第2章 オマケ 尚の誕生日。プレゼントは‥‥‥こ、この脳筋女子が!

第2章 オマケ 尚の誕生日


1 「はい、バナナ半分」

「お、サンキュ。じゃこれ」と、僕はおにぎりを半分にして尚に渡した。

 週3回、いつものレストスペースの風景だ。


「そういえばさ」

「何?」

「来週の土曜日、誕生日だよな」

「そう、覚えててくれたんだ」

「忘れないよ。恐ろしい。手帳にも『尚誕生日チューイ!』って書いてある」

「チューイ! ですって?」 尚が栗色の眉尻を上げて僕を睨む。


「ははは、何か欲しいものある?」

「あれが欲しい。昇が使ってるウェイトベルト。メーカー、何て言ったっけ?」

「シークの? ビニールのベルトが欲しいのか」

「うん。皮のベルトはガッチリ固定できていいんだけど、ベルト穴が2㎝おきじゃない? 体調なんかで微妙にサイズって変わるから、もっと細かく調節したいのね」


「シークならベルト穴なくて可変式だからな。ああ、レディースのモデルがあるよ。黒地にピンクの。あれかわいいから尚に似合うんじゃないか」

「‥‥‥嫌、そんなの。昇と同じのがいい」

「へ、あの真っ赤なヤツ? 男っぽくない? あとちょっと大きいんじゃない?」

「欲しいの」

「あれ最上級モデルで1万7000円もするんだが‥‥‥」

「欲しい、欲しい、欲し~い!」 尚は、目をつぶって両手を上下にブンブン振り、顔を真っ赤にして必死におねだりした。‥‥‥ま、負けた、かわいい。


「わかった、わーかーりーまーしーたー。この脳筋女子がっ! しょうがないな、あとでポチろう。まあ10日あれば大丈夫だろ。尚だとサイズはXSだな」

「ふふーん」と、尚が満足そうに笑う。


「あと、夜は家で成人のお祝いだろうから、俺はランチご馳走するよ。何がいい?」 

「鳥将軍の親子丼。究極のやつ」

「お前というヤツは‥‥‥普通、おしゃれカフェでちんまりしたパスタでも食べて、食後にお茶とケーキとかやるんじゃないのか?」

「親子丼食べたーい!」 ブンブン。


「あーうるさい。わーかーりーまーしーたー!」

「ふふーん。じゃ、土曜日ガンガン脚トレしてから行こうっと。絶対大盛で食べる」

「こ、この脳筋女子がっ!」


 ******


2 6月24日、土曜日、僕は、けやき並木のブロックに腰かけて、尚を待っていた。

 脇にはプレゼントとカードを入れたラッピングと、さっきフラワーマーケットで買った小ぶりの花束が置いてある。


 あ、来た! が、そのとたん「バキューン!」って撃ち抜かれた。いや、もっと「ドッカーン!」かも。とにかく胸に大穴が開いた。

 尚は、黒いニーハイソックスに黒のエナメルシューズを履いていた。

 トップスはグレーのチェックの長袖ワンピースに、ウェストは幅広の紺のロープベルトを右腰で大きな蝶結びにしている。裾にかけてフワっとした超ミニで、ニーハイとの間に10㎝くらい雪のように白い腿が露出して、境目がちょっと凹んでいる。


 尚は、両手を前にギュっと握って、内股になってモジモジしてる。

 はにかんだ横顔が頬を染めて、とっても綺麗だな。


「ど、どうかな。いつもと違ってておかしくない?」 尚が自信なさそうに、おずおずと聞いてきた。だから僕が、「いや、すごくいい。すごく似合ってる。びっくりした。あまりの可愛さに目がつぶれそうだ」って、キッパリと即答したら、尚は、「ふふ、そう? ‥‥‥よーし、合格!」って言って、パっと満面の笑顔になった。


「あ、これ。お誕生日おめでとう。バラ5本のアレンジだから、小ぶりなんだけど」

「えー? うれしい。お花買ってくれたんだ。ありがとう。こんなの初めてー」


 尚は胸に花束を抱えて、眼を細め、顔を少し傾げて嬉しそうにまた笑った。

 木漏れ日がキラキラと尚に当たり、白い頬を照らしている。輪郭の白い産毛が眩しい。こ、これは、天使、もう天使ですよ! 


 僕はスマホで、写真を何枚も何枚も撮った。「はーい、足を横に出してー」とか言いながら、後ろからも撮った。そのように、ひとしきり撮って「ふー」って満足し、「それじゃ、お昼食べに行こうか」ってことになった。

 尚は、「うん、いこ!」と元気に応えて、僕の腕を組んできた。胸には花束を抱えている。今日はいい日だ。だけど、ヒールのせいもあるけど、僕よりデカいんだな。これは大天使だ。


 ******


3 僕たちは、鳥将軍の窓際のテーブル席に座った。前に洋介師匠に連れて来て貰ったのと同じ席だ。


「ランチの親子丼って、『究極』に変更できますか」

「できますよ。プラス500円になりますが、宜しいでしょうか」

「はい、二つお願いします。一つは大盛りで、一つはご飯少な目。あとササミ梅肉載せ二本と冷やしトマト、食後にゴマアイス一つお願いします」 注文を取り終え、店員さんが下がっていく。


「『小盛』って、今減量してるんだ」

「うん、緩やかにだけど。もう前橋まで3カ月ちょいだからな。5月終わりまで、たくさん食べ込んで74㎏にして、パンパンにしてた分、ちょっと気を付けるだけでストンと落ちるんだな。1カ月で、もう71㎏になった」

