終章 第4話 戦い終えて ちゃんこで打ち上げ! そしてボディビル人生は続く
~ 全日本大会終了 尚はグランプリ、昇は2位、師匠はトップテン ~
8 終演は午後8時を過ぎていた。国技館に約12時間。長い一日だった。
師匠と尚、剛と香津美ちゃんと一緒に移動し、両国駅の高架下にある「ちゃんこ学園」で、お楽しみの打ち上げだ! やっぱり両国に来たんだから、ちゃんこ食べないとな。だけど、もう遅いので軽くやって解散だ。
お店に入ったら、おっと、周り中マッチョな男女ばっかり‥‥‥。選手が流れてきてるんだな。もう減量の必要ないから、みんな好きに飲み食いしている。今シーズンも終わりなんだ。参加選手は、幾日か身体を休めたあと、秋から冬にかけて、体重増加は覚悟の上で、バルクを増やす季節に入る。
僕たちが店内を移動していると、
「おおっ! お前は小田島。今日はかっこよかったぞ!」
「決勝惜しかったなー。絶対勝ったと思ったけどなー」
「あの表彰式は泣かせたぞー」「あ、それ、俺も泣いた」って、あちこちから声がかかる。みんな覚えててくれてたんだな。
僕は、みなさんに「ありがとうございます。また頑張ります!」って、笑顔で応えながら、お店奥の予約席に着席した。
師匠が、女将さんに「ええと、『ちゃんこ一年生(鶏ソップ)』の醤油と『ちゃんこ先輩(肉ミックス)』の味噌を三人前ずつ下さい。足りなかったらまた頼みます。ご飯は大盛で五つ。あとウーロン茶四つと、ハイボール濃いめ二つ。お代わり面倒だから」って注文してた。メニューには、「ちゃんこ校長」とか「ちゃんこ女学園」とかもあった。どんなちゃんこなんだろう? すごく気になるな‥‥‥。
「昇はずいぶん人気者なのね」 尚がニコニコしながら周りを見渡す。
「なんでかな。勝てなかったのにな。同情されてるんだな」
「今日のお前は、負けっぷりがすごくかっこよかったんだよ。長身のイケメンがな、逆転負け食らって、絶対悔しいのに、そぶりも見せずに川島助け起こして、讃えて。その潔さがみんなに響いたんだろ」
「いや、僕も『泣きてー』って思ってましたけど。だけど川島さんが‥‥‥」
「そんなふうに全然見えないところが、お前の良さでもあるし、弱点でもあるな。ちゃんと強弱つけたほうがいいぞ」
「そうですね。最後は川島さんの執念に負けました」
「えー、昇ばっかりなによ。グランプリ獲った私なんか全然声かからないのに‥‥‥」 尚がほっぺ膨らませてブチブチ言ってる。
「お前、強すぎて、ハラハラしようがないからだろ」
「あ、でも控室でモデル事務所の人から名刺たくさん貰ったわよ。やんないけど」
「やんないのか。お前なら十分仕事取れるんじゃないか」
「スケジュール読めないしね。アイアンジムでバイトやってれば充分よ。楽しいし。近いし。昇もいるし」って言って、尚が僕の右腕を取って頭をもたげてきた。
「はは、お前、ホントに脳筋女子だな」
と、そこに、ちゃんこと飲み物が届いたので、
「ええと、尚の全日本グランプリと、師匠のトップテンと、あと一応僕の準グランプリも。おめでとう! あと、剛と香津美ちゃん応援ありがとう! お疲れ様さまー!」と、部長の僕が音頭とって乾杯。
そのあとは、例によって、ひたすら、ちゃんこ、飯、ちゃんこ、飯の永久ループ。
ウメー。ちゃんこウメー。が、しかし、まどろこしい! ちゃんこを大盛りメシにダバダバのっけてレンゲで掻っ込む。ああ染みるー。カーボ最高ー。ごっちゃんです! 今日も五杯いっちゃうぞ。
******
「ところで二人は来年どうするんだ? 俺は、今年は参戦も遅れたし、なんか中途半端になったちゃったから、もう一度タイトル奪還に挑戦しようと思ってるんだけど。まあ、尚ちゃんはビキニかな?」 師匠がハイボールのグラスをカラカラやって聞いてくる。
