第1章 第3話
~ 昇と尚が部室でランチを食べている ~
7 そうしているうちに、あと二人の部員、剛と香津美ちゃんが「ごめん遅れてー」と言いながら、揃って入ってきた。待ち合わせて来たんだな。
戸塚剛(とつかごう)は、同じ3年生。
尚の隣のクラスで、中学も僕たちと一緒。たまたまK高校に進学した縁で、行き帰りに話をするようになったので、「ボディビル部作るんだけど三人いないとダメなんだって。名前だけでいいから入ってくんない?」と頼み込んで、入って貰った。上背はあまりないけれど、中学の時は柔道をやっていたくらいで、がっしりした体形だ。168㎝、70㎏くらい? 府中ではアイアンジムじゃなくて、家の近くのエブリタイムに通っている。
本田香津美(ほんだかづみ)ちゃんは、一学年下の2年生。剛の近所に住んでて、幼なじみだったので、高校入学時にすかさず剛がスカウトしてきた。背は小さい方で、150㎝くらい?
その代わり、胸はかなり、というか相当に豊満で、もはや「巨大な双丘」と言っていいだろう。大き目のリンゴが二つ付いてる感じ? 薄茶色のベストは、いつもパンパンではち切れそうだ。割合と足腰の太さもあるしっかりした体型で、全体が筋肉質で、どことなくゴムまりを想起させる。 これはこれでありです! 好きです!
香津美ちゃんは、意外なことに中学時代は美術部だったそうで、その反動で高校に入ったら体を動かす部活をやりたくなったとのことだ。尚ほどではないけれど、色白の小顔で、真っ黒なショートボブに切れ長の一重瞼がスッキリした、日本人形を思わせる和風美人だ。
剛と同じエブリタイムで早朝トレーニングをして、一緒に登校している。二人が今どういう関係なのかは分からないし、詮索もしないけど、まあそういうことなんだろう。
剛と香津美ちゃんが座って、揃いのコンビニの袋からガサガサと昼食を出した。選んだメニューもお揃いで、おにぎり、野菜ジュース、ロースハム(72g そのままかじる)、それとゆで卵だ。タンパク質はトータル40g。脂肪分は殆どなし。ビタミン豊富。
剛と「コンビニで昼飯買うとさ、どうしてもこうなるよな」「うん。そうな」って言いあいながら、ランチミーティングが始まる。
僕は、「はーい、ではK高ボディビル部、今年度最初の部会を始めまーす」と、高らかに開会を宣言し、続けて「今年度の活動方針ですが、基本的に各自ジムで自分にあったペースで継続的に筋トレして、健康維持と肉体強化に努める、ということで宜しいですねー?」と述べると、各自から「ウンウン」との賛同を得た。
「それから、毎年議題に出る夏合宿ですが、契約しているジムが異なるうえ、どっちみち夏山にジムなんかありませんから、今年もできませーん。その代わり全員が府中に住んでるわけだから、競馬場の花火大会や大國魂神社の初詣など、親睦を深めるイベントを適宜計画しましょう!」と述べ、再び各自から「ウンウン」との賛同を得た。
「しかし、なんだな。その活動方針、『部活』である必要はまるでないな。近所のトレ仲間ってだけだ」と、剛がゆで卵をテーブルでコンコン叩きながら言い、香津美ちゃんも(ホントね)みたいな顔をしてゆで卵をむいている。
「ふふふ。そう思うだろう。いや、実際その通りなんだが、今年はちょっと違うぞ。隠し玉があるんだ」
「へー、勿体ぶらないで早く言えよ」
「実はな、尚とも話してたんだけど、今年で部活も最後だから、記念にどこかのボディメイクのコンテストに出場しようと思ってるんだ」
「おお! それいいな。お前ら、もう二年も頑張って、だいぶ体できてきたから、結構いいセン行くかも知れないぞ。必ず応援に行くから頑張れよ!」
「頑張れよって‥‥‥お前たちも出るんだよ。できれば同じ大会に」
そしたら剛と香津美ちゃんは、(何言ってるか分かんない)みたいな顔でキョトンとし、「いや、俺はいいよ」「私も遠慮させて下さい」と、アッサリかつ明確に拒絶してきた。
「えー、何でー?」「一緒に出ようよー」 僕と尚で同時に声を発して追撃したけれど、
「いやー、ほら、俺たち体を鍛えるの好きだし、体が変わってくるのはすごく充実感があって自信にも繋がるんだけど、こう、なんだ‥‥‥悪く思うなよ、別に、人に見せるためにやってるんじゃないんだ」って、申し訳なさそうに返ってきた。
