終章 第3話 師匠と尚の決勝審査 そしてグランプリの行方は?

6 師匠及び尚 決勝審査


Ⅰ 控室に戻って午後3時半。表彰式は午後6時の予定。またずいぶん空くな。

 モニター前に行って、師匠の決勝審査を確認する。


 ああ、予想はしていたがファーストコールされず‥‥‥。これは「7位から10位のいずれか」で、順位はつかない。いわゆるトップテンだ。もちろん正式発表までは分からないけど、コールされずに入賞した選手は聞いたことがない。


 残念ながらこれで師匠の今シーズンは終了。お疲れ様でした。


 さて、この二つ後が、尚の決勝だ。心配ないとは思うけど、どうかな。


 ******


Ⅱ あ、尚ちゃんが決勝審査に出て来た。ふーん、黒ビキニ、いいじゃない。透き通るような白い肌によく映えてる。


 ナイボって初めて見たけど、男子は割合頑張って身体作ってくるのに、ガールズ女子なんてモデルか女優の卵ばっかりね。細くって。「美人コンテスト」とまでは言わないけど、「健康美コンテスト」くらいの感じかしら?

 だけど尚ちゃんは別。肩も脚もお尻もちゃんと鍛えた形跡がはっきり見て取れる。課題だった胸も克服しつつある。ボディメイクの選手の身体をしている。私から見ても、相当なレベルに達していると思う。


 ファーストコール。5番目まで呼ばれない。でも絶対大丈夫。39番。ほらね。

 スタッフに誘導されて、真ん中右の位置に立つ。当然みたいな顔してるわ。これは勝つんでしょう、きっと。


 ポーズにキレがある。自信もってやってるのが分かる。あと、何、なんか大人っぽい。もっというと艶っぽい? そんな感じ今まであった? 


 ‥‥‥ああ、分かった。昨日昇君となにかあったのね。前泊したんだもんね。

 おめでとう、よかったわね。尚ちゃん。

 自信ありげで幸せそうなのは、そういうことなのね。そういうのって演技にも出るもんね。


 残り二人になった。相手の選手も結構頑張ってるけど、もう優劣は明確。スケールがまるで違う。グランプリは間違いない。


 尚ちゃん、あなた、このカテゴリーでもうやること残ってないわよ。早くこっちに来たらいいのに。あなたなら、私を追いかける資格十分あるわよ。

 まだ18歳なのよね。あなたの進化のスピードはまるで光の速さ。だけど私はもう進化の余地は殆どない。でもね、そんな子、これまで沢山いたわ。綺麗で、生意気で、有望な子たち。私はそれを全部叩き潰して、今ここに立ってる。


 だから、早く、いらっしゃい。


 決勝が終わった。尚ちゃんが観客席に手を振ってお辞儀してる。あ、こっち見て手を振ってるわ。気が付いてたんだ。


 って、ちょっと、なにその笑顔。挑発してんの?

 ‥‥‥いや、そんなわけないでしょ。なに言ってるの、私。


 だけど、思ってしまったのは本当。消せない。嫌だ、醜悪ね。気持ちを取り繕っても本心はつい出てしまう。


 もう、慈愛なんて嘘。

 これは、醜い嫉妬。昇君を先に奪われた赤黒い嫉妬。

 ずっと忘れてたのに。私、何年も穏やかで安定してたのに、こんなの急に突き付けてきて、尚ちゃん、あなた、恨むわよ。


 ああ、私、これ以上いると荒んじゃいそうだから、もう行くわね。グランプリ、おめでとうね。

 昇君の方は、本当に激戦で結果が気になるけど、ここでの結果でどうこうっていうレベルの子じゃないしね。まだまだスタート台に脚かけたとこ。


 だけど尚ちゃん。悪いけど、あなたじゃ昇君、どこかで必ず止まるわよ。

 私なら、私が背中を押せれば、彼は、もっと高く遠くまで飛べるはず。どこまで行けるんだろう。伴走して傍で見ていたい。この手で少しずつ、勿体ないから、少しずつ、私の好みに育てあげたい。

