⑲とても残酷

「フッ!、ぐっ!」


 力みが音をともなって、鎧の中から転び出る。持つだけで震えそうな鋭く重い金属の切っ先は、何度も何度も空を切る。空を突く。空を刺す。


 空を、舞っていた。


「……何これ」

「空だな、全部」


 どこか冷めた視線の老人が、コチラを見ずに続ける。そうだ。空だ。その全てが "空" だった。手応えも何もない、無意味にすら思え、むなしさすら覚える。そんな一方的な応酬に、いつしか漏れ出る声には焦りが見え始めてた。


 金属に包まれても尚、ひしひしと怒りや覇気が伝わる男とは対局に、向けられる側の男の態度という奴は、顔も足取りも、実に軽やかなものだった。


 なんというか、バカバカしさすら感じた。


「どうした僕、朝ご飯食べたのか?」


『うわ、しょうもな!』 と、今一番味方のポジションに居る私ですら口にしてしまいそうなジョークを挟む余裕ぶりで、大男はひょうひょうと、ふりかかる殺意をかわしていた。


「なんで打たない!」


 しびれを切らしたのか、とうとう仮面は声を震わせて叫んだ。

 そうだ、彼の言うとおり、ガラン君は躱すばかりで、まるで攻撃というのを目論む動きというのがなかった。


「なんでって……恨みがあるのはキミだろ?、ボクには理由がない」

「けっ、決闘だぞ!?」

「そう思ってるの、キミだけだぞ、」


 淡泊に、少し呆れ気味に言い放った彼の顔に、"冷徹" だとか "無慈悲" だとか、そんなゴ大層な感情は見えない。ただ事務作業をこなすように、それこそ、日付を間違えた書類をシュレッダーに掛けるような、そんな実につまらない顔をしていた。


「……ッ、!、――ッ、!!、っ。」


 声は聞こえない。鎧はその場で震えた。複雑な、言葉にしようのない感情の濁流に呑まれて、ただ打ち震えているようだった。


「……辛辣、」


 飛び上がって、悲鳴まで上げて、あれだけ必死になってたってのに、どうだい。

 いよいよ自分でも信じられないような感情を、気がつけばポツリ、私は口にしていた。


「ま、しゃーねーわな」


 再び町長が続けてくる。温度は相変わらず低いままジッと二人を見つめてこそ居れども、その瞳にはどこか、憐憫の色が籠もっていた。


「……知ってたの?」

「まぁそらな、"血染めの暴風" "バルカムスの絶望"、"ブリーズィーベンの赫嵐雲" 、ガラン・ラスタフの名は、人よっちゃ失神するね」

「血染めって……何やったのさアイツ。てか多いね、何個あんの?、」

「知らねーな、まぁ行くとこ行くとこ厄災起こしてきたんだろ、どれかは知ってるはずだぜ。よっぽどのヨソ者でもなけりゃ、な」


 そう言って町長は目を隣にやる。つられて目を向けるとそこには、信じられないモノを見た顔で凍り付く、二人の若人の顔が在った。


 今まで自分たちがバケモノか何かだと思っていた、というよりまぁ世間一般に見ればまごうことなきバケモノである、説教一つで木を殴り倒す自分たちのリーダー。

 それが手も足も出ない。意味不明な目の前の現実に、ただ口を開けて凍り付くことしかできない二人の顔だけがあった。


「ババァが拾ったって聞いたときは俺も震えたぜ、まさか本物だとはな」

「そんなになんだ。あんま見えないケド、」

「そら、貴様から見ればな……」

「?、」


 私から見れば?、どういうことだろう。意味も意図もつながらないので、とりあえずなんか考えてるふりをする。頭をぐいと捻ってみる。


「……てか町長はさ、怒んないの?」


 駄目だ、わかんなかった。


「……別に。戦いだからな、」


 少し黙りこくった後、コチラを見ずに応える町長。そうじゃないコトなんてわかりきってたのに。なんで訊いちゃうかな、バカだな、ホントに。


「……あのババァが白旗振った時点で、な。勝ち目はねーよ」

「そっか、ゴメン。私……」

「気にするな。あのイカレ電気ニワトリが現れたこの状況、むしろ千載一遇だったぜ」

「そ、そっか。」

「ああ、というか俺的にはむしろだな、レヴァンヌ女史よ、キサマこそ――

  

[ガイィィン!]


