終章 第2話 昇 決勝審査 ジャッジも迷う大激戦!
5 昇 決勝審査
Ⅰ 次に、目を覚ましたら、枕が着替え袋になっていた。
あれ、尚は戻っちゃったのか。化かされたみたいだな。「コーン!」って。
午後1時半から最後のカーボアップ。身体のキレはまだまだ大丈夫。全然緩んでない。なのでここは攻めの一手だ。少し多めの、ベーグル二個とバナナを少量の水で胃に流し込む。さあここだぞ。吸収しろ、行き渡れ。
午後2時からパンプアップ。おお、すごい! さっきのカーボが奏効したのか、自分でもわかるほど体がパンパンになってる。筋肉が内側から押し出して薄い皮膚が黒光りして裂けそうなくらい。きっついTシャツを無理やり着てる感じ?
よし、上手くピーク合わせたぞ。決勝までキープだ。早く呼び出し来い!
そして午後2時30分 控室に決勝審査の呼び出しがかかった。
アップをしていた選手が一斉に立ち上がり、廊下に並ぶ。スタッフの、「それではまいります」の声に、皆が「さ、決勝、行くぞ!」と気合を入れ、腿や頬をバチバチ叩く。
階段を降り、非常扉を抜けバックヤードへ到着。だがステージでは、まだモデルクラスの最後の予選をやっているので、みんなでパンプアップ。
5分ほど待って、「さあ、ここからいよいよ決勝審査! トップバッターは男子フレシャーズクラス! 選手入場です!」とアナウンスが入り、大歓声の中BGMに乗って入場する。すかさずアナウンスが、「おお、やはりこの10人だったかーっ!」と、場内を盛り上げる。
舞台上にフレッシャーズの選手10人が整列した。僕は7番目で、隣の6番目が川島さんだ。
ああ、ジャッジ席にカトリーヌさんが見える。ちょっと目があった。
口の端でニって笑って、『頼むぜ』って念を送る。
最初の規定ポーズはまずまず無難に終えて、ファーストコールへ。
「さあー、いよいよ全日本のファーストコールだ! 何番? 何番を呼んで欲しいー?」「えー? 聞っこえないぞー! 何番だってー?」と、アナウンスがここぞとばかりに場内をあおりにかかる。
剛と香津美ちゃんも「34ばーん!」って叫んでくれてるだろう。
だけどさすが全日本のファイナル、歓声が大きくて二人の声が全然聞こえない。
「それではファーストコール、まいります!」
最初の6人はまず大丈夫だろう。問題は立ち位置。
「33番。それから34番!」のアナウンスが入り、僕は笑顔でお辞儀をし、川島さんと一緒に前に出る。スタッフが並び順を指示する。
真ん中、真ん中、頼むぞ。
「34番。ここ」 お、真ん中だ。よし。だけど銀か‥‥‥。
「33番。ここ」と、最後に川島さんが金の位置に誘導される。落ち着いた所作で、ゆっくりとフロントポーズの構えを取っている。
そして、二度目の規定ポーズ後、セカンドコールへ。ひいき選手への歓声が場内にこだます中、やはり両端の二選手が戻された。これで残り四人になった。
入れ換えろ、入れ換えろ‥‥‥ダメだ。入れ換えなし。だけど二人には残るんだな。
残った四人で規定ポーズ。腹筋、左肩、笑顔、よし今回もミスなく終えた。
最後のサードコールで、両端の二選手が戻され、ここで東京と横浜が脱落した。
さあついに来たぞ、また一騎打ちだ。
入れ換えろ! 頼む、位置換えてくれ!
