第8章 第2話 尚の部屋 +オマケ「全日本直前マッチョカルテ」

~ ベッドに横たわった尚のショーツに手を掛ける ~


3 私はずっと、この部屋にいた。小さいころから過ごしてきた私の部屋。

 子供のころは明るくて広かったのに、大きくなるにつれ、少しずつ、薄暗く、私には窮屈になっていった。大人になってからは特にそう。閉塞感でもう息が詰まりそう。


 本当は、小学校を出て中学に上がった頃から、窓を開いて出ていきたかった。

 昇に連れ出して欲しかった。

 でも、あの頃は、まだまだ私も昇も子供で、特に昇はまだ小っちゃくて、恥ずかしかったし、とてもそんなこと言い出せなかった。当たり前よね。


 高校に入ってからは、少しずつ距離が縮まってきて、まあモタモタはしていたんだけど、あと順番も滅茶苦茶になっちゃたんだけど、ようやくここにきて、足早に繋がり始めた。

 だけど、タイミングってどうしていいか、よく分からなかったの。ただ、なんとなく、雰囲気で、っていうのは避けたかったの。ちゃんとお互い理解して、今がそうだって納得して、したかったの。


 だから、あなたが大人になるまで、二人が大人になるまで待って、そしたら必ず一緒に踏み出すって、決めてたの。

 ずいぶん待たせちゃったみたいで、ほんとにごめんね。でも私も待ってたのよ。


 もう、彼がそこまで来ている。私をここから連れ出しに。明るい外の世界に。

 鍵はかかってないわ。その窓、内側にしか開かないの。そっと押して入ってきて。


 ようこそ‥‥‥待っていたわ。ずっとずっと前から。あなただけを。


 彼は窓を開けて、優しく、でも力強く入ってくる。そのとたん、目の前が白い光で溢れかえる。

 薄い窓ガラスが、パリンと割れる音がして‥‥‥そして私は、彼で満たされた‥‥‥。


 ああ、身体が千切れそう‥‥‥痛い‥‥‥。

 だけどこれは幸せな痛み。私の背中が割れて、赤い血が流れ、柔らかな羽が生えてきて、拡がって乾くまでの、必然の苦痛。新たな羽をはためかせ、光の中に飛び立つ悦びを得るための、当然の代償。


 ああ、でも少しずつ、ほんの少しずつ和らいできた。

 今、私と彼の境目が溶けて、なくなっていく。自分が自分でなくなって、彼と混ざり合って一つになっていく感覚。すごく幸せ。


 でも彼は、とても優しいから、私のこと苦しめたくないから、きっと早く終わらせようと思ってる。‥‥‥いいの。私は大丈夫よ。大丈夫だから。


 私は吐息と声を漏らしながら、彼の髪の毛を狂おしく撫で、彼の身体に脚をきつく巻き付ける。

 どうかこのまま、ずっと離さないで。お願い、最後まで、私の中で。


 ああ。昇、私は、あなたを、

 愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している・・・・・・。


 これまでも、これからもずっと、愛している。


 私はあなたと一緒に生きていきたい。

 私はあなたと一緒に齢を取りたい。


 たとえこの肉体が衰え、滅んでも、私の魂は、永遠に‥‥‥。



 ******



4 翌朝、ホテルを朝8時半に出る。選手集合は朝9時だ。

 ホテルから両国国技館までは、徒歩10分。カートを並べて尚と二人で歩く。


「尚。大丈夫か。痛いんじゃないか」

「うう、痛いわよ」 尚が顔をしかめて答える。

「早く治まるといいな。ウォーキングに影響が出ると困るものな」

「そ、それもこれもあんたのせいでしょ! 昨日あのあと3回も‥‥‥。私、初めてなのに、よくもそんなことしてくれたわね!」 わー、怒ってる。


「うう、そのことは反省しております。ホントにすみません。尚があんまり綺麗で可愛かったものですから、あとからあとから抱きたい気持ちが湧いてきて。以後、気を付けます」 僕も、さすがにここは真摯に謝っておいた。

「‥‥‥ふん、まあいいわよ。あんたもずっと我慢してきたんだもんね。許してあげる。そのかわり、今日は勝つのよ。絶対負けるんじゃないわよ!」

「ひー、できる限りのことはします。隣のラスボスをターゲットに頑張ります」


 ほんと言うと、最後のは、朝6時に目覚めたあと、僕が尚のおでこにおはようのキスしたら、尚がパチっと目を開けて「昇。おはよ」って声かけてきて、頬っぺた赤らめて、眼もうるうるして、あんまり可愛いんで、思わずまた二人でおでこくっつけてイチャイチャしてたら、その、なに、みたいなことになったんで、必ずしも僕だけのせいじゃない。


