㉕強いドラゴンがでた

「強いドラゴンが出た。」


 何の脈絡も無い独り言。字面だけ見ればそうとしか受け取れないが、確かに叩かれた肩の違和感に振り返る。


 そこには珍しく、相当険しい顔つきをしたガラン君がいた。


「え、イキナリどーしたの? あ、いや! 盗ってない! 盗ってないからね!?」


 思わずクセで誤魔化したケド、彼の表情は暗いままだ。ホントにどうしたんだろう。おなか痛い?


「強いドラゴンがでた。キミは――どんな姿を思い浮かべる?」

「え、たとえ話?、まぁそりゃ堅い鱗に大きなツノ、鋭い爪牙――」

「それだけか?」

「ああいや――火とかは吹くんじゃない?」


「それだけ……か?」


「え、何さ。なんでそんな――」


 訳が分からなかった。


 首をかしげた。瞬間だった。


は! それだけだと思っていた!」


 突然質問されて、応えて、何故か今こうして、両肩をつかまれ、押さえ込まれ、突然投げつけられた怒鳴り声は、今までのどんな仕事よりも背筋が震えた。


 声デカいよ、身体もデカいんだからさ、せめてもうちょっと小さい生き物にいたわりをもって接しなよ。だから村の子達に怖がられるんだよ?


 ぽつぽつと冗談が泡だって、口に出来ずに消えていく。


 何も言えない。ただ見つめることしか出来ない。


 それほどにまで目の前の男の顔は、恐怖と不安に囚われ、歪んでいた。今にも泣いてしまいそうだった。

 愛犬の冷たさを抱きしめて、生まれて初めて "死" を全身で浴びた子供のような貌だった。


 ――ゴメンね、例外わたしたちじゃなかったね、


 そうだ。

 そうだった。


 この人だってそうだ。私の知らない戦場ひにちじょうは確かに歩んできたとは言え、ソレはあくまでもココじゃないドコか、遠くのお話だった。


 ぐいと、思い切り抱き寄せる。いつぞやの強引な仲直りのように。強く、強引に彼の背丈を私の胸まで縮め込む。羽根で包む。


「こんなつもりじゃなかった」

「うん、」

「もっと、もっと――壁の向こうはマシだと、自然はヒトよりマシだとッ、」

「うん。」

「テントをオオカミたちに襲撃されて、雷に撃たれて――、アレがだと、確信してた、! 逃げきったと。コレで終わるって……」

「そっか。」


「聴いてない! 聴いてない! 聴きたくない! クソッ、なんだよ、雷を纏ってバリアって……バカじゃねーのか!?、映画に毒された小学生ですらもうちょっとマシだ!」



「あはは……そーだよね、いかれてるよね」


 歯が何度かガチガチと音を鳴らす。

 今まで何とか塞ぎ止めていたそれが、もう限界だと悲鳴を上げている。



「……ずっと、頑張ってきた。」


 声色が変わった。


 微細な変化に気づけた耳をよせ、そのままもう一度 抱きしめる手に力を籠める。

 一度だけバレないよう深呼吸をする。強く、強く、これから彼の口が止まらない事を確信して、何を聴いてもこの手を話さないと覚悟を決める。決める。決めてやる。


「……うん、大丈夫だよ。」


 察していたのだろう。

 けど、それでも、もう、あふれてしまうのだろう。


 お姉さんの精一杯のやせ我慢をもう一度強く抱き寄せて、大きな坊やは小さな声で、思い出をぽろぽろとこぼし始めた。


「ガマンするのが、得意だった」


「へぇ、えらいじゃん。ん、偉いのか?」

「褒めてくれたんだ。父さんも、母さんも、兄さんも……だからいろんな事をガマンしたんだ。遊ぶこと、寝ること、休むこと、おなかが空くこと、おもちゃを買うこと、いつしかソレが普通になった。普通に、できたんだ」

