第3章 あの超大物選手が登場! 昇争奪戦が静かに開幕。

第3章 邂逅 (昇17歳 7月)


1 7月半ばになった。減量はさらに進み、69㎏台になった。

 9月終わりの前橋まで残り2カ月と少し、仕上がりが64㎏として、あと5㎏ちょっとだから、なんとか間に合うと思う。暑くなって、汗をかきやすい季節になってきたし。


 身体の方は、見た目ほぼ変わっていない。少し細くなってるくらい。摂取カロリーがマイナスなので、筋肉が増えないのは当然だけど、表面の脂肪が落ちてくるので、サイズは全体に細くなっていく。

 その代わり、脂肪が薄くなる分、筋肉のカットが体の表面に浮き出て来て、見た目の迫力は増していく。いわゆる「キレてくる」ってやつ。ここからはいかに筋肉を落とさずに脂肪だけ落とすか、という勝負になってくる。


 鏡に映すと、腹筋のシックスパックはかなり見えて来て、肩の筋繊維もはっきり分かるほど浮き出てきている。

 体脂肪率は12%。今は格闘家の肉体に近い? しかしここから5㎏も絞ったら、どうなってしまうのだろうか。ガリガリのスジスジになっちゃうんじゃなかろうか。


 ******


2 7月17日(水曜日)


 この日は、僕がオフでジムには行かなかったので、朝は尚と別々に登校したんだけど、結局学校でもすれ違ってしまった。

 まあ、たまにはこういうこともあるさ。こういうメソメソした気持ちも、そんなに嫌いじゃない。どうせまた明日会えるんだし。

 と思っていたら、夕方、スマホが「ニョロロン」って鳴って、尚からラインが入った。


『今朝ね、とっても驚いたことがあったの。嬉しかった。すごく話したいんだけど内緒。明日ジムでね。きっとビックリするよ!』ってことだったけど、この書きぶりだとジムで何かあったんだな。

「教えろ」って返したいけど、わざわざ「内緒」って書いてるんだからそれも野暮ってもんか。なので、『へー、気になるなー。楽しみー。ドキドキ』くらいの返事を書いておいた。


 翌日、僕はいつもどおり4時20分に目を覚まし、朝食を食べて用意して、5時過ぎにジムに入った。4階でエレベーターを降りて、右手のフロントまで行くと‥‥‥、


 な、なんですとー? 掃きだめに鶴が、に、二羽!


 そこには長身の女性が二人立っていた。

 一人はこっち向いてるので尚だとすぐ分かったけど、背中を向けてる方は‥‥‥てか、この人すごくないですか?

 なんと尚よりも背が高い。そして、この広い肩幅、広背筋の張り出し、ほっそいウェスト、巨大なヒップ、そして太いが長い手足。これはあれです、まさに「人間砂時計」です。


 さすがにこれはほかにいない。いるはずない。ひと目みて分かった。

 これが、世界の高木優里(たかぎゆり)‥‥‥本物だ!


 尚が僕に気付いて「あ、来た」って言って、優里さんがこちらを振り返った。

 ああ、わかっちゃいたけどすごい美人! 小さな顔に少し切れ長の二重瞼(ふたえまぶた)。尖った鼻と形の良い小ぶりの唇。肌は思ったよりずっと白い。普段はこんな白いんだ。髪は明るい茶髪ロングで、前髪は作らずサイドから下に流し、肩付近から大き目のウェーブを付けて腰まで垂らしている。わっ、しかも胸デカッ! この人横から見ても砂時計なんだ。


 もはや、僕のセンサーはレッドゾーン振り切って計測不能となってしまったが、どうにか推測するに、175㎝あって広背筋これだから、バストは105? いやもっとあるな110。ウェストは細いけど、長身だから65くらいか。これは多分外れてない。そしてヒップは、僕が95くらいだから、105? いや、もっとある110くらい? 体重は余裕で70㎏超えてるんじゃ? 違ってたらごめんなさい。

 しかし、110、65、110とは‥‥‥日本人離れというより、もはや人間離れって感じ? リアル不二子ちゃん? いやこれはアマゾネスだな。白いアマゾネス。メインヒロインにはアレだけど、双頭の大剣持たせて前衛に立たせたら映えそう。


