第8章 決戦前夜 大人への階段

第8章 決戦前夜(18歳 初日 11月23日 土曜日)


1 僕と尚は、祝日の夕方、全日本大会の準備をして府中駅に集合し、明日の決戦の舞台、両国国技館へと向かった。

 新宿から総武線に乗り換えて、両国駅から二人でカートを引いて国技館の北門をくぐると、明日の大会の参加者がぞろぞろ歩いているのが見えた。くっついて行って、指定場所で前日受付を済ませ、ゼッケンと参加賞のタオルを受け取る。ナイボの黒いタオル、かっこいい。

 これで明日は、受付の列に並ばなくても、直接控室に入ればいい。混雑緩和のためなんだろうけど、僕らのような前泊組にはありがたい。


 ゼッケンは僕が34番、尚は39番。そして川島さんは33番で僕の隣だ。

 前橋大会の結果を受けてエントリーするので、必然的にこうなる。


2 受付後、尚とカートを並べて、「ホテルファースト両国」に向かう。

 だいぶ冷え込んできた。風が冷たい。思わず尚の手を握りしめる。

 ビルの間に浮かんだ上弦の細い三日月に、宵の明星が寄り添っている。月と金星は仲良しなんだな。


 ホテルファーストは、ずいぶん大きくて立派なホテルだった。知らなかったな。ジャージだとちょっと不釣り合いだったか?

 チェックインを済ませ、12階へ。部屋は尚と続きで取った。さすがにツインで二人で泊まるのは憚(はばか)られたのと、荷物が多くてベッドの上が占領されるため、ちょっと贅沢してツインのシングルユースにした。


 部屋の前で「それじゃ、私、シャワー浴びて着替えてからお邪魔するね」って、尚がさらっと言って、カードをかざしてロックを解除し、隣の部屋に入っていった。‥‥‥やっぱそうなるのか?

 僕は、自室に入って、ベッドの上にカートを置いて荷物を出し、ざっとシャワーを浴びてサッパリした。昨日、尚に紹介して貰った美容師さんにカットしてもらった髪型、やっぱりかっこいいな。要するに横分けなんだけど、なんともオシャレ。さすがプロ。


 シャワーから出たあとは、食料袋(と呼んでいる袋。他に「トレ袋」「男前袋」「漫画袋」などあり)から、バナナとベーグルを取り出して、少量の水でカーボを補充。カーボアップは昨日の午後から開始し、通算9回目。かなりいい感じに体が張ってきている。水分は、前橋での教訓も踏まえて、喉が渇かない程度に摂っている。


 まだ来ないな。一応、歯も磨いとくか。

 歯を磨いた後、カーテンを開け放って窓を鏡にする。決勝用のボクサーパンツを穿いてポーズをとり、身体の各パーツをチェックする。サイズもキレも全く問題ない。とてもいい仕上がりだ。


 そこにチャイムが鳴った。僕は「ちょっと待って」って言いながら迎えに行き、ドアを手前に開いて、尚を中に招き入れた。

 尚は、前橋の時と同じ白Tシャツで、下は多分ビキニなんだろう。裸足だけど、ヒールは持っていない。イヤリングはせず、髪もアップにリボンじゃなくて、ストレート。


「ポーズ練習してたんだ」 窓を見ながら尚が聞いてくる。

「そう。前橋と違って周りがビルで、ちょっと人目が気になるけどな」って言いながら、僕はカーテンを閉めた。

「すごくいい仕上がりに見えるね」

「ああ、前橋より、ワンランク上がった感じだ。尚のおかげだな。ありがとうな」

「ほんとに胸よくなったわね。大胸筋下部と腹筋の段差がはっきり出てるわよ」


 尚はそう言って、僕の胸に手をおき、ひとしきり撫でたあと、背中に手を回して抱き着き、そして、上目遣いになって、僕の目をじっと見つめてきた。尚の栗色の綺麗な瞳に、僕の目が映り込んでいる。


「昇。お誕生日おめでとう。今日から大人なんだね」

「ありがとう。ようやく二人とも大人になったんだな」

「待たせちゃった?」

「うん、ずっと我慢してた。苦しかった。今日は悪さしてもいいのか?」

「‥‥‥いいわよ。そのつもりで来たの」


「だけど俺、今日ゴム持ってきてないぜ。なんか期待してたみたいで嫌だろ?」

「ちゃ、ちゃんと調べたわよ。今日は大丈夫よ。それに‥‥‥初めてなのに、昇との間に何か挟まるの、私、嫌だもん」

「うん、俺もそうだな」


「もしできちゃったら、私、生むよ。私と昇の子なら絶対すっごく可愛いよ」

「いいな。それも幸せそうだ」

「私、働くからさ。昇は赤ちゃんのお世話手伝いながら、勉強しなよ」

「勉強って、司法試験?」

「愛する家族のために、さっさと受かって弁護士になるのよ」

「お、鬼嫁‥‥‥」


 僕と尚は、おでこをくっつけて、くすくす笑って、そして僕はピンクのルージュを引いた尚の唇にそっと口づけた。尚も僕の首に手を回して、抱きついてくる。

 僕たちは、ここまでかかった長い時間を埋め合わせるように、お互いが強く求め合い、絡みあって、長く、深く、激しい口づけを交わした。


 ******


 どのくらいそうしていただろうか、僕はきつく抱きしめていた両腕を緩め、尚の身体を離した。

 尚が細い吐息を漏らして、そして恥ずかしそうに眼を伏せて、僕の胸におでこを付けてきた。

 僕は、尚のTシャツに手を回して脱がせ、尚が両手を上にあげて、それを手伝ってくれる。‥‥‥が、これには驚いた。


「ビキニ着てなかったのか?」

「うん、どうせ脱いじゃうし。私の裸の胸、見たかったでしょ?」って言いながら、尚は雪のように白い顔から肩から胸まで赤く染めて、でも羞恥に耐えかねたのか、両腕を組んで胸を隠してしまった。


