㉔作戦説明

「こほん、」


 もう一度、彼は咳払いをした。


「今回のターゲット、テア。ヤツに普通の戦いは通用しません。纏う雷雲は特殊な地場を生み、普通の銃弾ソレでは跳ね返されます」


「はね……ハッ!?」

「電磁場を纏って居るんです。軽い金属だとそのまま波に集められて押し返されます」

「おし……はぁ? なんでだ。速いんだぞ?」

「えっと……磁石ってありますよね――」


 説明をしようと新しい資料をだしながらも、ノイマンの口角は徐々に歪んでいく。

 彼も思い出したんだろう。この町の人たちは義務教育を受けてない人がほとんどなんだって。


(魔法つかってる……ってこと?)


 モチロン私も! ええハイ。受けてませんよ。受けてませんとも。

 いや、デンジ?何のことやら……とりあえず真横にいた一番まともそうな教育受けてるであろうゴリラに訊いておこうじゃないですか。


 ガラン君はコチラを一瞥した後、見比べるようにあたりを見回した。

 そうだよ、察しが良いじゃないか。私と同レベル……とまでは行かずとも。中々に中々だよ、


「砂鉄 扱い――であってるだろうか」


 彼は最期に町長の顔を覗いた後、私たちにどう説明するか考え込んでいるノイマンへそう問いかけた。

 

 ソレは見事、助け船になったらしい。

 包帯に包んで尚にじみ出るガラン君への敵意に歪んだノイマンの眉は、一瞬、ほんのコマ一枚ばかり、確かに緩んで見えた。


「……ええ。その通りです。テアは自身の電力で渦を創るんです。その力で周囲からの攻撃を阻害しています」


「どう集める? ソレは」

「最初に鉄分の多い川近くなどで砂鉄などを集めるんです」

「で、後は雪だるま方式に膨れ続けて、それが巨大な雲と化す……割と年寄り固体なのかな、アレ」


「いえ、永続ではありません。重くなりすぎたり自身に有害なモノを纏ってしまった場合、自身の放電を止めてリセットすることができます」


「そこを突きたいと?」

「悠長に待ってられません。人工的に起こします」

「……大砲?」

「いや、デカすぎてバレます」

「――――」

「――――」


 言われることなく壇上に上がると、そのまま椅子に腰掛け、私たちを置き去りに、どんどんと話を進めていってしまう二人。

 コチラがテアは磁石! 的な理解で止まっている間にも、彼ら二人はマスや地図をバシバシしては、何やら難しい顔でああでもないこーでもないと舌戦を繰り広げていた。


 ……ゴメン。真面目な話してるとこ悪いんだケド。


 くっそねみぃ。



「――アンヌ!」


 二人から置き去りを食らった私の瞼が、一様に閉じてから数分? 数十分? まぁ兎も角ある程度経った頃。肩をガタガタと大きな手で揺すられる。既に時計の針が固結びとなっていた私の意識は、降りる駅を二つ過ぎたくらい鮮明に戻ってきた。