 ねえ、前に、「昇君貸して」って言ったわよね。あれはもちろんあの時の本心だったけれど、もうここで撤回させてもらうわ。だから、


 尚、私に、昇を、ちょうだい。


 今はいいわ。幸せなんだものね。そこまで厚かましいこと言わないわ。

 でも、尚、どこかでバトンタッチしてもらうわよ。

 本当にもう行くわね。じゃ、バイバイ。


 ああ、でもロビーで女の子たちに囲まれちゃった。しばらく出られないわ。

 私は、はしゃぐ女の子たちと一緒に笑顔で写真撮影に応じ、全員にサインをしてあげる。


 そう、女王様は、慈愛に満ちてるものよね。


 ******


7 表彰式


Ⅰ 午後6時30分。ようやく表彰式の集合がかかった。

 10人の選手が、スタッフの後に続いて階段を降り、バックヤードで待機する。

 他クラスの選手も続々集合してくる。川島さんは、さすがに表情が固く、僕とは一言も言葉を交わさない。まあ、そりゃそうだろうな。

 全日本大会は種目と選手が多いので、全てにおいて時間がかかる。集計の確認にかける時間も必要なんだろう。バックヤードでも長時間待機させられ、午後7時にようやく表彰式が始まる。


「大変長らくお待たせ致しました。さあ、ナイスボディジャパン全日本大会、表彰式を開始します!」とアナウンスが入り、厳おごそかなBGMが場内に流れる。


 トップバッターで、男子フレッシャーズクラスの選手が10人並んで入場して、所定の場所に立ち、フロントポーズで待機する。


「それでは男子フレッシャーズクラス。表彰式です!」


「第5位 ゼッケン15番 ○○選手。おめでとうございます!」 15番の選手がお辞儀をして前に出て、5位の位置に立つ。日本5位入賞なら相当な実績だ。


 順次、4位、3位と選手が呼ばれる。


 そして、問題の第2位。頼むよ33番、川島さん呼んでくれ、33番。


 僕は、スーッと大きく息を吸って、目を閉じ、アナウンスを待った。

 場内の観客も固唾を吞んで見守っている。


‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥


「第2位 準グランプリ。ゼッケン34番 小田島昇選手! 380点。おめでとうございます!」


 その瞬間、場内から「おおー!」の声。「あーっ!」って声は剛と香津美ちゃんか。


 ‥‥‥ああ、またやられたか。最後のポーズで一票取り返されて引き分け。委員長の票で負けた。また届かなかったのか‥‥‥。


 あー、でも、全力でやったよ。今回はくっついてって2着じゃなくて、勝ちに行って負けたんだ。しょうがない、悔いはないさ。

 さて、逆転負けで、お客さんも可哀そうに思ってるだろうから、笑顔で声援に応えよう。僕は、努めて晴れ晴れとした笑顔を作って、前に出て、会場に手を振ってから、深々とお辞儀をした。


 そして最後に、「第1位 グランプリ ゼッケン33番 川島友哉選手! 390点。おめでとうございます!」の声がかかった。


 だけど、あれ? 川島さん、なかなか出てこないぞ。どうなってんだ?


 僕が後ろを振り返ってみると、川島さんは、片膝をついてしゃがんで、目頭に手を当てていた。ポタポタ涙が落ちてる。ああ、ダメだ。今度は両手両ひざついて、ワナワナしてる。‥‥‥こりゃしばらくダメだぞ。スタッフもどうしていいか分からず、唖然として見ているばかりだ。


 おーいー、川島さんしっかりしろよー。これ僕の役目なのかー?

 損な役周りだなー。泣きてーのこっちだよー。


 僕は、スタスタと川島さんのところに行って、手を差し伸べ、「川島さん、気持ちは分かるけどさ、表彰式なんだよ。シャキッとしようよ。ほら、立って」って助け起こしたら、今度は「しょーくーん。あー!」って、抱き着いてきたよこの人。

 もうしょうがないから、川島さんを胸に抱きかかえて、頭を撫でてやった。裸の男二人でなにやってんだ。‥‥‥10秒くらい撫でてたら、あ、少し落ちついてきたかな、まだヒックヒック言ってるけど、これなら大丈夫そう。

 僕は、川島さんに肩を貸して、「ほら、あそこグランプリの立ち位置。一緒に行くよ」って、二人で歩き始めて、そこで初めて気が付いた。


 場内が大歓声に包まれている! ボルテージがMAXになってる。立ち上がって拍手してる人が、大勢、たぶん半分くらいいる。


「川島ー! よかったなー! おめでとう!」

「小田島ー! お前かっこいいなー! 惚れたぞ―!」

「昇ー! 男前ー。俺も抱いてくれー(笑)!」


 ああ、こんなになってたんだ。1000人近い観客が。これはすごい。

 ああ、勝手に鳥肌立ってきた。ゾクゾクする。まさにエクスタシー。これは堪(こた)えられない。

 だけど、あれ? ちょっと局部が変に興奮してるんですけど。そういう反応ってあるんですか? ボクサーパンツ一枚なんで、ちょっと困るんですけど。静まれ、早く静まってー!。


