第4章 筋肉だけじゃダメ! コンテスト準備あれこれ そして最強ライバルの影が…
第4章 コンテスト準備あれこれ(17歳 8月終わり)
8月終わりになった。9月30日の前橋大会まであと1カ月ちょっとだ。
体重は66㎏まで落ちて、そこで停滞している。
身体がこれ以上脂肪を落とさないように抵抗しているようだ。要するに、ずーっとマイナスカロリーを続けているので、身体が代謝を落として省エネモードに入ってしまい、少ないカロリーでも生活できるようになっている。
こうなるともうイタチごっこで、さらに摂取カロリーを落としてもすぐ身体が慣れてしまい、絞るのは至難となる。なにより栄養不足で十分なトレが出来ない。
なので、ここからは、一週間に一度くらい、意図的に沢山食べる日を作って、「ホーラ、みなさい、栄養が入って来たよ。これからもどんどん入るよ。代謝上げても大丈夫だよー」って、身体を騙して代謝を上げることが必要になる。騙すので、俗に「チートデー」と呼ばれている。
「えー、ウソーン? ドカ食いしたらかえって瘦せるのー?」って疑っちゃうけれど、やってみると案外効果的で、当然翌日までは体重が増えているが、二日後からは目に見えて減っていく。自分で自分を騙そうと思ってやってるのに、コロッと騙されちゃうんだから、身体って案外バカ? ププッて思っちゃう。食欲がリセットされるのもデカい。
ただ、66㎏で停滞はしているけれど、尚と補助付きでトレーニングしてる効果も確実に出てきて、筋肉のサイズは落ちておらず、しかし脂肪は少しずつ薄くなり、どんどん筋肉のキレが増してきている。中身が変わってきている感じ?
今は、ブルース・リーを少しマッチョにしたような体形だ。
でも、お腹の脂肪は、まだつまめる。1㎝くらいだけど。これが手の甲みたいに、皮一枚になって、引っ張るとムニューってなるくらいが理想だ。あと2㎏くらいか。すごくキツいけどやらなきゃな。
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それから、一学期終わりの学内選考に無事通って、僕はC大の法学部の推薦を貰った。
勉強はちゃんとやっていたので、成績は十分足りていたけれど、生徒会もやってないし、部活でも目立った成績を収めていないので、ちょっと不安だった。担任の先生がボディビル部の顧問で、かつ学年主任なので、強く推してくれたのかも知れない。
尚も同じく学内の選考を無事に通り、T理科大の理学部の推薦を貰った。
まだ二人とも秋に大学の面接試験があるけれど、指定校推薦なんだから、まず大丈夫なんだろう。
僕と尚は、「よかったー。推薦貰えなかったら絶対浪人だったよねー。こんな、3年の秋まで部活やってる人なんていないもんねー」って、手を取りあって喜んだ。
それにしても、来春からは、僕は八王子、尚は飯田橋なのか。飯田橋なら府中から通うよね。大丈夫だよね?
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2 8月31日(木) 午前7時30分
夏休み最後の日、僕と尚は朝のトレ後、着替えてダンス用のフィットネスルームに集合した。ダンスは午後からなので朝は使い放題だ。壁が鏡になっていてポーズの練習によい。
僕はナイスボディの公式ボクサーパンツ(ショッキングピンク)で、尚も同じく公式ボクサーパンツ(同。色揃えた。)と公式トップス(ホワイト 大き目のスポーツブラって感じ?)と公式シューズ(シルバー ヒール15㎝)を身に着けている。髪はポニテでパンツと同じピンクの大きなリボン。
コンテストでは、コスチュームで差が出ないように、また横の比較がしやすいように、ウェアは全て公式のものを着用することが義務付けられる。
「おー、尚、かっこいい! ピンクのパンツと白のウェアの組み合わせがいい。白い肌にマッチしてる。ハイヒール履いて背がすごく高くて、でも出るとこ出てて、しかもちゃんと鍛えた跡が分かる。ホントいいな。見とれちゃうくらいだ」
褒めすぎじゃなくて、実際にいい。世間一般の人が考える女性の理想の身体で、まさにナイスボディって感じだ。ピンクのパンツと白いウェアの間には、真っ白でつるんとしたお腹が露出しており、シックスパックは出ていないけれど、その代わり肋骨のラインから、パックに沿って綺麗な縦線が三本通っている。
‥‥‥これは、滅多なことでは負けないんじゃないか?