 手招きする尚に、僕が「おはよ」って声をかけたら、尚は、「おはよ。ビックリしたでしょ。こちらはあの高木優里さん」って言ってから、「優里さん、こちらが昨日話した小田島昇君です」って紹介してくれた。


 僕が「ど、どうも初めまして。小田島昇です。尚の同級生です。まさか高木さんに会えると思いませんでした。ので、すごく緊張してます」と、ヘドモトしながら自己紹介したら、優里さんは。「高木優里です。尚ちゃんから色々聞かされてるわよ。私のことは『優里』で揃えてくれていいから。これから宜しくね!」と言いながら、笑顔で右手を差し出してきた。


『えー、手汗すごいのに‥‥‥』と思ったけれど。引っ込めるのも失礼だろうから、シャツで手を拭いてから、握手させて貰った。しっとりしてて、案外小さな手だった。


 もう僕は目の前にスターがいることで舞い上がってしまって、握手したまま左手を後頭部に回して、真っ赤になってペコペコしてしまった。身長同じくらいだから、ペコペコすると胸の谷間に顔が埋まってしまいそう。ああ、見ちゃダメ。でも見ちゃう。しかも、白い谷間にほくろが‥‥‥勘弁して下さい、目がいっちゃいますー。


 そしたら、尚が、小声で「デレデレすんな‥‥‥(怒)」って口の端を曲げて言いながら、僕のお尻をギュイっとつねってきたので、(うっ。尚、それ見えてる見えてる)って思ったけど、ありがたいことにそれで我に返った。


 なので、僕は気を取り直して、

「そういえば優里さん、なんでアイアンジム府中にいるんですか。品川だと思ってましたけど」と、最初に思った疑問を聞いてみた。

「4月の異動でね、新宿支店に転勤になったの。ジムも変えたくなかったから、しばらく我慢して通ってたんだけど、やっぱり負担が大きくてね。私、ちょうど実家がこの近くだし、それだったら府中に住んでジムでトレしたあと、京王ライナーで座って通勤するのがいいかなって」

「ああ、そうだったんですか。じゃ、これからは毎日会えますね」

「うん、シフトやテレワークなんかの都合で毎日ってわけじゃないけど、これからは朝来ることも多いから、きっと会えるね。宜しくね」

「こちらこそ優里さんと一緒のジムでトレーニングなんて嬉しいです。気合入ります。宜しくお願いします!」と、僕は「元気な男の子」って感じで、返事をした。


 しかし、この胸、谷間、すごいなこれ。コップからジャーって水入れたら200㏄くらい溜まりそう。「双丘」とか「メロン二つ」とか、そういう感じじゃなくて、なんていうの、そう、ミサイルが格納されてる感じ?


「優里さん。いつもこんなウェアなんですか」


「そうよ、大抵ね。だって、暑いじゃない」

「いや、そりゃそうなんですけど、目のやり場に困って‥‥‥。別にヤラシイ意図はないんですが、目がどうしてもいってしまって困るんですけど」

「別にいいわよ、見たって。そういうウェアなんだし、減るもんじゃないし」


「お、そうですか。安心しました! じゃ、これからは谷間が優里さんだと思って、じっと見ながら話すことにします」と軽口を言ったとたん、再びお尻がギュイっとつねられ、

「調子に乗んな‥‥‥(怒)」という尚の小声が聞こえた。


「イーっ、尚さん、それ見えてますって。優里さんすみません、ほんと調子乗りました。ごめんなさい」 って、僕が瞬時にお詫びを言ったら、優里さんも笑ってた。


「それじゃ、僕は着替えて来ますね。また後で」と言い残し、僕は、5階への階段を急ぎ足でのぼった。 


 ******


3 階段をのぼっていく昇の後姿を見て、優里さんが、


「‥‥‥すっごくいいフレーム。手足が長くて。本当にいい。彼、ちゃんとバルクがついたら、すごい選手になるんじゃない? 顔もいいし」って、左手を頬にあて、眼を細め、心底感心したように、私に言ってきた。


