第5章 第3話

~ 前橋大会 男子フレッシャーズクラス 昇は予選通過 ~


5 控室表のモニターで進行を確認する。


 今は男子ミドルクラス(30代)の予選をやっている。さすがにみんなバルクがすごい。こうしてみるとフレッシャーズは全体に細かったな。キャリア20年違うんだから、当たり前か。

 あ、マスターズクラス(40代)始まった。師匠は12番だから2組目か。マスターズは選手25人。


 一組目が終わって、師匠が出て来た。相変わらず、バルク、バランスともによい。ポーズもうまい。

 だが、前の組もそうだったけど幾人か師匠と同等の選手がいる。肌の張りや艶もよく見える。40歳になったばかりの選手はやっぱり有利なんだな。師匠は45歳、決勝進出は確実としても、優勝までは届くだろうか。


 師匠の演技が終わった後、僕は「師匠。さすがです。かっこよかったです。決勝も頑張ってください」って、ラインを打った。


 再びモニターに戻ると、男子レジェンドクラス(60歳以上)が終わったところだった。この後、尚が出てくる女子ガールズクラス予選だ。


 3組目、27番、尚が出て来た。ピンクのボクサーパンツに白のトップス。

 ああ、一人背が高い。脚もひと際長い。しかもすこぶる美人。ポニテとピンクのリボンを揺らしながら、笑顔でキレのよいポーズを決めている。 


 とそこに、「誰か、友達出てんの?」って言いながら川島さんが並んできた。


「はい、同じ部の子です。27番」

「27番‥‥‥。え? この娘?」

「そうです。ピンクのパンツの」


 尚はちょうど今舞台正面で、中空を指差して『ビッ!』ってポーズを決めたところだ。


「か、かっこいい‥‥‥この娘、抜群じゃない? なんで前橋に出てんの? 東京でも、いや全日本でも勝ち負けじゃない? これチート、反則級だよ。今日、絶対負けっこない」

「そう思います?」

「そりゃ、ひと目見れば分かるよ。もしかして、彼女?」

「ふふ、まあ、そんなところです」

「へー、いいなー」 川島さんがニヤニヤしてる。いいでしょう?


 控室に戻ったら、予選落ちした選手が帰り始めて、だいぶ空いていた。帰り支度を終えた選手たちが、カートを引いて出て行く。口々に、「あー、ラーメン食って帰ろう!」「半チャンとギョーザもいこうぜ!」とか言いあってる。一足早く減量から解放されたんだな。お疲れ様。


 多くの選手が、川島さんのところに寄って「川島さん。僕はこれで失礼します。全日本も頑張ってください!」って声をかけ、川島さんも「うん、また来年会おうな」って励ましてる。気持のいい光景だ。川島さん、やっぱりこの世界のスターなんだ。


 ******


6 予選が終わると、決勝審査まで少し時間が空く。このあとモデルクラスの予選がひと通りあるからで、今午後1時半だけど、男子フレッシャーズの決勝は3時半からだ。

 僕は、昨日買った細切りの干芋を食べて、トマトをかじる。そして尿意を覚えてトイレに行く。いやー、まだおしっこ出るんだね。

 やることもないので、着替えを入れた袋を枕にして昼寝する。2時半過ぎに起きてパンプアップすれば十分だろう。 


 ああ、あったかいな。柔らかい手で頭撫でられてる気がする。胸の上にも手が置かれてる気がする。‥‥‥って、これ夢じゃないよな。


 僕が目を開けると、顔の横に尚が正座して、下向いてニコニコしながら、僕の頭を撫でていた。決勝用の黒ビキニ上下を着てる。おお、下から見ると結構迫力あるなあ、眼福、眼福。って、えー?


「うわ! なんだお前。おどかすなよ」

「予選通過したって、ライン入れたのに、全然返事がないから会いに来たんじゃないの」

「あ、そうかごめん。寝てた。あと予選は全然心配してなかった。モニターで見てたけど、すごくよかったぞ。抜群だった」

「そう。ちゃんと見てくれてたんだ」

「うん。師匠もよかった。優勝まではどうか分かんないけど。3位はいけるんじゃないか。だけど、お前、その格好‥‥‥」

「コンテストなんだから当たり前じゃないの」

「いや、まあ、そうなんだが、男子控室じゃ、目立つだろう」

「別にいいわよ、見られたって。それに私から会いに来ないと、あんた女子控室には来られないでしょ?」

「そりゃそうだ。女子選手が着替えてるんだもんな。ああ、そういや今何時?」 

「ちょうど2時。剛君と香津美ちゃんは、今ご飯食べに行ってるって」

「名物のソースかつ丼かな」

「きっとそうね。楽しみにしてたもんね」


 控室の男子選手が全員こっちをジーっと見てる。「あんな綺麗な子に頭撫でて貰っていいなー」って感じだろうか。川島さんと目があったら、ニヤっとしながら、サムアップしてきた。


 ******


7 サーフパンツから決勝用のボクサーパンツに着替え、午後2時半からアップを始めた。モニターを見るとモデルクラス予選は既に終盤だ。進行は早まるかも知れない。


 チューブを使って、予選と同じくアップを行っていたら、一周終わるくらいのところで、スタッフから「男子フレッシャーズクラス、決勝です。選手は廊下に並んでください!」と声がかかった。早めにアップ始めておいてよかった。


 決勝は選手が10名しかいないので、点呼もすぐに終了した。

 僕の一つ前が川島さんだ。しっかし後ろから見るとすげー背中だなあ。広背筋、僧帽筋、大円筋、それぞれがボコボコに隆起してる。こんなのに勝てるのか?