今日は、まず、エントリー用の写真撮影を行った。一応、書類選考があるので、全身写真と上半身の写真データを添付することになっているからだ。それと、エントリーにはスリーサイズを記載する必要があるので、撮影後にメジャーで計ることにしている。
僕のスマホで、尚の全身写真と上半身の写真を撮影する。右手を腰にあて、左手はサイドに浮かせ、指先を意識する。脚はまっすぐ揃えずに、膝を少し折って前後させる。そして笑顔。おお、いい、すごくいい、これ永久保存版。
次に僕も撮って貰う。ああ、いいよ、適当で。
続いてスリーサイズの計測。
「尚の測らせて、測らせて」
「ほんと、あんたこういうの好きねえ」 尚が呆れたように笑っている。
「ふふふ。なんでだろうな。好きなんだよ。身体の形と数字が。それじゃ、まず下から」 僕はメジャーを引っ張って、尚のヒップに回した。
「な、なんで下からなのよ?」
「いや、ほら、お楽しみは最後に取っときたいだろ」
「エッチ。スケベ。ケダモノ」
「ヤラシイ気持ちじゃないんだ。胸の数字測るのが楽しみなだけなんだよ」
「あはは、分かってるわよ。長い付き合いだもんね。私以外の人じゃ理解不能だろうけど」
「はい、ヒップ93㎝。割と育ってるな。横から見るとちゃんと盛り上がってて、とってもかっこいいぞ。黒人の陸上選手みたいにポコンって出てる」
「へー、嬉しい。レッグプレス頑張った甲斐があったな」
「次にウェストは‥‥‥60㎝か。もっと細く見えるけど長身だからな。こんなとこだろ」
「そして、最後にバストは、と」
「わー、なんかドキドキするな」
「って、おい、息吸ったりしてインチキするなよ」
「バカっ、そんなことしないわよ!」 尚が僕の肩をペチっと叩く。
「いくぞ。ジャカジャカジャカ‥‥‥85㎝? あれ間違いかな。もう一回‥‥‥ん? やっぱり85㎝。な、なんと春から3㎝も育ってるじゃないか。すごい! 85って言ったら、相当だぞ。世間的には『ボイン』に片手かかったくらい。いい数字」
「えー、ほんと? すっごい嬉しい!」 尚が両手を口にあてて足をパタパタする。
「ここんとこ背中トレ頑張ってたからなあ、エライぞ!」
バッチーン! イテー!
「ほ、褒めるとこ完全に間違えてるわよ。バカっ!」
「イタタ、はは、冗談、冗談。ちゃんと胸育っててよかったな。これからどんどん育つだろ。絶対女王、追いかけよう」
「最初からそう言いなさいよ! ひねくれてるわね」
******
3 「お、やってるな。お待たせ―」って、トレーニングを終えて、競技用パンツに着替えた洋介師匠が入ってきた。
今日は、洋介師匠にポーズの指導もお願いしている。尚のナイボ参戦を聞いて、師匠も急遽前橋大会に出てくれることになったんだ。嬉しい、心強い。打ち上げのすき焼きも楽しそう。
「師匠、なんか肉体がすごいことになってますよ。とても40代半ばとは思えないんですけど」 師匠は最近急激に仕上がってきてる。よっぽど節制したんだな。
「すっご‥‥‥。師匠こんなだったんだ」 尚はなぜか指の間から驚愕の眼差しで師匠を見つめている。
「ま、俺も一応、8年前だけど、ナイボで全日本を獲ってるからな。あの頃は参加選手も少なかったから、ラッキーだった。今のマスターズ(40代)は人数も増えてレベルも上がってるから、バルク(筋量)はあって当たり前、このくらいだと厳しいかもしれないぞ。どんどん30代から活きのいいのが上がってくるしな。しかし、それにしても‥‥‥」と、師匠は尚の方に向き直り、
「尚ちゃん、すごくいいな。まさにナイスボディで求められる身体に仕上がってる。肩も胸もちゃんと出てるけど、特に脚とヒップがいいな。太すぎず細すぎず、シューズと一体になって全体が『脚』って感じになってるから、すごく長く見える。このクラスの選手、なかなかいないぞ」
「えー、ありがとうございます。自分じゃよく分からないんですけどね」
「いや、今、このまま全日本に出ても十分勝ち負けになると思う。正直、前橋あたりでは負ける姿が想像つかない。あと1カ月、体調とケガに気を付けてやっていれば大丈夫だろう」 やっぱり師匠が見てもそうなんだ。
「さて、昇。ポーズ練習やろうか。尚ちゃんは見てるか、そっちで一人でやっててくれ。悪いけど俺は女子選手のポーズよく分かんないから、無責任に教えられないんだ」
「はーい」と尚は返事をして、僕たちの正面の鏡の前に座った。見学するようだ。
ナイスボディのポーズは、規定のポーズが4つ、フリーポーズが3つある。
規定ポーズは、選手の横の比較のために行う。一組10人くらいが横に並んで、一斉に、正面を向いたフロントポーズ、左サイドポーズ、バックポーズ、右サイドポーズ、そして正面を向き直って、もう一度フロントポーズをやって終わり。回転しながら行うので、あっという間だ。