 ‥‥‥いや、そんな、とても言えません。やっぱ僕のせいです。僕が悪いんです。


「いや、でもさ。俺、今朝、身体がバキバキのキレキレになってて、明らかに自分史上最高の肉体になってるんで驚いたよ。あとカーボアップのせいもあるかもだけど、全体がパンプして大きくなってる。昨日のことで、テストステロン(男性ホルモン 筋肥大と除脂肪に寄与)が大量に分泌されたんじゃないかな」

「きっとそうね。昨日のアレって、だいぶ心身に影響あるみたいだしね。し・か・も、4回分だしねっ!」

「‥‥‥大変申し訳ありません。だけど、それほんとだと思うぞ。お前も顔ツヤツヤになってるし、なんか出てるんじゃないのか」


 確かにその通りで、尚の白い肌は、ほんのり上気して紅に染まり、顔なんかツルツルのピカピカでゆで卵みたいになってる。瞳もちょっと潤んだ感じで、なんだか一見して普通じゃない雰囲気を醸し出してる。


「そうなの。私もびっくりしたんだけど、なんか、こう、心の充実感が身体の表面に溢れ出してる感じなの。なんだろうね、これ」

「女性のことで、正式名称はわからないけど、きっと4回分の『幸せホルモン』とか『お色気ホルモン』が分泌されたんじゃないか。そういうのすごくありそう」

「きっとそうなのね。今日コンテストだし、ステージ映えしそう」

「うん、これから仕上げはこのパターンでお願いします」

「それじゃいつも同じ大会しか出らんないでしょ。バカ、エッチ」

「はは、そうか、そうだな」


 僕たちは、両国国技館南門を入り、長い受付の列を横目に裏口に回り、階段を降りて、「それじゃ、尚、健闘を祈る。一日頑張ろうな」「昇もね。モニターでチェックしてるわよ」って言い合って、周りをキョロキョロしてから、ギュってハグして、ちょっとのつもりが割と長いキスになっちゃったけど、そのあと手を振って別れた。


 さあ、長い一日が始まるぞ。


 仕上げは完璧。どこまでやれるかな?



 ******



第8章 付録 マッチョカルテ

 以下、中立で公正な筋肉の神様判定 小田島昇スペック(18歳 全日本大会時点)


1 ビルダースペック(レベル1~10の十段階 数字は全てパンプ時)

 総合 レベル6(十両上位)

 上腕 37㎝→38㎝(レベル6)

 胸囲 105㎝→108㎝(6)

 尻囲 92㎝→90㎝(5)

 腿囲 55㎝→54㎝(5)

 カーフ(ふくらはぎ) 35㎝→34㎝(4)


2 ストロングポイント フレームのバランスはレベル10 広背筋の張り出し 大胸筋の形 抜群のキレ


3 総評 この2カ月で上半身はかなり良くなりました。

 特に大胸筋のシェイプが四角く綺麗に発達しました。肩の張り出しも大きくなっています。ボディメイクの選手らしいアウトラインに仕上がりました。

 下半身は全く力点をおかなかったので、サイズは微減になりましたが、ナイボはあまり脚を重視しませんので、影響はないでしょう。今回は強化の割り切りがうまく行ったと言えます。

 ナイボでは、もうバルクで見劣りすることはありません。あとはジャッジが、バルク重視なのか、あるいは全体のバランスを取るのかで決まると思います。


 今日は、自分の強みを存分に活かして、頑張ってきて下さい。

 私も期待しています。



→ 読者の皆様、いつも本作をお読み頂き、ありがとうございます。

 二人の恋が成就してよかったです。第1話で切ると、いわゆる朝チュンですが、中途半端に書いて読者様がモヤモヤするのは嫌なので、ちゃんと尚パートも書きました。

 それにしても羨ましい。カップルで出場する選手は、割とこういうことあるんじゃないかと思います。ちなみに、私は、コンテストの前泊で、こんな楽しい思いをしたことは、ただの一度もありません!


 さて、次はいよいよスポ根がクライマックス。全日本大会です。


 それではまた。


 小田島 匠


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