第2章 酔っぱらった師匠がキューピッド? 焼き鳥屋で二人の距離が急接近!
第2章 接近 (昇17歳 4月23日)
1 日曜日、僕と尚は、朝8時からジムでアルバイトだ。
僕は10分前に「おはようございまーす」とジムに入り、スタッフルームでジムスタッフのユニフォームに着替え、8時に夜勤の前任者から引き継ぎを受ける。
尚はすでに着替えて、フロントで引継ぎをし、入ってくる会員に笑顔で「おはようございまーす」と言いながら、出されたカードにピッとバーコードをかざして、チェックインしてあげている。黒地に赤のユニフォームが身体にピッタリとフィットして、とてもかっこいい。
今度はプロテインを買った会員からお金を受け取って、レジで一瞬小首かしげて(んー)って目をしてから、パっと(あ、これか!)って顔で入力し、笑顔で「ありがとうございましたー」って言いながらお釣りを渡している。
真っ白で長い腕がきびきびと動いている。栗色の髪を高めの位置でポニテにして、ピンクのロングリボンを蝶結びで留めている。一緒にフロントに入ってる先輩の女の子と話すたび、ポニテが左右にフワフワ揺れ、そのたびに白い頸と襟足がチラチラと見え隠れしている。
ああ、可愛い、なんて可憐なんでしょう。きっと尚が目当てで日曜日に来る会員さんも多いんじゃないかと思う。看板娘ってやつ?
僕は、そんな尚を横目に上階にあがり、タンニング(日焼けマシン)ルームのペーパーを補充したあと、男子ロッカー室に行って掃除機を取り出して、館内の掃除を始める。ジムエリアだけじゃなくて、ロッカー室、タンニングルーム、フィットネスルーム(ダンス用)など、館内が広いので、全部で2時間近くかかる。
お昼はジムで売っている「びるめし」(誰がつけたか知らないが、天才だあ!)をチンして食べる。今日はチンジャオチキンのお弁当で、たった476㎉だけど、たんぱく質41gの優れものだ。ただ、美味しいものの、飽きる味でもある。
日曜日は沢山の会員さんが来るので、午後もやることが一杯だ。
使用済みのレンタルタオルの回収と業者さんへの返却、ロッカー内のゴミ箱の収集、シャワー室のブラシかけ、それから先輩がパーソナルトレーナーで出ている間のフロント業務、時間はあっという間に過ぎていく。
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2 午後8時過ぎに仕事を終え、着替えてビル1階のドラッグストアの前にいると、「お待たせー」と言いながら、尚が降りて来た。
「あれー? 今日、ジャージで来たんだ?」 尚は、サイドに白い三本線の入っているアディダスの黒い上下を着ていた。髪はポニテのままだ。
「待ち合わせ居酒屋だよね? それともこれじゃまずいかな」
「いや、いいんじゃないか。すごく似合ってる」
尚が着ていたのはタイトな作りのジャージで、サイドの白いラインが手足の長さを強調し、まるでカタログから出てきた外国人モデルみたいに見えた。
「私、あんまり私服って持ってないのよ。着る機会もないし」
「大丈夫。それがいい。すごく似合ってる」と、僕は繰り返した。
それから二人でけやき並木を横断して、はす向かいの商業ビルに入り、エスカレーターで3階に上がる。一番奥にある焼き鳥屋「鳥将軍」が、洋介師匠との待ち合わせ場所だ。
