⑰ハンターさん
白く丈夫な手袋に包まれた、初老のオッサンのゴツゴツしい中指の先。怪しく鈍く光るのは、刃渡り10センチに満たない小さな、しかし確実な殺意だった。
――仕込みナイフ!?
豹変した空気にざわつき出す周囲の人々。だがまるで悲鳴は上がらなかった。目の前に突如発生した命のやりとりに、みんなが選んだのは驚愕だった。恐怖を持っていたのは私だけだった。
モチロン、当の本人達も氷のように落ち着いていた。
「……どうしたんですか急に、上官? アルツ何とかにでも成りました? 」
「髪と脳は比例して溶けねーんだよクソガキ。視線下ろせ、くりぬくぞ」
「じゃあどうして?」
「…………外の二人は何だ?」
町長のその言葉は、私に電流を走らせた。えっ、と思わず出そうになった声を咳払いで誤魔化しながら、周囲にバレないよう視線だけを向けた。チクリの可能性があったガラン君のほうにそっと向けた。
しかし結果は想定したとおり、怪訝そうな表情を浮かべ左右に首を振る、何故か自分はバケモノだと思っていないゴリラだけがそこに居た。
可能性はゼロ。つまり遠く離れた最前列から、この初老はアレに気付いたというのだ。
「……ああ、気にしないで良いですよ。"仲間" なんで」
「そりゃ "テメーの" だろ?、早すぎると思ったんだ。国から退去説得してこいとでも言われたか? お手が上手くなったじゃねーかチワワ」
「待ても教えてくれなかったハゲタカに言われたかないですね、」
「、……あ?」
「――良いですよ、ココでも」
鼻をつまみ目を背け、そんな行動を思わず取ってしまうほど、むせかえるような殺気が二人からにじみ出す。ダメだ、これ以上は。ガラン君には悪いケド、今ココで――
意を決して、口を開こうとした。その時だった。
「ノイマン!」
キャンプを囲む茂みの上の方、私たちの知らない声が、男の名前を強く叫んだ。
「良いだろう、もう。はっきり話してしまえ!」
強めの、を通り越して高圧的な口ぶりで現れたのは、白地に緑のラインが走る、修道士のような格好をしたサニー・エルフ
アップバンクにした銀髪を後ろでまとめ、その特徴的な長い耳を目立たせている。
だがそれどころじゃなかった。シャープなアゴに高い鼻、本来の
格好も風貌も、すべてが絵本。そんな御尊体。しかし彼は木の葉や泥にまみれながら、眉間にしわを寄せ、不機嫌を隠さず歪めた唇と、なんともまぁゼイタクな使い方をしていた。
(ッ、?、ウッソだろ!?)
(助けてくれ……)
(コレもう差別ですよね、)
もう妬みすら起きない、ぼそぼそと死にかけの溜息をこぼしだす周囲の男たち。そんなムードもつゆ知らず、後ろからもう一人、森を掻き分けて人影は現れた。
「おいおい勝手に出んなよサーシャ! まだなんだゼ? 合図は」
暗褐色の肌、丸く大きな耳、ヤニに支配された充血気味の黄色いタレ目。
三徹の口ひげと、テキトーに掻き上げた黒髪に、ヤベー博士とかが付けてるグルグルスコープ。トドメと言わんばかりに右手に携えられた、異常に口の大きな銃剣。
工場作業からそのまま抜け出してきたような、そこら中に汚れのついた藍色の作業服の上から、緑色の鳥類?を思わせるマントを一枚。
腰やら肩やら背中やら、そこら中から荷物をぶら下げて、ずいぶんとガチャガチャと、実にやかましい足取りで歩いてくる。
荒くれでトンチキで、技術と才能の不法投棄常習犯。まさに私たちのよく知る、"ハンター" の姿がそこにあった。
「おい分かるぞ!! オマエら今、俺の顔見て安心したロ!!」
ほっと胸をなで下ろした男達を見て、彼は途端に切れ散らかした。
「しょうがないだろ、コレの後にソレだぞ」
そう言って一人がエルフと彼を順番に指差す。刺された彼は迷わず中指を立てる。
「全くヒドいもんだぜ、なぁ? コレだから田舎モンは」
「ああそうだな、ヒゲくらい剃ったらどうだ」
「俺かよ矢印は。味方してくれヤ!」
「断る。あとあまり寄るな、顔が歪む」
「なんだとテメェ!! キレたぜこのヤロウ、男性ホルモン濃厚接触のお時間ダ!」
無精ヒゲのアゴを押しつけようとする男を、不機嫌な表情のまま押しのけようとするイケメンエルフ。勝手に現れて勝手にケンカしだした二人に戸惑う周囲の中、町長は溜息を一つ落とした。