 町長が初めて私の方を見て、何かを問おうとしたそのとき、意識の離れていた前方から、遂に "空" 以外の音が響いた。

 驚いて前を向く。しかし、描かれていたのははある種、想像通りの光景だった。


「がっ、ぐぅ……」


 痛々しい悲鳴にも似たうめき声が、ヘルメットからこぼれる。

 強く、強く握りしめられていた彼のレイピアはその先端、大男のクマのような手で握りしめられていた。


「なッ、動けぇ!! クソが!!」


 なりふり構わず両手で柄を掴んでは、体重を掛けて振りほどこうとするノイマン。しかしびくともしない。眉すら動かさず目の前の男はハンターの全体重を、片手で文字通りねじ伏せていた。


「ほぉ、バレリア鋼か……なかなかだな」


 TもPもOも致命的にズレた論評をぼそぼそと口にしては、男はソレを更に顔に近づけて、まじまじと見つめている。


「コッチを見ろ!! 畜生! 戦え!! ラスタフ!!」

「あ~~もう、わかったわかった、」


 涙すら混じった男の懇願にやれやれと彼は手を離す。急すぎる解放に足下がガチャガチャと、少しよろけた。その直後だった。


 [ばきゃッ]


 何かが踏み潰された音が一つだけ。


 そのまま、音を立てて鎧は、その場から消滅した。



「が、ぁhあ!!」


 痛々しい咽びが聞こえる、なぜか背後から聞こえる。音を立ててミシミシと、岩でも落ちてきたかのような木々の断末魔すら聞こえてくる。


「の、ノイマン"!」

「リーダー!」


 横からもう完全に涙味となった若い声が二つ響いて、そのまま咽びの元へと駆けていく。私はもう何も動けなかった。


「……は”、はnれrお。おまェ r」


 発音もろくに出来ない声のありかを細めで覗く。そこにはぼんやりと、地面に倒れ伏す鎧と、根元からひしゃげた銀色の楊枝が一本だけ見えた。


「もう止めてくれ! 死んぢゃ、死んでしまうぞ!」

「勘弁してくれ! 故郷守るって言うから来たんだぜ俺たちゃよ! 処刑 観に来た覚えはねぇよ!」


「どkぇ、そんn、あ”ッ!――、…………あ、」


 必死に訴える二人を何とかどけようとしていたボロボロの瞳が、すっと。何かに気付いたかのように上を見つめる。光を失う。気付いた二人もとっさに後ろを振り向く。


 ずしり、ずしり。音よりも重い力を踏み鳴らし、大男が迫ってきていた。さも冷めた表情で、何の構えもせず、ただ捉え損ねた、己の縄張りに愚かにも侵入した子ネズミの首をひねってやるため。


「……どうした、"決闘" なんだろう?」


 満身創痍で横たわる血まみれのくず鉄に、落ち着き払った声で、わかりきった問いを投げ捨てる。殺意なんてみじんも入っていないその声には、とびきりの鬱陶しさと、少し、なだめる心もこもっていた。


 不器用だな、と思う。


 私の耳でようやく、その声の真意をくみ取れる男の声は、普通に文字だけ読めば、むしろ煽っている様にしか聞こえなかった。

 現に見てみればどうだい。泣きじゃくっていたはずの二人はどこからか、歪な木製の、ツルが巻き付いた長杖と、紫に光る包丁くらいのサバイバルナイフを取り出しているじゃないか。


「おっ、乱入か?」

「悪いなダンナ、育ち悪くってよ、」

「気にするな、俺も悪い」

「私もだ、軍人サマのいうプライドなど知らんのだ」

「……無いよ、そんなモン」


 ガラン君には見えていたのだろう。きっと。

 二人の、震えきったヒザを、すくみきった足を。それでも、立ち塞がった覚悟を。


 それからは一瞬だった。


 ほんの少しの間、力ない喧噪があって。それから――


 数分後、地面には、テントのヒモで芋虫みたいにふん縛られた三人と、それの目の前、手をパンパンと払いながら、立ち尽くす大男があった。


「アーダメだ、クソ、悪いなリーダー。攻撃ボタン押せた気すらしねぇや」

「魔法無しは……チョット…、私にはキツイ」


 ふてくされるイケメンと、虫の息からロバの息くらいには戻ってきた優男の息。まだ喋るお調子者。


 諦めを通り越して悟り気味の三人に、ガラン君はヒザを付き、目線を合わす。


「ハンターの役割分担ぐらい知ってるさ」

「「ああ?」」

「戦闘員じゃないだろ、君ら。ケンカ慣れしてなさ過ぎる」


「「……ぐぅ、」」


 手も足も出なかったキミッヒの下、開始一秒で杖を取られて頭を打たれ、それだけで弱々しい悲鳴を漏らしたイケメンが下唇を噛んでいた。


「さて、三人とも。諦めたか?」

「…………ああ、」

「ヨシ! 復習なんてしてたって始まらんからな。共にテアを討とうではないか!」


 力ない返事一つがあって、その途端。

 目の前で熟練のハンター三人を文字通り子供扱いしていたバケモノじみた男は、元のサンタローザ農家ガラン君に戻った。本当に戻ってしまった。


 口調自体に何か変わりがあったわけじゃない。ノイマン達みたいに号哭していたワケでもない。ケド、何か変わったと間違いなく気付いた。元に戻ったと、ほっと安心できた。


 自分で縛ったヒモに苦戦しながら、捉えた三人を解放するガラン君。ソレを見るノイマンの瞳にももう――、


 もう?


『戻ってない!!!』


 叫ぼうと思った。その瞬間だった。


 天空から一つ、漆黒の影。


 油断しきっていた男の背中を、三つ叉の槍となってつんざいた。

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