ちょっとだけ甘辛の、すき焼きの匂いがした。











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