「はい、みんなそう言います。本人はまだ細くて不満みたいですけど」

「まだ17歳でしょ? 完成まであと10年はある。どこまで行けるか楽しみね」

「でも、彼は身体だけじゃない。優しくて、頑張り屋さんで、しっかりと自分を持ってる、すごくいい男なんです」

「ふーん、ずいぶん惚れ込んでるのねー。彼氏?」

「‥‥‥まあ、そのようなものです」

「ようなもの、なの? 彼氏じゃないの? それなら昇君、たまにでいいから貸してくれない? すごく興味がある」


「だめです。私のものです」 即答する。当然でしょ。

「え?」

「手を出す女は許しておけない。それが優里さんでもです」 私は努めて笑顔を作り、でも決して目は笑わず、優里さんの目を真っすぐ見て答えた。


 優里さんは、慌てて「なんか怒らせちゃった? そんなつもりじゃなかったんだけど‥‥‥。悪いこと言っちゃったかな。ごめんね」って謝ってきた。


 ああ、そうですよ。悪いこと言っちゃいましたよ。だって、『ようなもの? それならたまに貸してくれない?』って、優里さんこそ突然何言ってんですか。仮に冗談でも、おふざけが過ぎますよ。

 もう、今後もこういうことがあるのかしら? そりゃ確かに昇はいいわよ、惚れちゃうわよ。うう、いちいち火の粉払うの疲れそう。

 ああ、超大物相手に慣れない啖呵(たんか)切って、どっとくたびれた。


 私、倒れて灰になりそう‥‥‥。


 ******


4 僕がマシンのラットプル(背中の種目)を終えて、ドリンクを飲んでいたら、斜め前で優里さんが45度レッグプレス(脚と臀部の種目)をやっていた。

 でも、あれ? プレート2枚なんだ。割と軽いな。尚だって3枚なのに‥‥‥と思ったら、シングルだ、片足でやってるんだ。グレーのレギンスを履いた長い脚が折りたたまれ、そして伸ばされている。


 とてもスムースで綺麗な動き。思わず見とれてしまう。


 セットが終わったところで、優里さんが僕に気付いて、

「ああ、昇君。休憩中?」って聞いてきた。

「はい、ラットプル終わったところです。優里さん、レッグプレスをシングルでやるんですね。初めて見ました」

「シングルの方が可動範囲を長く取れるからね。あと、私、左の方が少し弱いから、その分ねちっこく攻めてるの。両足でやってると、そういう調整が利かないでしょ」

「なるほど‥‥‥。そのとおりですね。参考になります」

「さあ、左やるわよ。見てる?」

「是非! 世界の大殿筋、とくと拝見させて頂きます」


 そしたら優里さんが、「ふふ、熱心なのね。もしよかったら、どんなふうに動くか、お尻さわってていいわよ‥‥‥」って、チラっと横目で僕を見上げて言ってきた。

 な、なんですってー! それはすごく興味ある。絶対お願いしたい。世界の優里、の尻。って、ヤラシイ気持ちではないですよ。勉強のためですよ。当たり前でしょう?


「是非お願いします! あとできたらハム(腿の裏)も」

「もう、しょうがない子ね。好きにしなさい」 優里さんは呆れたように、でも、ちょっと嬉しそうに笑った。


******


「さ、じゃ、始めるわよ」 優里さんは、ストッパーを外し、まっすぐ伸ばした脚を曲げ始めた。僕はお尻の大殿筋に手を当てている。まだフカフカだ。だけど大きい。手が埋まっちゃいそう。

 徐々に膝が曲がり、それにつれ少しずつ大殿筋が隆起してきた。こ、これはデカイ。中から盛り上がっている。さらに膝を曲げ、ウェイトを下す。うわ、こんなにストローク取るんだ。膝と脚がほとんど体にくっつきそう。大殿筋はもうカッチカチ、鋼鉄みたいだ。しかも丸いんじゃなくて、尖っている。こんな大きいのに全部筋肉なんだ。


 優里さんは、4回、5回と上げ下げし、8回を超えたあたりで少しペースが落ちてきた。僕は腿裏に手を回して、ハムを触ってみる。こ、これもすごいぞ、なんかどっかで弁当箱大の肉買ってきて、カパッとはめたみたいな巨大な塊だ。10・・11・・そろそろ限界か? 僕は立ち上がってウェイトに手をかけようとした。


