第3章 第2話
~ 優里とのあまりの差に尚がショックを受ける ~
7時30分になっても尚がロッカーから出てこない。僕は半分にしたおにぎりをテーブルに置いたまま、ボーっと待っていた。
あ、出て来た。遅いよ。って思ったら違った。優里さんだった。
「あれー? 昇君、ボーっとしちゃって何やってるの?」
「あー、優里さん、お疲れ様でした。今日はありがとうございました。すごく刺激を貰いました。これから学校なんで、尚を待ってたんです」
「え? 女子ロッカーにはいなかったわよ」
「やっぱり? なんかそんな気はしてたんですが。先に行っちゃったのか」
「やっぱり、って、思い当たる節(ふし)があるの?」
「‥‥‥優里さんのお尻触っちゃったから、怒ってるんですかね」
「たぶん、それ関係ないと思うわよ」
「なんで分かるんです?」
「うーん、そうね。私もトレ始めたころ、そんなこと思ってたから。だけど、それ、昇君、あなたが自分で気付いてあげなきゃだめだと思うわよ。尚ちゃん助け出せるの、あなただけなんだから」
「えー?」
「大丈夫よ。尚ちゃんになったつもりで、よく考えてみなさい。ライナーが来ちゃうから行くわよ。じゃね!」
優里さんはそう言って、ヒールをコツコツ鳴らして去っていった。
タイトな紺のスーツで、下は膝上ミニ。茶髪をアップにして、それにシルバーグレーのメガネ。すごくかっこいい。けどデカい。全てがデカい。洋物の映画に出てくる美人秘書みたいだ。背中にしょってる巨大なリュックが不釣り合いだったけど。
さて、じゃ、いないものはしょうがない、学校行くか。
僕は残り半分のおにぎりをかじりながら府中本町駅に向かった。
駅のホームで、『無事かー?』って、尚にラインを打ったら、割とすぐ返事があって、『先に出ちゃってごめんね。私は大丈夫だから。会えたらまた明日会おうね』って書いてあった。てことは、今日はアクセスしちゃダメなんだな。
なので、『うん、それじゃまた明日ね』ってだけ返事を出した。ほんとは、最後に『元気出せよー』って入れたかったけど、なんか余計な気がしてやめておいた。
明日まで時間もあるし、ゆっくり考えてみよう。
******
7 次の日、結局、尚は朝のトレには来なかった。
僕がトレ後に、レストスぺースでプロテインとおにぎりをやっていたら、そこに制服姿の尚がやってきた。夏服の半袖ブラウスに赤のリボン。袖から伸びている真っ白な腕が眩しい。栗色の髪はオールストレート。
「昨日はごめんね。もう、私、大丈夫だから。学校行こう」 やっぱり元気ない。
「いや、とても大丈夫には見えないけどな。一人で抱え込まないで、ちゃんと話した方がいいぞ」
「うん、ありがとう。でもこういうのって共有できないっていうか、共有したくないのよ。私の中の醜い部分だから」
「それ分かる。分かるけど、俺受け止めるからさ、幻滅したりしないから、ちゃんと吐き出してくれよ」
「‥‥‥」
「なあ、尚。まだ時間がかかるんだよ。今は絶望的な差に思えるかも知れないけど、少しずつ詰めていくしかないんだ」
「!」
「お前まだ18になったばっかりだろ? 背だってまだ伸びてるんだろ? 少し時間かかるかも知れないけど、脚だって尻だって胸だって、まだまだ大きく‥‥‥」
「うるさい! 言うな! 胸のこと言うな!」 尚が激昂して叫んだ。
「まだ若いんだから仕方ないだろ。スレ‥‥‥」
「言うな! スレンダーって言うな!」 尚は口をゆがませ、目じりに光るものを溜めて、僕を睨みつけ、
「だって‥‥‥。脚やお尻は鍛えればいいけど、胸なんてどうするのよ? どうにもなんないでしょ」と声を絞り出した。
「まだ分かんないだろ。これから大きくなるかも知れないし」
「それこそ、そんなの分かんないでしょ。ダメだったらどうするの? シリコンでも入れるの?」
「女子選手でシリコン入れてる人、結構いるよな。でも優里さん‥‥‥あれはシリコンじゃないぜ」
「な、なんてひどいこと言うのよ! この無神経男! あんた全然私の気持ち分かってないじゃない!」
「いや、分かったうえで言ってる。‥‥‥結局さ、俺は、お前の今の胸が好きなんだよ。大きいとか小さいとか、そんなのどうでもよくて、他の誰でもない、お前の胸だから好きなんだ」
「‥‥‥」
「引き合いに出して、優里さんには本当に悪いんだけど、すごいなとか尊敬しちゃうなっていうのと、好きだなとか愛おしいなとかって、違うだろ? 俺は今のお前の胸が、他の誰のものより一番好きだし、一番大切なんだよ」
「‥‥‥」 尚は、両手で口と鼻を覆って、フルフルしてる。あ、涙が溢れてきた。どんどんと、もう止まらない。手の甲から腕を伝って肘の方に流れていく。
「だから、できることなら変わって欲しくないんだ。自然に成長する分にはもちろん嬉しいんだけど」
「‥‥‥」
「だから、覚えておきたい。今の、お前の胸、さわっておきたい」
「‥‥‥と、突然、大胆なこと言い出すのね」
「いや、ダメなら無理にとは言わないけど、俺の正直な気持ちなんだ。調子に乗って言ってるんじゃない。前からそう思ってた」
「‥‥‥それって、優里さんのお尻と同じ気持ちなの。それともエッチな気持ちなの?」
「全部じゃないけど、大半はエッチな気持ちだな。それはお前だからだ」
尚は、上を向いてスーって大きく息を吸って、ハアーって吐き出してから、両目の涙を指でピッピッって払った。そして、「もう。バカ! 順番すっとばしちゃったじゃないの!」って言いながら、僕の手をつかんで「こっち」って引っ張った。順番って?