「いや、お前、気持ちは嬉しいんだが、それじゃ見えないだろう」

「だってー、思い切ってやってみたら、やっぱり恥ずかしかったのよー!」

「じゃ、どうすりゃいいんだよ?」

「電気消してーっ!」

「そしたら余計見えないだろ?」

「消してーっ!」


「しょうがないな。じゃ、灯り落としてちょっと離れたとこから見るから、それまでそっちの陰に入ってろ」って言って、僕はチェアを持った。

 尚は、胸を両手で隠してあっちを向き、前かがみになり、顔だけこっちに向けて「うう」とか言って、恨みがましい目をしている。なんで恨まれるのか、ワケわかんない。


 僕はチェアをベッドの間に置き、サイドテーブルのダイヤルで光量を落とした。

「はい、用意できたぞ。と言っても、『はいそうですか』って見せられるものじゃないだろうから、一声かけるぞ。フロントポーズなら自信もって、条件反射的にできるだろ。俺は、尚がポーズ取ってから目を開けるからな」

「‥‥‥うう、なんとかやってみる」


 僕は、チェアに座り、「それでは女子ガールズクラス決勝審査。選手入場です!」と声をかけ、目をつぶった。尚が入場してきて、目の前で止まった気配がした。


「それではまいります。フロントポーズ!」

 尚が、スッと、ポーズを取った音がしたので、僕は静かに目を開いた‥‥‥。


 目の前に広がっていたのは、想像を大きく超えた、神々しいような情景だった。

 薄闇の中に、尚のシルエットが綺麗に浮かび上がり、横から当たるライトが、尚の真っ白な裸体の陰影を柔らかく刻んでいる。

 口元には優しい笑みを浮かべ、右手は腰に、左手は中空にしなやかに伸ばして、長い指を上品に反り返らせてピタっと止めている。脚は揃えずに左膝をわずかに前に出して少し内側に入れている。


 広い肩幅から、殆ど極限まで絞った細いウエストへ綺麗なVシェイプを描き、そこからまた肩幅と同等の腰へ優美な曲線が描かれ、さらにそこから長い脚がスラリと伸びている。

 そして、陶器のように白く、丸い、豊かな乳房は、全くのシンメトリー(左右対称)。

 淡い桜色の先端も綺麗。これは、もう完全な造形美だ。


「どう?」 ポーズを取ったまま、尚が僕に聞いてくる。

「‥‥‥驚いた。言葉が出ない。前にも言ったけど、これはもう女神の領域だ。というか、ミロのヴィーナスも、ここまでじゃないように思う。明日のための究極の仕上げということもあるけど、これは生きている人間が辿り着けるほぼ限界の肉体じゃないのか」


「そ、それって、褒めてるの?」

「いや、もちろん褒めてるんだが‥‥‥なんか全然エッチな感じがしないんだよな。かといってスポーツライクでもない。いうなれば『芸術鑑賞』って感じ?」


「そんなの嫌ー。ちゃんとエッチに見てー!」

「まあ、そう言うな。後で触ったら絶対エッチな気持ちになるって。‥‥‥しかし、ここまで来ると、その申し訳程度のショーツ、ないほうがバランスよくないか。そこだけなんかすごく無理やりで不自然な感じがするぞ」

「な、なに言ってんの! バカ、エッチ!」

「はは、だからエッチじゃないんだって。まあ、さすがに脱いでくれなんて言わないよ。ショーツは俺がやんないとダメだろ。さてと」


 僕は、チェアを立って尚に近づき、両肩に手を置いて胸元に引き付けた。

「もう少し見てたい気もするけどな。だけど俺も随分待ったし‥‥‥」と耳元で言い、続けて「そろそろ‥‥‥いただきます」ってささやいて、「ヨッ」っと、お姫様抱っこで尚を持ち上げた。

 尚が僕の首に手を回して強く抱きついてくる。尚の裸の胸が僕の胸に押し付けられる。尚の体温が伝わってくる。とても暖かくて、柔らかい。


 僕は、空いた方のベッドの上に、尚をやさしく横たえた。

 陶器を伏せたような白い乳房が薄いライトに照らされ、起伏が綺麗に浮かび上がっている。

 尚は、仰向けになって、両手を少し開いてベッドの上に伸ばし、片膝を少し立てている。横を向いて、目をつぶって、口をギュっと閉じて、僕を待っている。白い肌は、もう耳まで真っ赤に染まっている。


 そりゃ怖いよな。初めてなんだもんな。本当はもっと見ていたいけど、尚が覚悟決めてガチガチになってるんだ、あんまり時間かけちゃ可哀そうだよな。


 僕はベッドサイドから静かに尚に重なり、そっと抱きしめながら、尚の首筋に唇を這わせた。

 尚は、思わず細い吐息と声を漏らし、赤銅色に日焼けして筋肉が盛り上がった僕の背中に、滑らかで真っ白な腕を絡め、きつく抱きしめてきた。


 そうして、僕は、ショーツの結び目に手をかけた。


                         ~ 続く ~


 

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