 スタッフが、「それでは行きます。付いてきて下さい」と選手に声をかける。

 川島さんが振り返って、「さあ決勝行くぞ。勝負だ!」って言ってきた。

 僕は、「はい!」と、短く、だけどはっきりとした声で答えた。 


 バックヤードにつくと、ステージではモデルクラスの最後の予選をしていた。

 もうすぐに出番だな。寸暇も惜しんで、腕立て、腹筋をして、少しでもパンプアップさせる。

 川島さんは余裕なのか、何もしない。ただ、ググっと、腕や胸に力を入れている。腕と肩に太い血管が網目のように走る。すごい迫力だ。


 しばらくして、舞台の方から、「それではナイスボディジャパン、男子フレッシャーズクラス、決勝審査です!」とアナウンスが入り、舞台袖のスタッフが「ではどうぞ!」と声をかける。

 華やかなBGMの中、10人の選手が舞台に向かって歩き出す。僕は客席を見ながら笑顔を浮かべ、大きく手を振る。


 決勝審査は規定ポーズだけ。フリーはなし。ということは、モロに横の比較だけで決まる。間に何人かいればさておき、隣に川島さんがいる状況では、僕の不利は否めない。だが、もともとそういうルールなのだから、仕方ない。それにどのみち最後二人残るのなら同じことだ。


 全員並んだところで、「それではまいります。フロントポーズ!」とアナウンスが入り、選手が一斉にポーズを取る。サイド、バック、サイド、それからフロントと一通りポーズを行う。

 そして、ここで小休止。ジャッジから採点結果がアナウンサーに渡される。


 さあ、いよいよファーストコール。ここがコンテスト最大の見せ場だ。

 ここで6人の選手がコールされ、前に呼ばれる。これがTOP6で、真ん中に並ぶ二人が今日の1位と2位という想定になる。呼ばれるとは思うが、できれば真ん中に並びたい。


「さあー、ファーストコールだぞー。何番の選手を呼んで欲しいのかなー!」って、アナウンスが会場を煽(あお)る。それに応えて観客席から「〇ばーん!」「〇ばーん!」って必死の声援が聞こえる。「えー、聞こえないぞー。何ばーん?」って、なおもアナウンスが煽る。


 でも僕は、身体ガチガチにして笑顔をキープしたままで、かなり苦しい。正直「はよしてくれよ‥‥‥」と思う。あれ、でも今「27ばーん!」って言った? 「27ばーん、かっこいいぞー!」って言ってるぞ。間違いない。剛と香津美ちゃんだ。ありがたい。腹筋に力がこもり、笑顔も自然に出てくる。ああ、すごく楽しいな。これがコンテストの醍醐味なのか。


「それではファーストコールまいります。6番、12番、37番‥‥‥」 あれ、三人に入ってない。「42番、24番」って、おいおい、まだかよ。「それから‥‥‥27番の選手、前に出てください!」 おー心臓に悪い。ドキドキした。


 これでTOP6が出揃って、会場がワーって湧く。僕は笑顔でお辞儀してから前に出る。舞台のスタッフが各選手を指示して並べている。

 よし! 僕と川島さんが真ん中だ。やっぱり対決になるんだ。


 ファーストコールされた6人で規定ポーズをひと通り行ったのち、再びジャッジがペーパーをアナウンサーに渡し、セカンドコールが入る。ここからは二人ずつ落ちていく。

「6番、42番の選手。列にお戻り下さい」とアナウンスが入って、やはり両端の二人が戻された。


 残った4人でもう一度規定ポーズ。サードコールで、また両端の二人が戻された。この二人が3位か4位なわけだから、日本切符をかけて順位発表までドキドキだろうな。


 さあ、ついに二人が残ったぞ! 全日本はもう間違いない。

 だけど、どっちが勝つ?

 って思ったら、スタッフから指示が出て、僕と川島さんの位置が変えられた。

 ジャッジから見て、川島さんが右、僕が左だ。


 ‥‥‥ああ、やられた。五輪の表彰台と同じ、右が金メダルで、左は銀メダルの位置だ。

 このあと最後のポーズで順位が決まるから、必ず立ち位置で決まるわけじゃないけど、ジャッジが現時点の優劣を判断してわざわざ並べ変えたわけだから、普通はこのまま決まる。


 ちぇ、なんだよ、負けるのか。デビュー戦でいきなりラスボス倒したらかっこよかったのに‥‥‥。まあ、でもそうか。少し差があったもんな。せめて最後まで精いっぱいポーズ取ろう。

 余裕の出た川島さんがこっち見て、「今日ラスト、いくぞ」って声かけてきた。


「それではまいります。フロントポーズ!」 腹筋、左肩、笑顔、よし、って思ったら

「うっ!」 脚がつった。脱水だ。おーいー、この大事な時になんだよ。いてて、でも集中。頑張れ、ああ「27ばーん」って声が聞こえる。笑顔、腹筋、あれ? ちょっと乱れて来た。くそっ。最後、フロントポーズ。しっかりやれ、俺!


 なんとかやり切った‥‥‥のか? わからない。混乱したまま、僕は、「ありがとうございました」と川島さんと握手して、観客席にお辞儀をして、脚をカクカクさせながら元の立ち位置に戻った。順位には関係ないかも知れないけど、最後のポーズに悔いが残るな。あー、脚痛てー。


 これで決勝審査は終わり。あとは表彰式まで順位は明かされない。


 だけど、多分2位だろうなあ。



→ 読者の皆様、いつも本作を読んで頂き、ありがとうございます。

  前橋編は、とても長いので、三人の予選が終了した本話で一旦区切り、次回は間にオマケ編を入れて一息つこうと思います。

 秋ですから、K高の体育祭のリレーにボディビル部が出場するお話しになります。


 それではまた。


 小田島 匠


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る