ちょ、ちょっと、どこに行くんですか。そっちは女子ロッカー。と思ったら、その手前のタンニングルームにパタンって入って、尚は後ろ手にドアを閉め、カチャっと鍵をかけた。電気をつけてないから、中は薄暗い。
尚は、壁に寄りかかって、僕の左手を持ったまま、「‥‥‥いいわよ。触っても」って小さな声で言った。続けて「恥ずかしいから。早く」ってささやいた。
僕は、右手を尚の腰に回して抱き寄せて、ブラウスの上から、左手をそっと尚の胸に乗せた。
尚が「あっ」と小さく声を出して、一瞬ピクッとした。目はつぶって横を向いて、白い肌が上気して耳の先まで赤く染まっている。
尚の胸は、思ってたより大きかった。手の平に収まりきらないくらい? 着やせするんだな。でも‥‥‥
「尚」
「何?」 頬を染めた尚が、薄目を開けてこちらを見ている。
「ブラとワイヤーで形がよくわからない。あと硬さも」
「な、なんてこと言い出すのよ! バカっ。あ、あんた大胆なうえに欲張りなの?」
「俺にとって、身体の形ってすごく大事なんだよ。知ってるだろ?」
「もうバカ。ほんとバカ! エッチ! スケベ! 女の敵! ‥‥‥ちょ、ちょっとあっち向いてなさい!」 僕は素直にあっちを向き、後ろでスサっと衣擦れの音がするのを聞いていたが、しばらくして、
「はい、もういいわよ」という声がしたので、振り向いてみると、尚が、右手に白いスポーツブラを持って肩の前でヒラヒラさせながら、なにかスッキリとした面持ちで僕に微笑みかけていた。
ああ、いい笑顔だ。オーケーなんだね。ありがとう。
僕は再び右手で尚の腰を抱き寄せ
「ブラウスの下からでいいか?」と聞いてみた。さすがにいきなりじゃマナー違反だもんな。
「えっ、えー? いい‥‥‥けど、揉むのはなしよ。さするのはいいけど‥‥‥こ、こういうの、まだ慣れてないからっ!」
「難しいこと言うなよ‥‥‥」
僕は尚のブラウスの下に左手を差し込んで、尚の右胸をそっと触った。暖かい。
尚は、思わず「んっ! あっ!」って声をたてて、小さな唇から細く息を漏らした。
綺麗な胸だ。やっぱり思ったより大きい。大きめの甘食くらい? でもアンダーのボリュームが結構あって、高さもあって、とっても素敵な形。そして、とても柔らかい。フニャン? ポイン? 形容しにくい独特の感触、すごく好き、甘くて柔らかいお菓子みたい。ああ、いつまでも触っていたい。
どのくらいの時間そうしていたのか覚えていないけど、そのうち、尚が、
「はい、もうこのくらい。おしまい」って、急にお姉さんみたいに言って、僕の首に手を回して抱きついてきた。それにあわせて僕も尚の腰に両手を回す。
「私の胸どうだった? 気に入った?」 尚が耳元でささやく。いつもと違って鼻にかかった、とても艶っぽい声。息が耳にかかってゾクっとしちゃう。
「うん、すごく。前から好きだったけど、今日大好きになった。思ったより大きくて、形も綺麗で、柔らかくて、甘いお菓子みたいな、とても素敵な胸だった」
「よかった。すごく嬉しい」
「てかお前、こんなにいい女なんだから、人と比べてどうこうとか考えてないで、堂々とその胸張ってればいいんだと思うぞ」
尚は「うん、そうだね」って言って、僕の首に回した腕をギュってした。
尚の胸が僕の胸に当たって、『ポイン!』って揺れた。
******
8 「あのー。尚さんや」
「何?」
「これ、まずいんじゃないでしょうかね。風紀を乱してませんかね」
「あら、そうかしら?」
この日、尚はジムを出てから学校に着くまで、ずっと手を放してくれなかった。ジムの退出時から手を繋いでいたので、フロントのお姉さんが、ちょっと驚いたあと、口に手をあてて、(あら? ふふ、仲がいいのね)って顔で見送ってくれた。
駅でも、電車でも、通学路でも、ずっと手を繋いでいたので、もう目立って目立って、顔から火が出そうだった。途中で会った剛と香津美ちゃんが、(‥‥‥あいつら、一体何やってんだ?)って顔で見てた。恥ずかしー、助けてー。
学校に着いても手を放してくれず、ついに僕の教室の前まで行ったところで、尚が、
「昇。今日はありがとね。私、すっかり呪縛から解放されたわ。ホントに感謝してる」って言って、つないだ手を握手に持ち替えてブンブンした後、パッと解放してくれた。
そして、僕の首に飛びついて、右脚をピョコンって折って、ハグしながら、
「決めた! 私、昇と一緒にナイボに出るわ。絶対てっぺん取ろうね!」と耳元で言って、「じゃ、また夕方!」って、胸の前で手をフリフリして、大股でかっこよく去っていった。
僕は握手の手が中空に残され、赤面したまま茫然と見送るだけだった。
教室の前後のドアが開けられ、(一体何ごとか?)と覗いていた沢山のクラスメイトから、「ヒュー!」って声がかかった。
→ みなさま、 第3章の読了、ありがとうございました。鬱展開が回避されてよかったです。
第4章の前に、オマケ編が2つ入ります。どっちもわたくしのお気に入りです。
それではまた
小田島 匠
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