「……オイ、」
ナイフを首から外すと、そのままさっきまで殺そうとしていた相手に目配せをした。
「は、ハイ」
ギャアギャアとわめき続ける二人を、何故か渦中だったハズの優男がいさめに向かった。
「ハイどうどう、止まろうね二人とも~、ケンカはよくないぞ~。今日は何しに来たのかな~」
「訊いてくれリーダー! コイツ自分の顔が良いからっていっつもこうさ! この前だって見たロ! せっかくバーで良い感じになったレディ全員かっ攫いやがってよ。しかも全員帰らせるし!」
「ノイマン! コイツのだらしなさは何なんだ! リーダーたるキサマが注意しておくべきじゃないのか? こういった "常識" を躾けないからくだらない偏見が一層じょ――
強火でそのままアゴと手を押し付け合いながら、せっかく止めに来たリーダーにマシンガンのように言い立てる二人。
思ったよりも似てるなコイツら……私含めた周りがそう思い出した頃、義務教育をムチと鉛と拳骨で終えた兵士の拳は、横の幹に打ち付けられた。
[バキッ!! メキメキメキメキ……]
「「ひゅっ、……」」
けたましい自然の壊れる音に続いて、ヒナのような小さな悲鳴が、青ざめた二人の口から漏れ出す。
縮こまった二人の前、片手一本で木をへし折った
「……もっかい聴くぞ~ガキ共、何しに来たのかな?」
「て、てあぶりざーくを斃しに来ましたであります!」
「お、同じく! ツヴァイシーをモンスターから守りに来たであります!」
ガキども……ね、
あどけなさ、違和感すら感じる、震えきった声での二人の敬礼。見届けると、彼の背中から滲み続けていた殺気は、ようやく収まっていくように見えた。
「よろしい! 次やったらおやつヌキだからね!」
「「え~~」」
「背骨もヌキだからね」
「「ハイ……」」
前言撤回。おさまってなかった。
「あ、収まりました!」
元の顔に戻った、と言っても私たちからは見えなかったナニカから戻ったノイマンは、コチラにヘラヘラと笑いながら振り向く。いやはやすごいねサギシってのは、どこらたへんが収まったのかしら。
「ご苦労。さぁもどってこい、処刑の続きだ」
「了解ッ!」
「「戻るな!!」」
身体に刻みつけられた本能に従い、何故か処刑台にリードも無しで戻ろうとした元奴隷。まるで機械のように返された身体を、目の前でぎこちなく敬礼していた二人は慌てて取り押さえた。
「で、誰だソイツら、」
すりむいたアゴを手で軽くなでながら、地面から起き上がる彼へ
「ハンターのっ、と、仲間ですよ、一人じゃ、ムリですからね。ホラ、」
垂れてきた血に少し苦戦し、押さえながら、彼は自分に覆い被さっていた二人を町長につまみ出した。
「アレクサンドル・イグナーチェフだ。魔法なら任せろ、」
「聴きたいか?、そうさ、キミッヒだ。おい! よぉく覚えとけ?ブサイク共。この俺様こそ――」
「聴いてねーよブサイク、」
「なんだそのポーズは、だせぇぞ!」
「何だとテメェ!!」
そう言ってすぐに群衆の元へ殴り込んでいった男には意を介さず、町長は再びノイマンの前に立った。
「……見えねーな」
「何がです?」
「監視する目的も、知性もだ」
「あ”?」
「キレないの。事実でしょ、」
ドスを利かせて睨み付けたサーシャを、まるで来客に威嚇するペットに対してそうするように、押さえつけるノイマン。
「……隊長が分からないのも理解します。見てませんし」
「じゃ、何見てたんだよ」
「何って。あはは……」
彼は軽く笑った。
「アハハ」
ヒドく乾いた、声だった。
一瞬だった。
「――ッキサマだッ!! ガラン・ラスタフ!!」
誰が気付くよりも早く、瞬きよりも早く。墨を被ったように豹変した。
彼は全力で振りかぶると、突如として何かを投げつけた。
ギラッと、ほんの数コンマだけ鈍く光った手元。間違いなく、ソレは間違いなく殺意だった。真っ直ぐと純粋さすら感じる軌道でそのまま、音も立てず飛んでいった。
飛んで、飛んで、飛んで、――飛んで!
[パンッ!]
鳴らした。一つ、鈍い、破裂音を。
思い切り鳴らした。
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