「ん……はりゃ、終わった?」

「ああ終わった。みんな寝たな流石に」


 そう言ってあたりを見渡す。どこもかしこも頬を張らしたヤツばかりが、私と同じと酔うに瞼をこすっていた。ナハハ、みんなバカ。いえーい


「でしょ?、チミタチむっづいよ話が。もっと おばかにやさしく でしてよ。オバカ多いんだから。アレだよホラ、民守主義?」

「民主主義。あとソレはただの多数決。そしてキミらはバカじゃない。普通に彼、下手くそなんだ」


 意外な言葉だった。口を尖らせる彼に、チョットだけ私は目が開く。


「……アラ、そう?」

「ああ、理解の確認も取らずにすぐ脱線する上、専門用語が多い。そして声がねむい!」

「なはは! もっと言っちゃれ言っちゃれ!」

「ああ言ってやったともさ、『キミ、友達居なかったろ』ってちゃんとね」


「よろしい! ほめて使わす!」

「ハッ!、ありがとうございます!」


 そう言ってわざとらしくした敬礼の右手には、見慣れない包帯があった。多分暴力で解決したなコイツ。


「……で?、できそう?、説明」


 まぁ顔にないならよかろうと、私はそのまま本題に入る。


「ああ、最初からそのつもりさ、人形とか人格豹変のあたりで、数学科の教授みたいな臭いがプンプンしたからね、彼からは」

「助け船じゃなかったの!?」

「地平線まで泳ぎに行くタイプにそんなの不要だよ、ロープ括り付けておしまい」

「ほへータンパクな」

「タンパクなのさ、キミも研究者のケツをぶったたく仕事をするようになったら解るよ、」

「んな日こないってば……」

「そう思ってるヤツの肩こそ叩かれるのさ、――さて!」


 ブツ切りにして立ち上がった後、彼はパンパンと手を叩いては、今なお寝ぼけなまこだった私たちの意識を集めながら壇上に向かう。


 私はただ、最期一瞬ばかり、心からの疲労と苦労がブワッとあふれた彼の顔を反芻していた。


「さて、みんな。待たせて済まない。ここからは僕と彼で協力して説明していこうと思う」


 そう言ってガラン君は左のノイマンに手をやる。少しむすっと、かなりぼろっとしている。なんで包帯増えてるんですかねこの子。


「まず今回のテアだが、巨大なコイルだと思ってくれ」

「コイル?」

「ああ……解るだろうか? 電気で強くなった磁石だ」

「おお、なんとなくは」

「よし、じゃぁ続けよう。彼はその力で自然の砂鉄を自分の周りに集め、グルグル自分を守る鎧として使ってるんだ」

「あ――ハイ、」


 少し雑になったみんなの返事に何かを察するガラン君。後ろのボードに書いてあったテアの周りに、点々をいくつかと矢印を書き足す。


「あ――ハイ!」

「ヨシ! このバリアみたいなの、どうする?、……アンヌ」

「え、アタシ?――ん~~引き剥がす?」


「ああそうだな、でもさっき言ったようにコイツの引き寄せる力はすごく強いんだ。それこそ、銃弾が跳ね返されたり、いや、取り込まれる可能性だってあるだろう」


「え、ああまぁ……え~~ッと、」


 悩み出した私をみて、彼は優しく微笑みかけてくる。多分だけどコレ、最初から応えられないコト前提で当てられたな、


「逆に利用してやるのさ――ホラ、」


 そう言って彼は、横で口をとがらせていた男の背中をぽんと叩く。『出番だぞ』とでも言いたげだった。

「くそっ、あんた俺の兄貴か?」

「はっは、兄さんで頼むよ、」

「死ね」


 下品なポーズを向けながらも、彼の顔に先ほどのような敵意は感じなかった。なんだこの人、気を許すと口が悪くなるタイプか? いやでも、村の仇だし……



「――これから皆さんには、この銃でテアと戦ってもらいます!」


 少し目をつむった後、ノイマンは脇に置いてあった鉄箱の中から、長銃を一丁取り出し、皆に見せた。


 独特の黒いマットな色合いに、そこら中に取り付けられた金具。普通のソレよりも大きく開いた砲口。銃と言うよりもアレだ、楽器にも見える。


「迫撃砲か?」


 ずっと黙っていた町長がようやく呟く。 独り言か質問か、判断が付けられない程度の音量だったソレだが、ノイマンの耳には確かに届いていた。


「――を、狩猟用に魔改造しました。名を "エゴの彗星ダミーハーレー"」

「おー、バカそーなお名前してんな」

「そうです? わりと好きですよ。人間らしくて」

「あ、そう。で? どうなんだ」

「モンスターはヒトに比べると遙かに大きく、用心がない。ので、精度なんかどうでも良いので距離と軽さ全振りです」


「ソレでどうする?」

「コイツを撃ちます」


 彼はそう言うと、続けて銃の下にあった箱からボール?を一つ取り出した。

 鈍銀のソレは彼の手のひらに乗るくらいで、大体一番大きな硬貨くらいの大きさをしていた。


 え……いや、明らかに "撃つ" 大きさじゃないでしょうよ。銃なんて撃ったことないけど解るよ、そこまでバカじゃない。


 念のため周りの顔を確認したケド、案の定、みんな驚くを通り越して引いていた。


「"磁性弾" ――磁石に引っ付く超重い弾です。コイツをテアに撃ち続けることで――

「墜落? ナルホド正気じゃない」

「いえ、耐荷重限界まで軌道に載せることで、テアのコイル機能を絶たせ、疑似脱皮を――

「多い多い! 熟語多いって! うぃーあーろせおぶぎむきょーいく!」

「あ、えーッと……」


 話を聞いていた一人が、再び手を横に振り回す。何故判らないのかが判らないタイプは再び行き詰まってしまうが、何度も脱線はさせまいと、あらかじめ構えていたガラン君が割って入った。