お店に入ってキョロキョロしていると、窓際のテーブル席から、「よう、こっち!」という声がかかった。グラス二つとお皿が置いてあるから、先に一杯やっていたようだ。
「洋介師匠、お待たせしました。今日はわざわざありがとうございます」
「どのみちこの辺で飲んでただろうから、気にするこたないさ」
僕たちが、椅子に座ると、店員さんがおしぼりとお冷、それとお通し(シラスおろしだ)を持ってきてくれた。
「お前たち腹減ったろ。親子丼食うか? ここの美味いぜ」って師匠が言ってくれたのを聞いて、僕と尚はパァーっと笑顔になり、(アザース!)みたいな顔をして、コクコク頷いた。
「それじゃ、この『究極の親子丼』の大盛を二つ。それと焼き鳥の『ささみ梅肉のせ』『ささみ生海苔のせ』それとネギ間を各3本、全部塩で。あと冷やしトマトを下さい。お前たち生でいいか?」
「未成年ですって(笑)。こないだ言ったでしょ」と僕。
「あれ? 18になったんじゃないのか」
「まだ17ですー。それにお酒は20歳までダメなんですー」と尚。
「そっか、あと2年も一緒に飲めないのか‥‥‥つまらん。それじゃウーロン茶2つ。あとハイボール濃いめを2つ。お代わり面倒だから」
‥‥‥濃いめ2つずつって、この人、すっごい飲むんだ。それにしても、いかにもトレーニーの注文って感じ。(絶対脂肪は摂らないぞ! 酒は糖質ゼロのハイボールだけ!)っていう強い意志のようなものを感じるな。
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「そういや、二人とも今年受験だよな。どうすんの? ボディメイクなんてやってる場合なのか?」
「僕はC大の法学部の推薦を受けようと思ってます。親父もそこなんで。そこから法科大学院に進んで司法試験を考えています」
「親父の跡継ぐんだな。昇なら受験したらW大やK大もいけそうだけどな」
「それはどうか分かりませんけど、司法試験やるならどこでも同じですし、なにより毎朝早稲田や三田まで通うなんて耐えられない‥‥‥。朝の南武線でもこりごりしてるのに。C大なら八王子ですからね」
「はは、お前も田舎もんだな。それじゃ、尚ちゃんは?」
「私もT理科大の推薦を考えてるんです。受験勉強はここまで一切やってきてないので、今からだとちょっと厳しいかなって。将来は一応エンジニアを考えているのかな? まだ決めてないですけど」
「てか、二人ともそんなに学校の成績いいのか。筋トレばっかりやってるのに? 今日だって一日バイトだろ?」
「だって筋トレは朝だけですから、僕たち実質帰宅部と同じですよ。夕方以降フルに使えるわけですし。それに2年からは受験勉強してる人も多いんで、逆に学校の勉強をコツコツやると学内での成績って良くなるんです。ただ、寝るのは10時半ですけどね」
「私もそのくらいー。スマホ見てる時間なんて全然ないよね」
と、そこに親子丼が届いた。お汁とおしんこがついている。早速パカっと蓋を取ると、
「わー、美味しそう!」「こ、これは美味そう。さすが究極。1800エーン!」と、二人から同時に感嘆の声が上がった。
大ぶりでゴロゴロした鶏肉を包んだ半煮えの卵がキラキラと輝いており、真ん中には大きな卵黄が鎮座している。つゆだくなのか、ご飯の隙間からお汁が見え隠れしている。パラっと載った海苔と三つ葉がうれしいね。ではでは早速、七味を振って、頂きまーす!
