㉗おそろいカラス
ソレはミテナだった。小さく、私の股下くらいしかない背丈で、コチラを見上げていた。
無邪気な笑顔にも関わらず、恐ろしさを感じるほどの美貌に息を固まる私の手を勝手に取ると、彼女はコチラに何かを押しつけてきた。
「ホぃ、き!」
漆黒で、布団のようにボリュームのあるマント、手触りは完全に鳥類のソレ――
「ん?、アレ、着てたヤツじゃん! いいの?」
「モンデネ! ぅ、お、……オソロイ!」
彼女はそう言って、背中からもう一枚ソレを取り出し羽織る。
途端、溶け込むかのように黒羽が彼女をすっぽりと包んだ。そして、目の前にはあのとき同様、超至近距離でコチラを見つめる、絶世の美女が姿を顕した。
目の前で突然豹変した幼女に固まる私の手から、彼女はその黒羽の絨毯を取り上げてしまう。
そして広げ、ふわりと、そのまま私にかぶせた。
「待て!! ミテナッ!!!」
影に包まれた視界の向こう、どこか遠くで制止の叫びが聞こえた気がして。
その数秒後、私は突然、灼熱に放り込まれてしまった。
「熱っっづッ!」
――熱い! 熱い! 何コレ!?、釜!?
上から覆い被さったカラスの影にくるまれて、思わず私は声を荒げた。
なんだこの服!?、服?、え、服だよね!?、
あり得ない、異常だ。保温性だけじゃ説明どころか入門もムリだ。
雪こそ降らねど今日の気温も元気に一桁をたたき出すツヴァイシー、それも山中で、今私はこの外套一枚に焼き殺されそうなっている。
戦う? とんでもない! 動くどころか呼吸すらままならない。ヘタに吸うと肺が焼けちゃう!、てか助けて、死ぬ!
「おい!どうした!?」
絶叫しながらうずくまりその場に倒れ伏す。明らかに異常な光景に戸惑う声がチラチラと聞こえる。ダメだ答えれない。ノドが、動かせない……
「そのまま着せてどうするバカ!」
背中、サーシャの怒鳴り声が聞こえたかと思うと、突然、世界に光が差し込み、顔には涼しの慈雨が降った。
「ハァ、ハァ……あ、助かった。え、何今の!?、」
鳥類が出してはいけない量の汗と雨を混ぜながら、周囲を見渡す。
たんこぶを作りもだえるミテナ、その襟首を掴んで青筋を立てるサーシャ。土下座するキミッヒ。その全てを無視して、とりあえずゴツゴツの金属から差し出された水筒に口を付ける。
……ナルホド、さっぱり分からないや。
「え、何!?、なんで今死にかけたの?」
「すまねぇ!、まさか躊躇なく着せるとは……」
キミッヒが割れる勢いで頭を地面に叩きつける。いや、多分割れたなこの音。
「え、いや別に――ていうか謝る前にコレ!、脱ぎたいんだけど?」
「すまねぇ!」
ほどき方が解らず服を引っ張る私に、彼はもう一度頭を地面に叩きつける。
「だから良いって!、血ぃ出てるし!! それに今も熱すぎて……」
「大変、申し訳ございません!!」
私の訴えを彼は聞いてくれない。しかし謝罪は仰々しさを増す。血が吹き出し水音がやかましくなってもこすり、叩きつけられた頭で、彼はとうとう倒立してしまった。
「このとおり!」
「いやどのとおり……っすごいねソレ!、どうなってんの!?」
「得意技です!」
そう叫んだ彼の頭を、サーシャは躊躇なく蹴り飛ばし、そして本人も頭を深々と下げた。
「え、は?」
「その、その外套は本来、寒さに弱いミテナのため、キミッヒと私で創った特注品なんだ」
「へぇ、は、はぁ」
「その……西方の島にいた古き夜王禽を丸々一羽使って、それから紅蓮の鉱石を練り込んで私の魔法で糸にした後――
「説明長いよ!、つまり?」
「の、呪われてる系のを改造した、わたしたちの自信作です……」