「やっぱり、糖質カットなの?」

「そう。今は晩御飯のご飯を抜いて、おにぎりは一日5個だったのを4個にしてる。まずはそのくらいから。いきなりハードにやると、いざ停滞したとき切るカードがなくなっちゃうから。尚は?」

「私はあんまり気にしてない。むしろ増やしたいくらい。どの大会に出るとしても、最後の1カ月で少し絞ればいいか、ってくらいに思ってる。今日も朝に脚トレしたから、お昼はしっかり食べなきゃ」

「そうだな。尻育てないとだもんな」


 そこに、「お待たせしましたー」と、親子丼が運ばれてきた。

 当然のように、店員さんが、「こちら大盛りです」と言って僕の前に置くので、「いや、大盛りそちらです」って言ったら、「!?」って目をまん丸にして「失礼しました‥‥‥」と謝りながら、尚の前にお盆を置いた。絶対、(な? この娘が大盛り?)って思ってるはず。そりゃ勘違いするよな。はは、申し訳ありません。


「そうだ、まだ乾杯してなかったな。しょうがないから、水で。では、尚、18歳のお誕生日おめでとう! 今日から大人なんだな」

「ありがとう。昇は、あと5カ月お子ちゃまなんだね」

「ははは、そうだな。差がついちゃった。じゃ、冷めないうちに頂くとしよう」


 尚はこないだみたいに「おいしー」って言いながら、大口開けてカッカと親子丼をかき込んでいた。見ていて実に気持ちのいい食いっぷりで、いま後頭部から、『ガツガツ!』って擬音語が飛び出してるんじゃないかって思うくらいだ。 僕は量が少ないので、スプーンでちびちび食べた。


 食後のゴマアイスを二人でホジホジしているときに、「あ、そうだ。プレゼントがまだだった。これ、例の。サイズ合うといいけど」と、ラッピングしたプレゼントを贈呈した。

「わーい、ありがと。開けていい?」 尚が栗色の瞳を輝かす。

「もちろん。どうぞ」


 尚はラッピングを解いて、赤いベルトを取り出し、「かっこいー」って言いながら包装のビニールを剥ぎ、クンクンして「新品の匂いだー。何の匂いなんだろう。糊の匂い? へっへ、たまんないわね‥‥‥」って、目を細めてうっとりとした。


「ずいぶんマニアックなことするなあ。お前、匂いフェチなのか?」と僕が呆れていたら、

「ね、これ、今巻いていい?」って言いながら、せっかくの可愛いロープベルトを、シュルっと解いてしまった。

「えー? お店で一体何やってんだ。ま、いいけどさ、巻き方分かる?」と言ったら、「昇、巻いて巻いて!」って、尚がテーブルのこっちに回ってきた。


「ええと、マジックテープをこっちのガイドに通して反転させて、ここからだぞ、まず息を思いきり吐き出す!」 尚がハアーっと言いながら限界まで息を吐きだす。

「次に、思い切り腹凹ます!」 くっとお腹が凹んだ。

「そこでテープ思い切り引っ張ってマジックに留める! やるぞ!」

 

 そしたら、なんかすごいことになっちゃった。

「こ、こんなに細くなるんだ‥‥‥。お前、ほんとに内臓入ってるのか?」

「ぐえー、出るー。親子丼出るー」 なんか苦しそうだ。ちょっとやりすぎたか。


「肋骨には、うん、当たってない。大丈夫。でも動いたら当たるかも。はい、じゃ、前かがみになってー」 尚は両手を前に下げてかがみ、髪の毛が逆さになった。貞子みたいだな‥‥‥。

「ぐ、ぐえー。究極出るー」 さらに苦しそうになったが、一応当たってない。


 と、そこで、後ろから声がかかった。

「‥‥‥お前ら、何やってんだ?」 そ、その声は?


「し、師匠、どうしたんですか一体?」

「どうしたって、酒飲みに来たに決まってるじゃないか。そしたら、シークのベルト締めてグエグエ言ってる変な客が‥‥‥。尚ちゃん、何があったか知らないが、ベルトのせいでファッションのバランスが滅茶苦茶になってるぞ。チャンピオンベルトみたいだ」 さぞかしそうでしょうねえ。


 ******


「そっか。今日尚ちゃん誕生日なんだ。今日から大人なんだな。おめでとう!」

 僕と尚でひとしきり説明して、師匠も合点がいったようだ。

「それじゃ、しばらく付き合ってくれよとも思ったけど、お邪魔虫だったかな」

「いやいや、師匠なら大歓迎ですよ。別にこのあと予定入ってたわけじゃないし。ね?」 尚も笑顔で頷いている。


 師匠との話は楽しかった。師匠も楽しかったらしく、今日もハイボール濃いめを八つも飲み、例によってろれつが怪しくなったので、自宅まで二人で送って行った。「ご馳走するよ! お誕生日だろ?」って言ってくれたけど、さすがにそれはよくないので、遠慮させて貰って、二人の分は僕が払った。


 もう日差しも夕方近くなってきたな。

 僕はマンション棟の入り口で尚を見送って、ニーハイの後ろ姿に(尚、お誕生日おめでとう。今日は楽しかった)って、念を送った。


 明日はまた朝からバイトだぞ。じゃね。



→ みなさま。第2章の読了、ありがとうございました。

  第3章では、超大物のニューキャラが登場し、「昇争奪戦、女の闘い」が静かに開幕します。カクヨム用に校正して、幾日かのうちにアップしたいと思います。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る