「そうですね、私は今回グランプリ獲れたし、やっぱりフィットネスビキニとフィットモデル(イブニングドレスを着てポーズを取る種目。ビキニと兼ねる選手も多い)ですかね? ナイボも楽しかったんですけど、今日の周りの選手なんか見てると、ちょっと違和感があって。私はもう少し競技寄りの方が好みかな? せっかくジムに優里さんいるんだから、いろいろ教えて貰いながら、まずはノービスからやってみます」
「来年なら、ノービスじゃなくて一般の部で十分いけそうだけどな。昇はどうするんだ。来年タイトル取って、川島追いかけるのか」
「うーん、そうですね‥‥‥。来年のタイトルはいけそうな気がするんです。一年分バルクアップできるし。だけど、川島さんと当たれるとしても二年後か‥‥‥」 僕は、頬に手をあて、目を閉じて少し考え込んだ。どうしよう。
「あ、お前、川島に二回も負けといて、そんな不遜なこと考えてるのか?」
「不遜?」
「おい、聞いたか。こいつ、二年後じゃもう川島相手にならないってよ」
そしたら剛が「いや俺もそう思いますよ。今日観客席から見てたら、川島さんもう必死で、なのに昇はなんか7割くらいの感じでやってて、きっと川島さん『今日勝てなかったら、もう二度と勝てない。』って思ってたんだと思います」って言って、隣で香津美ちゃんもウンウン頷いている。
「あー、まあ、結局そうなんですけど、別に川島さんと勝負づけがどうこう、っていうんじゃないんです。二年もたったら、今よりずっと身体も大きくなってるだろうし、ナイボはもうカテゴリーが合わないだろうなって。それが不遜と言えば不遜なのかも知れませんけど」
「まあ、二年後じゃ、川島どころじゃないだろうな。フィジーク(かっこいいマッチョ)にジャストフィットだろう。だけど、お前、ナイボはラスボスに二戦二敗して、クリヤーできずにリセットするんだぞ。それでいいのか」
「そこにこだわりは全然ないです。競技をしてて、自分が充実してて、尚や仲間と『楽しかったね』って笑えれば、僕はそれでいいんです」
「えー? 昇、私あんたがてっぺん獲るのを、楽しみにしてやってきたのに、やめちゃうのー? 私、こんなに頑張ったのにー?」
「え、まあ、そうだな。お前にはほんとに感謝してるよ。お前がいなきゃ、全日本も返り討ちで終わってたと思う。‥‥‥いや実際返り討ちだったんだけどさ、いい勝負まで出来なかったと思う」
「えー、私納得できないー。今日だって絶対昇が勝ってたー。‥‥‥えふっ‥‥‥グスっ」 ああ、これヤバい感じ。
「あーん、また昇が負けちゃったー! 川島のバカー! 私の昇が負けちゃったー! えーん、えーん!」って、泣きながら僕に抱き着いてきて、もう制御不能。
僕は、「はい、はーい」って言いながら、尚を横にして、僕の右腿に頭を乗っけて、優しく髪を撫でてあげた。よしよし。そりゃ悔しかったよな。ありがとな。
店内では、
「お? なんか女の子が泣いてるぞ。誰だ、泣かせたの」
「あ、あれ、相沢。ガールズのグランプリ」
「膝枕だよ。小田島とアレなんだ」
「ふーん、まあお似合いよね」みたいなことを言ってるような気がする。
っていうか、絶対言ってる。みんなこっち見てるもん。
僕は、左手を後頭部にあてて、情けない笑顔を浮かべつつ、『すんません、すんません。いろいろあるんで、ほっといて下さい』って、周りの選手たちに目でサインを送った。
目の合った男子選手が、ニヤってしながら、「まあ、いろいろあるよな。来年はフィジークで頑張れよ。お前、絶対いい選手になるぞ」って言って、大ジョッキをあげた。
→ 読者の皆さま。本作をここまで読んで頂いてありがとうございました。最終話はちょっと 短かったですね。
次回、短いエピローグが入って、本作も終わりとなります。
少し長めのあとがきも入れたいと思います。
それではまた。
小田島 匠
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