㉘空を謠うものたち

「武器ですか?、一応、謡空属ヴァーツの方が居ると聞いて、ソレを持ってきましたが……」


 返答こそすれど、彼の顔には確かに疑問符が滲んだ。

 どうやら彼は見たことがないらしい。私たちの戦い方を。

 そういえばガラン君も驚いてたな最初。ここら辺、飛んでる子って、結構 珍しいのかな?


 壁の向こうでのやりとりを思い出しながら、サーシャに案内されるまま私はテントとは違う、罠や弾薬など、入りきらない物を置いていた所へ向かう。


「こ、コチラです……」


 サーシャはそう言って、多くの箱の中から一つだけ黒いアタッシュケースを取り出す。デザイン性が強く、大体バットが入るくらいのその箱は、無骨な軍人や奇特なハンターの持ち物にしては、かなり目立つ代物だった。


 躊躇せず私が馴れた手つきで箱を開けると、中には深い紅で染められた布の包みが一つ。それも丁寧にほどいてやると、やがて、一本の大きな縦笛が顔をみせた。


「わ、すごい! ガチのヤツだよコレ!」


 思わず感嘆が飛び出す。素人ながら息をのむ。私の気持ちに風を通したソレは、いくつかの穴が開いた黒色の本体に、銀の金具がそこら中に取り付けられたクラシックの縦笛。手に取ってみると予想通り、ソレはこの世の物とは思えない程の軽さをしていた。


「本当に武器なんですか?、……どう見ても楽器、クラリネット? にしか――」


 生まれて初めて手に取る、今までカタログでしか見たことのない本物を前に少しはしゃぎ気味だった私の横より、サーシャは訝しむようにのぞき込んでくる。


 ――クラリネット、ね。


「合ってるよ、せーかいせーかい」

「え、合ってるんです!?、でも、確かに武具屋の謡空属はコレが良いと!」

「うん。だってほとんどの子はクラリネット使うし」


「は、はぁ!?」


 手にした縦笛の指触りや運指の押さえ、金具タンポの取り付けを確認しながらシレッと口にする私に、サーシャは驚きを隠せない。


「ぴー~ぃっ、」


 指元を確認しながら一度、音を鳴らす。

 何も起きない。ただ風が吹いた気がして。それだけだった。


「ぴーローッ、ホッ」


 今度は音を三つ。するとベルから出た音色は形を持った。

 三日月で型取りされた、独特の淡い緑の煙。ミシリと物理法則に爪を立てるソレの振る舞いを、確かめるように見ていた私とは対象的に、サーシャはただ、口をぽかんと開けて突っ立っていた。


戦笛バトレフラウ、キミのソレと一緒だよ。見たことくらいあるっしょ?」


 彼は目を細めソレをしばらく凝視した後、首をかしげてしまった。


「アレ?、じゃあ音属性は?」

「……ウワサ程度になら、」

「ウワサ程度、か。」


 どうやら自分が思っているよりも謡空属のハンターは少ないらしい。自由な翼に鋭い鉤爪、桁外れの聴覚に10を超える視力。。適任だと思うんだケド、


「私たちは普通の魔法は使えない。火を吹いたり、水を出したり、それこそ雷落としたり……」

「えっ、そうなんです?」

「そうそう、けどその代わり、"音属性" っていう魔法を使う」

「……音属性、」

「そそ。笛やリュート、太鼓……珍しいのだとチェンバロとか。本来言葉でするはずの精霊との対話や魔力の調節を、音楽でやっちゃうの」


 うなずきながらも少し困ったように口をモゴつかせる。多分ホントに触れたことのない話なんだろう。


「ま、深く考えなくて良いよ。呪文の代わりに笛吹くと思っといてくれれば」

「そ、そうですか……」

「うん。……ところで、センリツはどこ?、」


 さも当然のように投げかけた私の問いに、彼は困り眉で首をかしげ、苦笑いした。


「旋律?、スミマセン。私は音楽はからっきしで……」

「あぁいや、だよ。セットじゃなかった?」


 不自然な笑顔を作って、彼は再び首をかしげる。


「なんかさ、こーアレ、辞書みたいなヤツ、」


 首の角度が深くなる。一生懸命 記憶を探っているのか、額に汗がしたたる。


「マジか!、どうしょっかね?」

「……重要な物でしょうか?」


「魔導書?、みたいなモンだよ。買うとき訊かれなかった?」


 私の言葉にサーシャは、一瞬ハッとして、再び考え込んでしまう。腕を組み、顔をしかめ、冷や汗を垂らし数秒。絞り出すようにしてようやく、小さな声でぽそぽそと、しゃがみ込んでは話し出した。