規定ポーズのあと、一人ずつ前に出て、舞台の正面、右手、左手で、フリーポーズを取ることになる。
僕と師匠は鏡の前に並んでフロントポーズを取る。足を開き、右手を腰に、左手は浮かせて指は伸ばす。ってか、もうこの時点で師匠に全然敵わないんですけど‥‥‥。バルク、姿勢ともに大きな差がある。隣に立ってて恥ずかしくなってしまうくらいだ。
「昇。自信を持て。相手と戦ってるんじゃないんだ。負けてるって気持ちはポーズに出るし、ジャッジに伝わるぞ。自分のポーズに集中しろ」 ドキっ、図星だ。
「それから左肩下がってる。そうだ。それが真っすぐだ。はい、ポーズ解いて目をつぶって‥‥‥」 僕は一度ポーズを解いてリラックスする。
「はい、ポーズ取って目を開けてみろ」
「あ、元に戻ってる」 これは驚いた。
「そうだ。それがお前の癖だ。審査員が見てバランスのいいポーズは、実は自分では不自然なんだ。本番は鏡がないからな。何度も練習して、目をつぶっててもパッと出来るくらい体に覚え込ませろ」 なるほど、すっごく勉強になります。
「それから、腹筋がお留守だぞ。息を吐いて、そう、それからほんの少し前かがみになって腹筋をクっと強調。そうだ。バキバキに出ただろう」 ほんとだ。
「だけどそれだと胸がつぶれてぺしゃんこになるよな」 そうですね。
「俺がやると。ほら」 すごい、腹筋出しながら、胸も残ってる。
「これは胸のバルクがあるから出来ることで、本来両立は難しいんだ。胸は息を吸わないと出せないからな」
「僕はどちらを重視したらいいですか?」
「もちろん腹筋だ。本番はズラっと横に10人並ぶんだが、予選通過はよくてその中の3人。で、ぱっと見一番目立つのが腹筋だから、これがきっちり出てないと『仕上がってない』ってジャッジになる。端(はな)から勝負圏外で予選落ちだ」
「ああ、なるほど」
「どのみちお前はバルクで勝負できないんだから、最初のフロントポーズで振り落とされないように、腹筋に集中しろ」 分かりました。
「それじゃ見てるから。やってみろ」って言って師匠は尚の隣に座った。ステージ下の、審査員からの目線になる。
師匠から「はい、フロントポーズ」と声がかかり、僕は目をつぶって、はーっと息を吐き、前かがみになって腹筋を意識して、左肩を若干上に出し、ニッコリしながら目を開けた。
「できてる。OK。もう一回、はいフロントポーズ」 もう一度腹筋と左肩。
「笑顔はどこいった? 顔がいいんだから勿体ないぞ」 あー、忘れてた。
「し、師匠。これほんとに難しいですね。単純に見えて奥が深い‥‥‥」
「ははは、まあ反復するほかないな。だからポーズ練習は本番まで毎週やった方がいいぞ。週一回、トレ後に30分でいいんだ」
******
一通り規定ポーズを見て貰ったあと、僕の考えたフリーポーズを見てもらったんだけど、師匠から全部ダメ出しされた‥‥‥。
「お前、そんなマッシブなポーズいらんよ。捨てろ。バルクないんだから。お前の売りはバランスとキレ、それから笑顔。フリーポーズは横と比較されないんだから、自分の売りをアピールしないと意味ないぞ」とのことだった。
そうか、フリーポーズは力強さじゃなくて、しなやかさをアピールするのがいいのか。
そして、最後に入場時のウォーキングの練習をした。
僕と尚が並んで入場すると、師匠は、「はい、昇はもっと元気よく、手を振って。あと常にこっち見ながら笑顔を忘れるな。照明は落ちてるけど、審査員は入場から見てるからな。はい、まあそれでOK」ということだったが、尚には、
「まあ、なんというか、よく言えば元気、悪く言うとイモっぽいな。スタスタ歩いてるだけって感じだ。10代のガールズクラスだから、どこまで要求されてるか分かんないけど、女子選手なんだからさ、大人の色気というか、こう、もっとエレガントさが欲しいよな。青山のナイボのスタジオでセミナーやってるから一度出てみるといいぞ」ってダメ出し。僕が言ったら大変なことになりそう。
だけど、尚は、「うう‥‥‥そうですか。ちょっと日程調べて受けてきます」とのことだった。さすがに元チャンプの言葉は重いようだ。
そのあとオマケで、ナイボのBGMを流しながら、尚の規定ポーズとフリーポーズのお披露目をした。尚はアップテンポの曲に乗ってポニテを左右に大きく揺らしながら、次々にポーズを決める。
フリーの最後は、左手を腰にあて、胸を反らせて右足を開き、ウィンクしながら人差し指を『ビッ!』って中空に突き刺して決めた。やり切った笑顔が爽やかだ。
師匠と二人で、「おお、尚、いい女ー」とか「こっち向いてー、ピュー」とか、大きな声援を送って、すごく楽しかった。
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