「なんッ、!、んん、!?。ええ~~~、」
指をモジモジとさせながら視線をずらすサーシャの顔に、歯ぎしりが止まらなかった。クソっ、殴りたいし怒鳴りたい。そんな危ないモン、なんで子供に持たせてるんだ! って言ってやりたい。
……けど、気力が無い。ノドもない。
「……脱げる条件は?」
「ま、魔力を吸って生きてるので、無くなったら勝手に取れ、ます」
「今はムリってコトね、」
「……ハイ、」
もう一度、彼は頭を下げた。頭から地面に突き刺さって動かない褐色と、たんこぶが腫れてきて泣きじゃくる美女の首根っこごと、自分の頭を地面に押しつけた。
言葉とか条件、提起がない。只ひたすら周囲を気にせず土下座の一本勝負。のクセ詰められると目をそらす。
多分だけど、ミテナどころか――
色々 察してしまった。でも私は大人だから、お姉さんだから。これ以上、頭に血を上らせると死んじゃうから。
ハァ、と一回だけ、思い切り溜息を吐いた。
「もういいよ。どうせ防具ないしコレしか……え、あるよね?、多少は?」
「そ、ソレはモチロン! ライフルも通しませんし雪崩にすら耐えれます!」
「おおおっけおっけヤベーけど、ならいーや」
これ以上訊くと長くなりそうな気配を感じて話を切る。そしてそそくさと私は、外套以外の身につけていた物をかたっぱじから脱ぎ始めた。
「そんなに熱いのか?」
棄てられた衣服を拾い集めながら、ガラン君が尋ねてくる。
「そりゃね、この子裸のワケ解ったよ。羽毛がある分、私じゃもう拷問、」
「ご、ごうもん……」
「そうそう……って! 何想像してんのさ!」
張り上げた剣幕で、最期の一枚を、照れ隠しも込めて彼の顔に叩きつける。
「何を……ってオイ!」
ソレはブラジャーだった。顔を真っ赤にしつつもしまわずに、彼は目をそらしながら震えて。それから、ただ目を隠しながら、私にソレを押し返そうとしてきた。
「ダメ?、正直 下も限界なんだけど……」
「ダメだ! ラインを越えてる!」
「けち、」
「露出狂に言われたくない!」
顔を真っ赤に叫ぶ青年。さっきとは偉い違いだ。
……正直、そんなでもない。
下は……流石にムリだけど、上は隠しだしたのが100年経ったかそれくらい。
大半がおしゃれ目的だ。暖かい地域とかだと全然ブラだけのヒトとかいる。ビーチとか連れてったら死にそうだなコイツ。
でもまぁ、いいもんは見れたかな。
「しょうがないね、」
そう言って手を出す。わざとそのままだと届かない距離までに止めて。
「そ、そうだ。それで、頼むッ、」
彼はついぞ視線を私に合わせなかった。
必死に紅くなった顔を隠しながら古い下着をコチラへと、震える手でわなわなと差し出した。
「ありがと、」
わざとらしくそう言って受け取ると、彼は回れ右して背中を向けた。
見られたくないならそう言えばいいのに。
心の底から思ったケド言わなかった言葉は、少しだけ近くなった背中にフッと吹きかけて、それで終わりにした。
「どうでしょう?、」
額からドクドクと血を垂れ流しながら、サーシャが尋ねてくる。
「まぁ確かにまだ熱いかな」
「切ります?、スリットとか入れると多少はマシになりますよ?」
「いや、これ以上は危ないから良いよ、特にアイツ」
そう言って情けなく中腰で小刻みに震える男の背中を指差した。
「そうですか……」
「大丈夫だよ、どうせもっと寒くなんでしょ?」
「ええ、まぁそれは……」
「後は脚は要らないから……武器ってある?、」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます