㉖配属先

「え~~そっち!?、私ソッチなの!?」


 全員が覚悟も準備も終え、背には規格外のライフを背負う。テントから少し離れた広場、一人 翼をはやした少女は喚いていた。


「飛べる、耐える、戦える。適材適所じゃないですか!」

「ぎぃぃぃぃッッ!、誰も急かしに来ねぇのそういうことかよ!?」


 地面にうなだれながら叫ぶ口が、際限なく悪くなっていく。汚れを無視して草を掴む翼を、再びヘルムを被ったノイマンがなだめてくる。

 オイオイなんだってんだい、辞令だした張本人が何を慰めるって言うんだい。サイコパスだねコイツ、間違いない。きっと、きっとそうさ。


 テアを倒す算段の説明をするときに彼は言った。

 普通の弾は効かない。磁石でくっ付けてバリアを剥がすと。そして、剥がした隙に撃ち落とし、そこから決戦だと。


 そう、私の分のライフルは無かった。この不法入国者の自称学生もとい新人郵便配達ガールアンヌ様は、この作戦において "決戦" を担当するということなのだ。


 正直、嫌な予感はしていたよ。わたしたち空を飛ぶ種属にとって、銃で隠れて撃つなんて非効率極まりないから。相手が小さければ持ち上げて落とせば良いし、大きくてももっと上から物を落とせばいい。


 にも、にも関わらず、ノイマンが連れてきた最高戦力は、羽の生えた絶世の美女(9さい)だ。残り二人がサポートと後方だってコトを考えれば、当然、似たような立ち位置の私がソコに配置されることは察せたんだ。


 あのかわいそうな者を見る目はそういうことか……クソッ!、てっきりオヒメサマ扱いされたのかと思ったのに。何だよオマエら、良いのかい? うら若き少女が一歩前に死地へと向かうんだよ?、


 下唇を噛みながら精一杯のぶりっこであたりを見合わす。誰も目線を逸らさない。達観した顔で、このあとどうなるかわかりきった顔で私を見て微笑む。


 ……ああ良いだろうよ。そらね、老若男女軍人だもんね君ら。頭のネジには火薬が詰めてあるんだった。クソッタレ!


「どうしたんだアンヌ、ずいぶんと物怖じするじゃないか。余裕そうだったのに」

「馴れない皮肉は止めときなよ坊や。私のスカートを搾ればいくらでもキミの涙が採れるんだよ?」

「……少し荒くないか?」


 彼は口をとがらせ、目尻を下げる。コレでも礼儀正しくしていた お口に、今更 生えた八重歯を見つけてしまう。

 

 それがどうした。あおり運転にはクラクションと中指、そらから灰皿のシャワーで応える派の私だ。警察なんて呼ばないよ、無免許と未成年飲酒がバレちゃうからね、


「何を今更、知ってたんだろう?」

「……ああ、そういうことか」


 そう、ガラン君は、彼は確かにそう呼んだ。と。本人ですら忘却寸前のその名前を。

 とうの昔に、記憶ごと念入りに棄てた。隣町のゴミステーションに早朝、ズタズタに切り刻んで灰にして丁寧に土と混ぜてから、棄てたハズのゴミ袋。

 ソコに入れといたハズの、その名を呼んだんだ。


「、……必ず話してもらうよ」

「モチロン、もとより、そのつもりさ」


 含みのある回答をした後、彼は一度咳払いをする。

 先ほどまではめていた物とは違う、刺々しい赤銅色をした金属製の籠手をはめていた。

 靴もどこか私たちに似た、黄金色の鱗に包まれた物に変わっていた。


 服は変わりなかった。そりゃそうだ、もとより殺すつもりだった男の採寸なんてしてないだろうし。


 ライフルも背負っていなかった。

 ありがたいことにヨソ者同士、死に場所くらい一緒にしてもらえるらしい。


 私は最期に彼の顔を見た。どうせこれから先はヘルムに包まれて見えないから。


 金色の髪をポマードで固めたアップバンク。真っ直ぐに高くスッと伸びた鼻筋に、ほどよく日焼けした小麦粉みたいな肌。不思議な形をした鍵みたいに縮れた耳、彫りこそ深いがブラウンの瞳は大きく真っ直ぐで、とても軍人とは思えない純真さが宿ってる。


 色素の薄い唇の両端が少しだけ上がり、眉は細く眠たげに落ちる。


 模範回答じゃない。近づくだけで過呼吸起こすレベルのバケモノとその通訳を見た後だ。ソレは断言できる。

 けど私が教師ならこの子には 95点とオマケの5点をあげるだろう。そんな傲慢さとあどけなさが同居する、一度近づいたら攫われて、そのまま共依存してしまう。


 彼はそんな顔だ。

 ムカつくことに、悔しいことに、誠に大変不本意ながら。

 私は、そんな顔と見つめ合っている。


 クソ!、笑うな。もっと照れたりしろ! なんだその見透かしたような顔は。言っとくけど顔じゃないからね男は。


 ――正直、言ってやりたいコトも、訊きたいコトもたくさんある。けど、この男は言った。"後でな、" って、言ってくれた。


 ――だったら、


「てい。」


 あからさまに不機嫌な顔と声で、"ぼす" と一回、その不必要に堅い腹筋を叩く。


「どうした?」

「別に。」

「なんだソレは、」


 意味も無く叩かれたお腹をさする男の肩に、ポンと音を出し手を置いて。



「あーーーー!!死にたくねーーー!!」



 思いっきり叫んだ。思いっきり。思いっきりだった。


 彼も、周りも、皆ぽかんとしていた。

 一人満足した私だけが、ケラケラと笑っては、彼の背中を続けざまにバシバシとなんども叩いた。


「あ、アンヌ?」


 思わずよろけて尋ねてくる顔に、勝ち誇ったような顔を浮かべて。

 合わせてくれた視線を良いことに、そのガチガチの髪をぐちゃぐちゃにしてやる。


「よし!」


 ベトベトになった手で二、三回、自分の頬をパンパンと叩く。

 誰にも訊かれず只一人、ずけずけと歩き出す。


「ど、ドコに?」 

「別に。見てくるだけだよ、このまま防御力ゼロはきついしね、」


 そう言って一人、再びテントへと向かった。


「ちまね!!」


 せっかくなんか格好よく踏み出した手を、ぱしりと掴む手が一つ。


「うひッ、何!?」

「ん!きぃ!」

「キー?」


 

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