******
Ⅱ あれ? この二人、前橋の二人よね。激戦区の東京でも横浜でもない、前橋大会のワンツーがそのまま全日本のワンツーなんだ。珍しい。こんなことあるのね。
33番が川島くん、34番が小田島くんか。
前橋のときは、委員長も、私も、川島くんに入れたのよね。
だけど小田島くんは、今回はっきりと胸を強化してきた。川島くんにはちょっと及ばないけど、それほど遜色ないところまで持ってきた。髪もちゃんと整えてきた。すごく決まってるわよ。表彰式で私が言ったこと、ちゃんと聞いてたのね。
ごめんなさい、川島くん。甲乙つけがたいんだけど、私、全体の評価が同等なら背の高いほう取るの。私もそうだから、バルクつけるのどんなに大変か、よく分かるの。
ジャッジペーパーが回ってくる。委員長は今回も川島くんなのか。確かに現時点での完成度はそうかもね。でも私は、スケール感を取る。ペーパーの1位、2位に、34、33と書いて、隣に回した。今日は最初からそう。
あら? サードコールのあと、位置が替わった‥‥‥場内が沸いてる。
残り二人のジャッジのどっちかが小田島くんに変えたのね。委員長は川島くんだったから、もし2対2で並んでも位置は変わらない。ということは、今、3対1。
さあ、最後のポーズよ。二人とも集中しなさい。委員長も私も多分変えないから、そのままなら小田島くん、一票でも取り返したら川島君ね。
二人とも、あとで私がサッシュかけてあげるわね。
最初のクラスから盛り上がるじゃない。面白いわ。
******
Ⅲ クソっ! 最後の最後で入れ換えられちまった。
委員長の票が昇に移動して2対2になったか、あるいは、委員長は俺支持で昇の票が3票になったか、どっちかだ。
なあ、ヒゲの委員長さん。俺のこと覚えてるよな。去年の全日本は票が割れて、だけどアンタがあいつに入れてたから、俺は380点で負けたんだよ。思い出したくもないけど、俺は控え室で崩れ落ちて泣いたよ。あいつはグランプリ獲ってヤングマン(二十代)に行っちまった。来年までリベンジできないんだ。だからタイトル獲って追っかけようって、この一年必死に頑張ってきたんだよ。
去年より、はっきりバルクが進歩したのが分かるだろう? 今年は敵はいないって周りも言ってたし、俺もそれだけのことをやってきた。
だけど、現実はいつも俺に厳しいや‥‥‥前橋からこんなヤツが出てくるなんてな。しかもこの2カ月で格段に進歩してやがる。今日だって俺の限界見透かして、隣からグイグイ勝ちにきやがる。
昇、確かにお前には才能がある。悔しいがそれは認める。皆が望んでも手に入らない、トレーニーなら誰もが羨む、光り輝く才能だ。そのうち、お前は、爽やかな笑顔を残して、俺なんか軽やかに追い抜いて行くんだろう。
こんなヤツ憎めたらいいのにな。だけど、実に気持ちのいい男で憎めないんだ。本当に憎たらしいヤツだ。
でもな、昇、お前は前橋以降だいぶ詰めてきたが、まだほんの少しだけ俺がリードしてるような気がするんだよ。だから頼むよ、今日は勝たせてくれ‥‥‥。今日だけでいいんだ。あとは邪魔しないから、どうぞ先に行ってくれ。
ああ、なんか俺、醜いな、恥ずかしい、すげー小物だ。
そうだよ小物だよ。だけど自分じゃ選べなかったんだよ。俺は俺に配られたカードで勝負するほかないんだ。愚痴ばかり言ってないで、集中してポーズ取れよ。
確かに、俺と昇は、今殆ど並んでる。
だけど、昇、わかるか。お前になくて俺は持ってるストロングポイントが一つだけあるんだ。それは‥‥‥お前にとっては小っぽけだろう、このタイトルにかける、俺の「執念」だ。
俺の、十代の、全てだ。
さあ、最後の規定ポーズ始まるぞ。これで一票取り返す!
******
Ⅳ ついに入れ替わった!
よし、僕が金の位置だ。いま一票移動したんだ。たぶんカトリーヌさんじゃない。他のジャッジの誰かだ。
場内から、静かに「ウォー」って声が聞こえて、客席がざわめいている。
「おい、川島が負けるぜ。マジか?」
「大体、あれ誰よ? 34番。新人?」
「ええと、小田島昇。前橋の2位だって」
「前橋2位? なんでそんなのが全日本で金?」
「川島、気の毒だな。今年は勝たせてやりたかったけどな」
さあ、最後の規定ポーズ。集中しろ。腹筋、左肩、笑顔。いいぞ。
よし、無難にこなした。一つもミスがなかった。
僕は、隣の川島さんと両手でがっちり握手して、晴れ晴れした顔で客席に手を振り、元の位置に戻った。
さあ、残るは表彰式だけ。日本一、どうなるかな。
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