「そういえば……店を出るとき、変なカツラを被った謡空属の男にしつこく声を掛けられたような……」

「何て言ってた?」

「おまえ笛を買ったな、見せろって」

「断っちゃった?、」

「……断っちゃいました、」


「ありゃ~~」


「す、スイマセンスイマセン! 私どうしたら――」

「あー大丈夫大丈夫。どーせ店先でキャッチーやるヤツってロクなの居ないし」

「あ、そうなんですね……へへへ、」


 早とちりして取り乱すサーシャの頭を、どこからともなく湧いてきた姉心でワシャワシャと撫でる。


 成人?、してないとは思うケド、十分成熟したイケメンの頭撫でるってどうなんだ。そんな懸念が一瞬頭をよぎる。

 しかし当の本人が、見えない尻尾が見え出すくらいにうれしそうにしてるので、まぁ多分大丈夫、だと思う。

 

 初対面時のトゲトゲしさは、まるで鳴りを潜めている。朗らかで、柔らかい。私がミテナちゃんを抱っこしてたとき辺りから、優しさとは違う。なんだろう。

 

 ……この子はいくつなんだろ、ミテナちゃんのパターンがあるからな……


「――それで、どうしましょう?、今からでもライフル隊に入られますか?」


 まじまじと見つめるも束の間、スグに緩んだ表情を元に戻したサーシャが訊いてくる。


「あー大丈夫だよ、覚えてる曲がないわけじゃないし」

「ホントですか?、すごい!」

「ま、まぁアレだよ? サポートに専念することになるけど……むしろ安全になったっていうか――まぁ、結果オーライ!ってことで」


 眉間にしわを寄せていた初対面の冷たいイメージからは想像も付かない、丸い目から送られた真っ直ぐな賞賛。

 絆されたか、それとも照れ隠しか。自分でもよく分からないまま、ガラにもなくハイタッチなんかせがんでしまった。


「い、いえーい!、い?」


 よく分からないタイミングで出された両翼に、彼は慣れない手つきで手を合わしてくる。

 ぎこちないなりに精一杯明るくライトアップされた笑顔は、ほのかに暗がりを照らしては、不安を払拭してくれた。


 ――そうだ。大丈夫だ。


 そもそも戦闘に参加できること自体想定外だ。そう考えれば遙かにプラスではある。

 サーシャの装備を見るに戦闘員じゃない。一人くらい前線で援護に全振りしたヤツが居た方がラクだろう。


 ……それに、いざとなれば。


 太ももに付けていたポーチを少しだけ開き、確かに "在る" ことを確認する。


 歪にねじれた、鈍く輝く黒曜の塊。そう、龍の角笛。


 ――ナメンなよ、静電気強いニワトリ風情、いざとなったらコレ吹いてオシマイにしてやる。首をひねって千切ってポン!だ。ぽん!


 前回の記憶は無い。けど、前回があることは解る。少なくともこの全身に、今なお残るナワのような火傷跡が物語っている。

 仮にモンスターの仕業なら、ガラン君にも残ってるはずだからね。


「一応隠しとこ……」


 一人でにそう呟いては、武具の最終点検を再開していたサーシャの目の前、所狭しと転がるバーゲン後の装備箱に手を伸ばす。

 皆が思い思いの物を引っ張っていったせいで、切れ端やガラクタばかり。でも私にはソレの方がありがたいから。


「何か付けられます?」

「あーまー一応ね、あのサクランボゴリラも大変そうだし。お、コレなんていいじゃん。スカートっぽい!」


 適当に見繕った鎧の端を、そのままスカートや胸当てのように、外套と下着だけだった身体に充ててみる。


 朱のラインで不思議な模様が描かれた黄色のソレは、恐らくモンスターの素材で創られた物だった。

 金属を充てたところで身体に刺さるだけだろうし、感電はゴメンだからこっちの方が良いと思う。素人的に。


「どう、踊り子みたいじゃん?」

「ええ、よくお似合いですよ」

「……でしょう?、やっぱりね」


 どこぞのマッチョメンと違い、彼は照れ一つ無い顔をコチラを向け、微笑んだ。


 戦律を覚えてるって言ったときより遙かにタンパクなリアクションに、私は口をとがらせて大人しく一人、装飾品を背中で縛る作業に入った。


「無理は、なさらないでくださいね、」


 逸らしていた視線の先、背中を引っ張るように突然、彼はそんなコトを口にするのだった。

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