一日働いて腹ペコ状態だったこともあり、二人で「おいしー、おいしー。うう、私涙出そう」「うーまい、これ、夢中で食べちゃうー」とか言いながら、ひたすらカッカッと大盛親子丼を食べ続け‥‥‥いや「飲み」続けた。
洋介師匠は、ハイボールを飲みながら、「そうか、よかったな」って、ニコニコしてた。
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4 僕たちが親子丼を食べ終え、「うー、満足、えふぅー」とか言っているところで、
「そういや、今日なに? ボディメイクの話聞きたいの?」と、師匠が促してきた。
「ああ、そうなんです。部活今年で最後なんで、記念にどこかの大会に出ようと思ってるんです。僕は9月28日のナイボの前橋大会で、尚はどこかのフィットネスビキニのノービスに出たいって言ってます」
「そうか。二人ともナイボでいいように見えるけどな。それでも昇はまだちょっと細い気もするけど、尚ちゃんはまさにジャストフィット、いますぐ出ても十分通用する、ってか、全日本でも相当上位に食い込みそうな気がする」
「僕はまだ細いですか」
「ううんと、最細のモデルクラスと、中量級のナイスボディクラスの間って感じだな。中量級も上の方は相当にデカいからさ。それこそフィジーク(かっこいいマッチョ)選手みたいなのも多いから、実際に出てみると驚くぞ」
ナイスボディコンテストは、日本最大のボディメイクのコンテストだ。
身体の大きさごとに3段階に分かれていて、最細のモデルクラス、真ん中のナイスボディクラス、重量級のマッスルモデルクラスで争われる。体重別ではないので選手が独自に判断して適正階級にエントリーする。適正を間違えるとアッサリ予選落ちだ。
この3クラスで圧倒的に出場選手が多いのが、コンテスト名にもなっているナイスボディクラスで、この全日本チャンピオンが「細マッチョ日本一」とも言っていい名誉を戴くことになる。ナイボから出て、世界的なフィジーカーやボディビルダー(ゴリマッチョ)になった選手はいっぱいいる。間口の広い登竜門的な役割を持ちながら、その全体レベルはかなり高いと言っていい。
ちなみに、各クラスは年齢別になっているので、僕が出るとすると20歳未満の「フレッシャーズクラス」になる。
「僕が出るとすると、モデルとナイボ、どっちがいいですかね」
「てっぺん狙うならモデル。でも後々のこと考えたらナイボだな。まだ5カ月あるから、ある程度バルクアップできるだろうし、筋肉削ってまで下のクラスで勝負するのは勿体ないな。昇はすごくいいフレームを持ってるし、どっちでも十分勝負になるとは思うけど、それだったら上のクラスでやった方がいいな」
「分かりました。ナイボに出ます」
「おおっと即答かよ。素直な奴だな」
「だって、自分じゃ自分の適性が分からないですから。体重別でもないから、見た目の評価が全てなんですよね。だったら師匠の評価を信頼します」
「そうと決まれば残り5カ月だから、あと1カ月バルク(筋量)アップして、4カ月減量だな。今何㎏あるんだ?」
「72㎏くらいです。大体そのくらいをキープしてます」
「お前の上背だと、絞り切って64㎏くらいか。だったら2カ月バルクアップして75㎏、残り3カ月で10㎏ちょい絞るのもアリかな」
「3カ月で10㎏以上も絞れますかね」
「絞るんだよ。できるって。俺はもう齢だから難しいけど、お前は若いから代謝も活発だし、できると思うぞ。それに本番は前橋の先の全日本なんだから、前橋までに完成させる必要もない」
「え? そうなんですか」
「うん、理想を言うと、前橋までにとにかく絞り切って‥‥‥まあゲソゲソになってあんまり見栄えしないんだけどさ、まずは3位に入って日本切符を取る。そして全日本までの2カ月のうち1カ月は少し食べ込んでバルクアップして、最後の1カ月で根性出して減量の追い込みって感じだな。いっぺん絞り切ってから少し増やすと仕上がりがすごくいいんだぜ。きつい減量で大きくなれなかった分を取り返すんだろうな」
「なるほど、すっごく参考になります」
「えー、じゃ俺も前橋のマスターズクラス(40代)に出ようかな~。楽しそうだなー。尚ちゃんも出ようよ~。そんで帰りは高崎寄って、上州牛のすき焼きで一杯やろうぜー。究極まで身体絞ったとこだから、肉と飯が死ぬほどうまいぞー」
うわー、すごいすごい楽しそう。三人で祝勝会? まあ残念会かもだけど。
あれ? だけど尚は黙ったまま、ちょっと不満顔だな。どうしたんだろう。
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