「ダメ! 補助いらない!」 優里さんが小さいが鋭い声で制した。

「!」 僕はビクっとして動きを止める。


 12・・13・・まだやるのか? 優里さんは「うーっ」と呻きながら14回目をブルブルと挙げ、そのまま動かなくなった。と思ったら、10秒後、「フっ!」と言いながら再びウェイトを下し、苦悶の表情を浮かべてなんとか2回挙上し、そしてまた動かなくなった。


 まさか、まだやるのか? さらに10秒後、脚をブルブルさせながら最後の1回、もう顔は真っ赤だ。額には血管が浮き出ている。だけど途中でどうにも挙がらなくなり、自分の手で脚を押しながら、「あーっ!」って、無理やり挙げ切った。


 優里さんはストッパーを留め、タオルを顔にかけて、全身でゼイゼイと息をした。大粒の汗が流れて胸の谷間に吸い込まれていく。

 ねちっこく、って言ってたけど、ここまで追い込むんだ‥‥‥。僕は完全に圧倒されて、傍かたわらに無言で佇んでいた。


「ごめんね。私、あんまり補助使わないの。自分で何回できたか曖昧になっちゃうし、心が頼っちゃって全力出せない気がして」 少し息の整った優里さんが僕に声をかけた。

「いえ、僕こそ、余計な事しようとして、集中乱してすみませんでした」

「ううん。全然違うよ。昇君が見てたから、触ってたから、かっこいいとこ見せようと思って、集中して全力出せたんだよ。ありがとね」


 優里さんは、汗だくの美しい顔でそう言いながら、眼を細め、少し首を傾げて、ニッコリと僕に笑いかけてきた。うわー、すっごくチャーミングだ。

 ‥‥‥そうか、これが、男女問わず、全てのトレーニーを惹きつけてやまない、絶対女王の微笑み‥‥‥。


 ******


5 あれ? 昇が優里さんのとこでなんか話してるぞ。あ、セット始まった。


 え? な、なんてこと! あんたなにお尻触ってんのよ! ‥‥‥いや、でも、これ絶対優里さんが許したんだよね。じゃなかったら、大変なことよね?

 ちょ、ちょっと、優里さん、さっき私言ったでしょ。手を出したら許さないって、すっごく分かりやすく牽制したよね。何これ、挑発してんの?


 だいたい昇も昇よ。いつまでお尻触ってんの。離しなさいよ! あ、離した。‥‥‥って思ったら今度は腿をサスサスしてる。あんた一体どこまで無遠慮なのよ!


 あ、やっと終わった‥‥‥。二人とも笑顔で何か話してる。昇は、なんか両手を胸の前で合わせて、赤くなってる。情っさけないわね、あんた乙女、乙女なの? しっかりしなさいよ!


 ‥‥‥って思うけど、そうよ、悔しいけど認めざるを得ない、優里さんは素敵よ。昇だけじゃない、私も含めて、ポーっとなっちゃうのは仕方ないわよ。

 さっきのお尻だって、絶対エッチな気持ちじゃないって、そのくらい分かってる。分かってるけど‥‥‥。


 私は下を向いて、腿とお尻、それから胸を見た。思わず見てしまった。

 腿とお尻は、うん、まだ細いけど、ここんとこ割とよくなってきてる。だけど、胸は‥‥‥そりゃ小さくはないのよ、小さくは。だけど、あんな巨大じゃないの。中の上? いや中の中くらい?

 ああ、こんなこと、今まで考えたこともなかったけど、気にしたこともなかったけど、っていうのは嘘で、なるべく考えないようにしてきたんだけど、こんなあからさまに差を見せつけられると、さすがにショックよ‥‥‥。


 あ! もう2分30秒もたってる。すっかり忘れてた。集中しないさいよ、私!


 でも無理ー。気にするなって方が無理よー! 昇のバカーっ!




→ 今回は、6000字以上あって、少し量がありましたね。お疲れ様でした。

 第2話からはセルフレイティング指定に致します。中学生以下の読者もおられないでしょうから、支障ないと思いますが、もし読めなくなった方がおられたら、大変申し訳ありませんが、どうかご容赦下さい。


 それではまた。

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