「ある重さまで来たら、テアは鎧を脱ぎ捨てる。その時、少しの間だけ無防備になるんだ。だよな?」


「あ、ああ。そうだ。その一瞬を狙うんです」

「狙う?、狙ってどうする?」


「叩き落とすのさ――オレがな!」


 "バン!ッ" と何かを叩く音と共に、後ろから大きな声。

 全員が振り返るとそこには、背丈を遙かに超える、一撃で戦車を木っ端みじんにしそうな程の巨大なライフルを背負ったキミッヒがいた。


「フフフ、オレのチョリソー・カッターちゃんのハレ舞台だぜ!」


 そう言って彼は、背中の銃口に音を立ててキスをする。うへぇ、とそこら中から響いた悲鳴なんてお構いなしに二、三回。


 あーコレコレ、このヤバさだ。頭のネジどころかモーター違法改造した感じの。これこそハンターってヤツだ。

 高学歴ヤクザのノイマン、イケメンママのサーシャ、中身幼女のミテナ。みんなどこかひねってるけど、どこかマトモで幼い。

 ……物足りないんだ。

 やっぱハンターと言えばこの、話も常識も通じるケド、通じた上でお構いなしに引き千切ってくる異常性がないと。


「キミッヒは立派なハンターだね、」

「ん?どーした嬢ちゃん? モチロンだぜ!」


 思わず緩んだ笑顔に対して、彼は満面の笑みとグーサインを返してくれた。


「その銃はどうするの? ギロチンでも飛ばすの?」

「かぁー惜しい! 」

「アハハ、惜しいんだ」

「ああ、コイツはカミソリワイヤーをパーンしてな? 引けたチキンをブッタ切んのよ! 見物だぜ~~ガガチとかに撃つとな、こう頭から真っ二つににスパーンって! 奥の方分岐して飛んでくの。コレが気持ちーノよ!」


「そうなんだすっげー! ナハハハ!」

「どうした?、なんかツボったか?」


 ハツラツとランマンと、明らかにココではないどこかを見据えてしまっている瞳で、まるでカブトムシを自慢するように裂けたドラゴンのマネをするキミッヒ。

 私はまるで、子供のように笑い転げた。


 明るい二人の周り、引きつって痙攣した笑顔に、これでもかと冷や汗を塗りたくった男達の顔は、そこら中に散らばっていた。


「まぁ、正気かどうかは兎も角、そういうことだ。後は白兵戦になる。理解してくれたか、皆?」

「するワケねーだろ、」

「な!?、じゃあもう一度――」

「お前はもうだめだガリ勉! ラスタフ!」


 元気いっぱいトチ狂う男の通訳を、クソ真面目にトチ狂う男に任せてたところで意味は無い。彼らはココで唯一、狂気と正気を往復できる男を求めた。


「① 敵は磁石。近づくとバリアで八つ裂きにされて死ぬ!

 ② 銃が効かないので重りの磁石をくっ付けて飛べなくする!

 ③ 飛べなくなるとバリアを解く。その一瞬で身体の一部を切断、磁石を狂わせ墜とす!

 ④ 後は再浮上する前にリンチして斃す! 

 ――これで全部だ。オーケー?」


「……自分でまとめてみて、どう思う?」

「絵本みたいで "ステキ" だと思う」

「そっか……」


 皆 黙りこくってしまった。


 白状する。私は正直、そこまでこのハントが、イカれてると思ってない。

 ケドそれは "配達業" という、この地図すら穴だらけの世界であまりにもリスキーな仕事をしていたから、この魑魅魍魎どもに対する抵抗が薄れているからなんだと……だと、思う。

 いや、違う。思ったんじゃない。気付かされたんだ! 彼らのずっと正気じゃないモノに追いやられ続け、やつれてきている顔に。


「理解できずとも受け入れるしか……無いのか」

「諦めろ、配給食と一緒だ。味感じるより飲み込んだ方がいい」

「ではこれより各員戦闘配備につく。銃を支給するから、皆 受け取ったら各自試してみてくれ」


 パンパンと手を叩き、ノイマンが死んだ顔の男達へ発破を掛ける。

 全員、どこか遠くを見つめて、口を開けて、悪く言えば頭悪そうな顔をしている。


 ソレは必死の努力だった。

 最期の抵抗でもあった。


 どれだけ噛んでもかみ切れない、水で突っ込んでも嚥下できない。まるで子供が家の壁に落書きしたような生態をした未知のバケモノとこれから戦う。そんな恐怖を何とか紛らわして、誤魔化してしまおうという気持ちの表れだった。


 それでも逃げる者は一人としていない。ぞろぞろと列を成して、黙々と銃の入った箱へと向かっていく。


 ナルホド、コレが軍人魂というヤツか。


 ふむふむと一人、まるで他人事のように感心する。

 我ながらロクでもない仕事に手を染めていたらしい。心臓くんは毛が生えるどころか羽毛布団でぐっすりだ。



「 "鳥一匹" か。よく言うぜ、クソババァ」


 ぼそりと一人、町長が呟く。


 けれどそのセリフには、大勢の、というかここに居る例外わたしたちを除いた、全員の怨嗟じみた心がこもっていた。


 誰も居なくなったテントの中、一人。私が誰かに促される事はついぞなかった。

 皆、申し訳なさそうな顔を浮かべていた。 いくら飛べるからって、こんなうら若き乙女を巻き込んで――、そんな顔だった。


 ナハハ、いいぞいいぞ、もっとチヤホヤしたくれたまえ。バレンタインに飴ぐらいくれてやるぞオッサンども。

 謎の征服感に悦に浸りながら、放置されたマップや備品を、物珍しさに見物する。そんなときだった。

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