第4章 第2話

~ 昇と尚が師匠の指導でポーズ練習を行った ~


 ポーズ練習後、ジムの近くの「好き家」に移動して、三人で朝ご飯を食べた。

 三人ともコンテスト控えているので、頼むものは一緒だ。牛丼なんてとんでもなくて、焼鮭と卵と冷ややっこ、それとサラダとご飯。

 僕は今日チートデーなのでご飯大盛りで、尚は普通、師匠は減量中なので小盛。だけどハイボールは付けてるな‥‥‥。


「あー、美味しい。卵かけご飯最っ高っー! まだこんなにある。幸せー」 僕はため息をつきながら、目を細めてそう言った。減量中の体に栄養が染み渡る。

「減量中はやっぱ飯だよな。あと食パンとか。いわゆるカーボが欲しくなるよな」

「なぜか、トンカツとかステーキとか、そういうご馳走じゃないんですよね」

「身体がカーボを求めてるんだよ。今日は十分入れてやれ。ただし、それもオヤツの時間まで。夜はカーボ抜きだ。寝てる間に脂肪に変るからな」


 お昼とオヤツは何食べようか。うどんとアンパンにしようかな? はは、やっぱりご馳走じゃないんだな。


******


「それで師匠、教えて欲しいことがあるんですけど」 食後、僕は師匠に教えを乞うた。

「何だ?」

「ええと、減量の仕上げと、日焼けと、カーボアップです。あと1カ月なんで、ちゃんと計画たてようと思って」


 カーボアップというのは、コンテスト前の一定期間、ご飯やパンなどのカーボをカットして、一旦枯渇させてから、何日かかけて一気に補充して、糖質で筋肉をパンパンにするテクニックで、多くの選手が取り入れている。


「減量はあと2㎏くらいか。カーボは一日どのくらい摂ってる?」

「一日にお茶碗3杯くらいでしょうかね」

「それじゃ、これからはお茶碗2杯分にして、それを分けて食べろ。おかゆにして鶏肉と野菜とキノコをぶち込んで嵩(かさ)を増すといいぞ。それで少しずつ脂肪が落ちていくはずだ」


「えー、今でもハラペコでキツいのに、まだやるんですか?」

「みんなやってんだ。甘いこと言ってんな。できない奴から予選落ちだぞ。どうしても辛(つら)かったらブロッコリーかトマト食べてろ」

「うう、やっぱりそうなるのか‥‥‥」


「それと、そろそろカーディオ(有酸素性運動)も入れた方がいいな。トレを少し早めに切り上げて、最後に20分トレッドミル(ジムのルームランナー)でウォーキングするといい。トレで代謝上げたあとだから効果的だぞ」

「なるほど。実践してみます。歩くだけならそんなにキツくないですからね」

「尚ちゃんは、減量は要(い)らないくらいだけど、もう少しキレがあった方がなおいいから、本番2週間前くらいからカーボを少しだけ減らして、昇と一緒にウォーキングするといい。それで十分仕上がるはずだ。逆にコンテスト前日と当日は、カーボ多めに入れた方がいいな。身体が張るぞ」

「はい、やってみます。昇、一緒に歩こうよ。私、隣で励ましてあげるね」


「日焼けは、今は週2回でコイン1枚(タンニングマシン1回分。15分)くらいか?」

「はい」

「じゃ、最後の2週間は、コイン2枚だな。ナイボの場合は、真っ黒じゃなくても構わないんだけど、ある程度焼いた方がキレがよく見えるからな。その代わり日焼けは皮膚がむくむから、コンテスト前日はしないこと」

「はい、分かりました。倍だと、1回2200円かー。お金かかるなー」


「あと、尚ちゃんは、もしかして日焼けしようとしても焼けないタイプ?」

「そうなんです。小さい頃からずっと。赤くなるだけなんです」

「それじゃ日焼けはいいや。ナイボの女子選手は焼かない人も一杯いるし、男子と違って筋量やキレがそこまで重視されるわけでもない。むしろ、その特別な白さをアピールしていった方がいいな」

「よかったー。どうしようかって悩んでました。日焼けスプレーは禁止だし」

「スプレーは会場が汚れるから、ナイボでは禁止なんだよ。その代わり、『日焼けは審査に関係ありません』って、ちゃんと広報されてる」


「あと、カーボカットとカーボアップは、きっちり仕上がってるなら必要ないな。カットしすぎてゲソゲソになって回復しなかったり、逆にアップしすぎて当日体がむくんだりすることも多くて、本番にピークを合わせにくいんだ。それでも昇は、バルクがちょっとアレだから、少しやってもいいかも知れないけど」


「何日くらいやればいいんでしょう」

「もともと、カーボ不足でカラカラなんだから、カーボカットは要らない。カーボアップの方は、コンテスト前日に朝から3時間おきにどんぶり飯一杯食べて、それを夜まで7回。翌日もお腹空いたらカーボ補充する感じでいいんじゃないか。それで結構体張ると思うぞ」


「前日はトレしていいんですか」

「トレはしない。せっかく補充した体内のカーボが減っちゃうだろ。あと、前日から水分もカット。一日かけて500㏄のペットボトル一本飲むかどうか、ってくらい。喉乾いたらプチトマト食べてればいい。水分カットしてもどんどん排尿はされるから、体表の水分が抜けて、すごくキレてくるぞ。それをコンテスト終わるまでキープするんだ」


「すると前日だけカーボアップと水抜きですか。ネットの情報とはだいぶ違いますね」

「3日も4日も水抜きとアップするようなこと書いてあるけどな。そんな極端なことすると失敗するリスクの方がよっぽど高いように思う。今回はとりあえず前日だけやってみて、身体の様子を見よう」