「そう、今、剛さんが言ったとおりで、私もジムで鍛えるの好きですけど、身体を作品として発表するのは、また別って考えてるんです。だって一緒の大会に出たら、尚先輩と同じステージでポーズ取るわけでしょう? それって、私にはちょっと‥‥‥」
「だからさ、コンテストは、コンテスト向きの素質と意欲があるヤツが出ればいいんであって、筋トレする目的は人それぞれってことだ。もちろんコンテストの意義自体は全然否定しないし、お前らが本当に努力しているのもよく分かってる。一般のトレーニーと選手の体って、本当に全然違うからな。だから、俺たちはそっちには行かないし、行けないけど、全力で応援するよ」
「お二人はK高代表で頑張って来てください!」
‥‥‥よく分かった。分かりすぎるくらい分かった。僕たちを傷つけないように、「いや俺はステージでパンツ一丁なんて、勘弁!」とか、コンテストをディスったりしないあたり、いやあ、剛はいい男だなあ。香津美ちゃんもこれは惚れちゃうよ。
「そうだな‥‥‥。ちょっと舞い上がってたみたいだ。無神経なこと言って悪かった」
「うん、二人ともごめん。昇、私たちが学校代表で出よう。頑張ろうね!」
僕と尚は、率直に二人に詫びて、それでこの話はお終い。残念だけど、剛の言うとおり、トレーニングの目的は人ぞれぞれ、長く続けることが一番大事なんだ。それじゃ、今年も、それぞれの目標に向かって日々トレに励むことにしよう。
******
8 午後の6時間目の授業が終わって、ホームルームも終えたところで午後3時50分。よそのクラスはもう下校に入っている。
僕が荷物をバッグにまとめて教室から出ると、尚が待っていてくれた。リュックを後ろ手に持って、前かがみで踵をトントンやっている。(もう、遅いー)っていうようなポーズだけど、僕が悪いわけじゃないので、膨れたり怒ったりはしない。
二人で駅に向かう道すがら、尚が、「ねえ、昇はやっぱりナイスボディに出るの?」って聞いてきた。
「まだ決めてないけど、やっぱりそうかな。ナイボは9月終わりに前橋大会があるから、群馬のばあちゃんとこに顔見せに行ったついでに出られるんだ。3位に入ると全日本大会に出られるんだけど、それが11月終わりなんでインターバルが丁度いいしな。フィジーク(かっこいいマッチョ競技)はまだまだ細すぎて勝負になんないし、ボディビル(ゴリマッチョ競技)は、もう端(はな)から考えてない」
「ふーん、ナイボがちょうどいいんだ」
「ナイボでもまだ厳しいかもなあ。お前はどうすんの? 勝手にナイボだと思ってたけど、一緒に前橋出ようよ」
「私は‥‥‥フィットネスビキニに出ようかなって、思ってるんだ。どこかの大会のノービス(入門)クラスに。私、言ってなかったかも知れないけど、高木優里さんが好きなんだ。私の理想なの。あこがれなの」
フィットネスビキニとは、ビキニタイプの競技用水着を着て、公式ハイヒールを履いて、立ち姿の美しさを競う競技で、ボディメイクの中では相当なバルク(筋量)が要求され、プロポーションのバランスもシビアに判定される種目だ。
女子フィジーク(女子最マッチョ)ほど厳しい絞りは必要ではないものの、それでもうっすら腹筋が見えるくらいまでは減量が必要で、その中でもバストやヒップといった女性らしい部位のボリュームをどこまで残せるかが勝負となる。以前、カーリングの美女選手が突然大会に出場して話題をさらったのも記憶に新しい。
そのフィットネスビキニで、断トツの実力と人気を誇るのが「絶対女王」高木優里選手、24歳だ。身長175㎝、ルックス、バランス、ボリュームともに最高クラスで、21歳の時からオールジャパンを三連覇している。昨年は世界選手権で欧米の大柄な選手に交じって、トールクラスで2位に入った。もちろん日本選手が辿り着いた最高位だ。
日本では既にレジェンド級の名声を得ているが、まだまだ全盛期は先と言われている。この先どこまで伸びるのか、まさに日本が世界に誇る至宝だ。
だけど、本人はいたって気さくな親しみやすい人物で、昼間は外資系銀行員としてバリバリ仕事をし、夜に品川のアイアンジムでトレーニングを積んでいる。合間に食べる和菓子が大好きで、「あんこ姫」というあだ名を戴いている。