 と思いつつ、僕は川島さんを所定の場所に立たせて、「はい、大丈夫だね。しっかり」って声をかけ、まだざわついている場内に向け、川島さんの手を取って両手を高く上げた。場内がまた歓声に包まれた。だけど川島さんは、まだ目に腕をあてて泣いている。


 歓声が、さらに大きくなった。


Ⅱ 5位の選手からサッシュをかけてあげる。4位、3位と続き、2位の小田島君。

 すごく悔しいはずなのに、割合サッパリした顔してるわね。最後に一票変えたの私じゃないわよ。でも、確かに、川島君は鬼気迫るものがあった。あなたは、割と淡々とやってたわね。一歩足りないのは、そういうところなのかしらね。


 私はサッシュをかけながら、彼の耳元で、「すごく頑張ったけど惜しかったわね。気迫って大事なのよ。伝わるんだから」って言って、こんなこと初めてやるんだけど、彼の首に腕を回して、優しく、キューってハグしてあげた。だって絶対傷ついてるはずだもの。


 場内から、「オー!」って歓声が沸く。だけど、常套句の「来年頑張ってね」は、言わない。この子、来年この競技にいるかどうか、分かんないものね。


 続けて、川島君にもサッシュをかけて、「グランプリおめでとう。上のクラスでも頑張ってね」って声をかけ、揃えてちょっとだけハグしてあげる。本当によかったわね、あなた今日勝てて。そうじゃなかったら、この先、二度と小田島君に勝つ機会なかったわよ。その強い気持ちがジャッジに伝わったのね。


 今日は若い二人にいいもの見せて貰った。気持ちのいい一日だった。


 私が感動した選手だけにご褒美であげる「カトリーヌのハグ」が、ナイボの名物になるのは、また後日の話だ。


Ⅲ カトリーヌさんが、「気迫って大事よ」って言いながら、ハグしてくれた。って、すごく嬉しいんですけど、すごく困るんですー。後が怖いんですけどー。


「おーい、小田島ー。お前も手を回せー!」って、誰だよ、無責任なこと言ってんじゃないよ。ああ、場内から笑いが‥‥‥。もう顔真っ赤。舞台袖から絶対あの人見てるよ。


 でも、川島さんもハグして貰ってる。よし、言い訳の材料できた、激励だ激励。


 それにしても、「気迫」か‥‥‥。

 確かに、最後の最後で川島さんの執念が上回ったのかな。僕は、絶対ミスしない事だけ気を付けてたものな。淡々と流してるように見えて、一票失ったのだろう。

 グランプリを手中にしてたのに、わざわざ最後に自分で指開いてこぼしちゃったのか。執着の薄さはこれからの課題だ。


Ⅳ 師匠は残念ながら、入賞できなかった。形的には6位から10位のいずれかだけど、ファーストコールされた6人が上位6人なんだから、7位から10位なんだろう。ピックアップされたことも考えれば、10位が妥当なセンだ。


 尚は、全く危なげなく400点満点でグランプリ。


 金のサッシュとティアラを載せて貰い、後ろに長身の美女たちを従えて、カメラの前で一人優美なポーズを決めている。会場から大きな声援を浴び、選手から羨望の眼差しを向けられている。もはやナイボでは「女王」と呼ぶに相応しい貫録を身につけたように見えた。


 その後、各クラスのグランプリだけが集められ、オーバーオールが開催された。尚は健闘したものの女子の部3位。やはりキャリア2年半では、20代、30代の選手にはバルクと細かい詰めが一歩及ばなかった印象だ。ただ、あと2年くらいで十分追い抜ける気がした。期待の新人登場、っていったところだろう。


 さて、これでK高ボディビル部の今年の試合は全て終了。


 全日本をワンツーフィニッシュ。上出来上出来。


 さあ、明日から沢山食べてバルクアップだ。




→ 読者の皆様。いつも本作をお読み頂いてありがとうございます。


 昇は、全日本大会で激戦の末、最後に川島選手の執念に屈してしまいましたね。読者の皆様も、この結果にいろいろとご意見あるかも知れませんが、優里さんも言っていたとおり、昇はまだまだこれからの選手ですから、この敗戦を糧にバルクアップして将来は無双の選手になってくれるでしょう。

 私が本作で書きたかったのは、「天才の黎明(れいめい)期。すなわち通過点」と「素質は劣るけれど真摯に努力した選手が辿り着いた到達点」が交差する瞬間のドラマなんです。あっさり飛び越えてしまうのも、川島選手に残酷過ぎる気がしますよね。


 さあ、本作はこのあと終章第3話と、そのあとのエピローグで完結です。

 テーマがニッチ過ぎるので不人気なのは仕方ないですが、推定10名程度の固定読者様がおられるようですので、最後まできちんと書きます!


 それではまた。

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