「ナルホド……そんで軍人さんだ?」


「うん、それが一番、後に内乱まで起こすような国で、貧乏な農家が人権を得るには手っ取り早かったから……」

「うん。」

「憧れなんて無かったさ、運動は誰よりも出来たけど、ヒト殴るのがそもそも好きじゃない。銃のメンテなんかやってる暇があったら数独やってたかった、」

「意外とインドア?」

「そうさ、だから入った後も肉体労働からなんとか逃げたくてアレコレ考えたさ、どうやってラクしてやろうって、」


「……の割には強いよね?、立場もケッコー上だったしさ」

「割とすぐ気付いたからね。自分が他より丈夫なことも、実力でねじ伏せるのが一番速いことも」

「へぇ~~へへっ、ソッスカ……」


「……後悔はしてないよ。素敵な仲間にもたくさん会えたし、家族も喜んでくれた。"お腹いっぱい" ってのがなんなのかも解ったし」

「そ、そう? てかさ、大丈夫なの? そんなに大事な人達 置きっぱにしてこっち来ちゃって、」


「え、ああ、大丈夫さ。どうせ彼処になんて寝ちゃいないからね」


「……ゴメン、無神経だった」

「別に。気にしちゃいないさ、」


 家族の為に生きてきた奴が、そんなわけねーじゃん。と、反省しながらも、何も言えることも無く口ごもる。

 相変わらず語彙力がないケド、多分そういうことじゃない。こういう特に限って、あぁ、お姉さんどころか、家族すらも未経験なのが響いてくる。


「うん。がんばったもんね、」


 ただ私なりに、思ったよりもずっと小さくて、ずっと情けない男の背中から、決して消える事ない震えが少しでも拭えたら。

 そんな一心ですりすりと、買う金も持たないクセして、薬でも塗るみたいに、撫でてやる。ソレしか出来ないから。


「キミは……」

「え、何?」


「なんで震えてないんだ、」

「私はホラ、職業柄と言いますか……」

「馴れちゃダメだろ。こんなの」

「いやいや、馴れなきゃダメだって。死んじゃう死んじゃう。私がホームレスだった理由知ってる?魚に撃たれたんだよお腹、」

「……イカれてる。」

「ナハハ、そりゃそうだよ、イカレてなきゃあんな仕事しませんって」


 ポンポンと、言い聞かせるように頭を撫でる。ふふ、なんだい。子供みたいなのと言ってくれるじゃないか。


「強いなキミは、――僕なんかよりもずっと」

「うえぇ!?、冗談は止したまえよキミぃ、ヒトの着ぐるみ着たゴリラのくせに」

「ゴリラか……、ハハ」


 お、笑った。


「そうだよ!?、まったくカンベンシテヨネー、嫁のもらい手がなくなっちゃう!」


「………………、」


 え、黙った? 黙っちゃった。ちょっと乗ってよ! 恥ずかしいじゃんか何かさ! 、ね?、


「ちょっとぉ!?、何か言ったらどうだねガラン君!」


 耐えられなくなって思わず大きめの声で掛けた言葉、彼は何を返すでもなく、突然鳥かごから飛び出した。

 目を点にして、どこかキョトンとした後、深呼吸を一回。憑きものが取れたような満面の笑みで、コチラを向いた。


「ようやく、呼んでくれたな」


 呼ぶ?、あ~~、?、あ――ッ、


 あ、名前……!


「気にしてた?」


「ああ、気にしてたともさ!」

「ゴメンって。でもソッチも悪いんだからね、あんな幼い子相手に発情して――」

「発情って言うな! 後、アレはズルだろう!、キミだって鼻の下伸ばしてたじゃないか!」

「なぁ!、仕方ないでしょうよあんな近づかれたら! 髪からなんか良い匂いするしさ!」


 くだらない。実にくだらない。

 実に空虚で情けない口論はしばらく続く。

 そして――気がつくと笑ってた。


「……そろそろだね、行かなくちゃ」


 ひとしきり笑った後、少し滲んだ涙をこすりながら。


「ああ、そうだね。皆待ってる」


 ひとしきり笑った後、暴れて痛いおなかを必死に押さえながら。


 テントの出口に目を合わせて、並び立つ。

 ぽんと一回、お互い背を叩く。


「終わったら肉食べよ、思いっきり高いヤツ。いいね、ガラン君」


「ああ、解ってるともさ――はちゃんと、僕の分も残してくれよ」


「?、今度?、」


「何でも無いよ、じゃぁ、先に行ってる。はぐれるなよ――


「え、」


 彼は出て行ってしまった。


「待って……待て! なんでソレを知ってる!?」

「なんでだろうな、」

「待て! おいガラン!……くん、」


 思わず戻ってしまった声も、彼の背中には届かない。

 私がそこから動くには、しばらく、しばらく時間が必要だった。

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