そういったキャラクターも含め、全ての筋トレ女子が「あんなふうになりたい」と目指す、まさに憧憬の対象だ。
「‥‥‥フィットネスビキニ。高木優里さん。そうか、好きなのか。いいよな、優里さん。だけど、目標にして目指すのはいいとして、まだ少し時間がかかるんじゃないか。お前まだ17歳なんだし何年か頑張ってバルク(筋量)つける方が先じゃないか」
「だからノービスだって言ってるでしょ。一足飛びに優里さんになろうなんて思ってないわよ」 尚が不満げに口を尖らせる。
「ノービスだって、結構みんなデカそうだけどな。だって、ほら、お前、スタイルは全然負けてないと思うんだけど、最高クラスなんだけど、まだボリュームが‥‥‥その、尻とか、む、胸‥‥‥」と、ここまで話したところで、尚が僕の肩を「バッチーン!」と叩いた。
いってー! 本気! 今のは本気で叩いた。今朝のとえらい違い。
「いてててー。何すんだ。暴力反対ぃ! これ痕(あと)になるぞ、ヤツデの葉っぱみたいな痕に」と抗議したところ、尚は、
「自業自得よ。もう、先帰る。ついて来ないで!」って言って、一人ですたすた駅に向かって行ってしまった。僕は茫然としたまま取り残され、下校途中の学生から、「あー、相沢さん怒らせたー」っていう冷ややかな視線を一身に浴びることになった。これかっこ悪いですー。勘弁して下さい。
とはいえ、本当に先に帰してしまったら、後々えらいことなので、僕はすぐに走って後を追った。だけど、どうも尚も本気で帰る気はなかったようで、角を曲がったところで、腕を組んで上を向いて待っていてくれた。わっかりやすいな。
「ああ、追いついた。お前、今、顔から『プイッ』ってカタカナがゴシック体で出てたぞ。ホントにそんなの出るんだな、器用なヤツだ」と、まずは軽口でジャブを当ててみた。
尚が、「プっ」とか言うので、これは大丈夫と安心し「悪かったよ。デリカシーが欠落してた。お前が気にしてたの知ってたのに、バカだな俺。本当にごめんな。もう二度と言わない‥‥‥ように気を付ける」と、概ね真摯に謝ってみた。
尚は、しばらく僕の顔を見て、含み笑いをこらえていたけど、あれ、ちょっと泣いてるみたい? 栗色の大きな瞳に少しだけ光るものを溜めて、
「バーカ、バーカ、昇のバーカ。足女子高生」って、お返しの悪口を言いながら、右こぶしで僕の胸をポフポフ押してきた。
な、こ、これは、かわいい。
「いや、俺だってさ‥‥‥」
「そりゃ、昇に悪気がないことくらい分かってるわよ。私のことちゃんと考えて言ってくれてるのも分かる。あんまりにも実力差を見せつけられて、高校最後の思い出がトラウマになってもよくないしね」
「俺だってフィジークで勝負できるならやるよ。でも、競技適性とか、順番ってものがあるだろ。だからそのあたりさ、今度洋介師匠に聞いてみようよ。俺もお前も、今、ここで決める必要もないんだし」
「うん、そうしよう。さっきは叩いてごめんね。痛かったでしょ? だけど、もう電車来ちゃうから、いこ!」
やれやれ、もとに戻った。二人で登戸駅まで歩いてきたら、さっきの暴力沙汰を目撃した学生が沢山いて、「あ、仲直りしたんだ」って目でニヤニヤ見てくる。
ああかっこ悪い、勘弁して下さい。でも尚はこういうの気にしないんだよなあ。
それじゃ、さっそく洋介師匠に連絡して、相談の日程入れよう。
日曜日のバイトの後がいいな。
そう思って尚をチラっと見たら、ニコニコしながら僕を見上げてた。
→ 読者の皆様、第1章の読了ありがとうございます。
第3話に出てくる高木優里さんには、超有名な実在のモデルがいます。「友梨」「ビキニ」でググるとすぐに出てきますから、興味のある方は検索してみて下さい。日本から出て来たのが奇蹟のような選手で、今秋、日本で開催されるビキニの世界選手権で「優勝して引退したい」とおっしゃっています。頑張って花道を飾って欲しいものです。
第1章はオマケが充実していて、なんと三連発になります。このあとまとめてアップしますね。
それではまた。
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