「はい、じゃ、それでやってみます。反省点が出たら全日本に活かすことにして」

「だけど、前橋で3位に入らないとそこで終戦だからな。あと1カ月、集中して追い込め」


 ******


 食後は、三人で大国魂(おおくにたま)神社を散歩して、縁石に座って缶コーヒーを飲んだ。


「当日は誰か応援に来るのか?」

「はい、剛と香津美ちゃんが来てくれることになってます」

「おー、いいね。打ち上げが賑やかになりそうだ。楽しそう。選手集合は11時で、開演は12時30分だから行きは別々だな。我々は朝7時くらいに府中発か」

「僕は、藤岡にばあちゃんがいるんで、前日夕方に顔見せて前泊することにします。前橋にしたのはそれもあるので」


「ふうん、じゃ、実家に泊まりなんだ。一緒に行けないんだ」 尚がちょっと不満そうに口を尖らせて言ってくる。

「いや、今はおばさん一家が同居して、ばあちゃん見ててくれてて、泊まる部屋ないから、高崎セントラルに泊まろうと思う。ウチの定宿なんだ。朝食バイキングが美味くて楽しみなんだけど、今回はあんまり食べらんないな」

「コンテスト終わったら、お腹いっぱいすき焼き食べられるわよ。それまで我慢しなさい」

「そうだな。すき焼きを心の支えに頑張るか」


 参道のけやきが日陰を作り、ひんやりと涼しい。もう夏が終わろうとしている。


 ******


5 予想はしていたけれど、書類選考は無事通った。だけど師匠によれば、「落ちたって人、聞いたことない」とのことだった。そりゃそうだ、参加選手が多いほうが運営のフィーが集まるもんな。

 参加フィーは1万3000円で、尚と「結構するなー」と言い合ったんだけど、会場費とスタッフの費用、賞品なんかもあるから、こんなとこかも知れない。


 フィーを振り込んで、本番まで2週間くらいのところで、参加選手名簿がアップされた。10代のフレッッシャーズ男子は45名、ガールズ女子は42名だった。ゼッケンは二人とも27番。語呂合わせはできないけど、なんとなくいい番号だ。

 それにしても、参加選手ずいぶん多いなあ。45人中、予選通過は10名、入賞は5位まで、日本切符は3位までだ。45人中3位って、かなり難易度高くない? 


 出場選手の名前と「ナイスボディ」を検索語にしてググると、大概の選手は前年の実績が出てくる。面白いので尚と二人でかたっぱしからやってみた。


「あれー? 女子の方で、一人、去年の全日本のファイナリストがいる。ええと、入賞はしてないんだ。6位~10位のどれかなのね。要するにトップテンなのか」

 僕が「尚は大丈夫だろ。そのくらいの選手が出てこないとつまんないくらい」って返して、スマホを見たら、「男子の方は‥‥‥。ゲゲッなんだこれ!? 24番の川島友哉(かわしまゆうや)選手、19歳。去年の全日本2位だ!」って、びっくりしちゃった。


「あら、ほんとだ。東京や横浜でも勝てるだろうに、なんでわざわざ前橋なのかしら?」

「しかも、去年の優勝選手はヤングマン(20代)に行っちゃったから、えー? 現役最強選手じゃんか。うわ、すっげーバルク(筋量)。それが三人隣? うーん、これ嫌だなー。日本切符の枠が早くも一つ埋まってしまった。残り二人に入れるのか?」


「何言ってんの! あんたてっぺん狙ってるんじゃなかったの? てっぺん取るならいつか対戦する相手でしょ? 前橋で叩きのめしなさいよ!」 

「叩きのめすって、そんな大それたことを‥‥‥ああエントリーやめてえ」


 そう言って、僕は額に手をあてて天を仰いだ。


 ******


 あとで師匠に聞いてみたら、「え、そうなのか。それはお気の毒様。どれどれ、ああ、彼は今年前橋しかエントリーしてないんだな。前橋までにほぼ身体を仕上げてサクッと日本切符取って、そのまま緩めずに本番に向かうつもりだ。きっと今年ギリギリまでバルクアップしてたんだろう」ってことだった。


「えー、とても勝てる気しないんですけど‥‥‥」 僕が自信なさげに言うと、

「大丈夫。川島君と腕相撲するわけじゃないんだ。同じバルクタイプなら勝ち目はないけど、お前は全然タイプの違う選手なんだから、審査員がどっちを取るかなんて分かんないぞ。少なくとも俺なら迷う。強敵には違いないが、つけ入る隙は十分にある」って言ってくれた。


「ホントにー。こんなペナペナでー?」と、なおも薄い胸を押さえて泣き言をいう僕の頭を、師匠はペチっと叩きながら、

「バカ! お前は細いけどペナペナじゃないぞ。筋トレしている人間ならひと目でわかる『未完の大器』だ! それに『隣の芝はなんとやら』で、回りの選手は全部デカく見えるもんだ。お前、素質は抜群なんだから、正面から川島君にぶつかってこい。堂々とポーズ決めてこい!」って言ってくれた。


 ああ、師匠には本当に物心ともにお世話になって、足を向けて寝られない。


 とにかくあと2週間。トレとカーディオ(有酸素性運動)、しっかりやろう。

 それで出た結果は受け入れるほかない。




 → みなさま。いつも本作をお読み頂いてありがとうございます。

   第4章は、オマケが充実していて3つもついています。

   マッチョカルテと、この競技に不可避な減量話の実話と、「やっぱり優里さんはそうだったのか」というお話ですよ。わたくしは優里さんのが特に好きですね。


   それではまた。




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