第五楽章 雷鳴に向かって
㉓ひと悶着
「えぇ~、" 皆様、お集まりくださってありがとうございます。こ、子のっ……ハァ。このたびは。スンマセンでした……改めまして。本日、陣頭指揮を執らせていただくヴェルxtう、ゲフッ! 、ゴほ!、……あ"~~、ヴェルナー・ノイマンです。ッ、ッ、はぁッ、」
雨脚が増えた外をよそに、ヒトでごった返すテントの中。直視できないレベルで包帯が巻かれた男は、息も絶え絶えの状態で全員に敬礼した。
そんな死にかけの横には、横の病人に不安そうな表情を向けながら杖を握るサーシャがいる。手には先ほどの木杖を携え、そこから伸びた不思議なツルは、怪しく緑に発光していた。
「テア・ブリザークは世界中の温帯~亜寒帯の山脈や峠、丘などに生息する大型の竜だ。雷雲を束ね周囲の気候を変え、最終的には生態系すら歪めるその影響力は――
元の細い穏やかな目で淡々と語るノイマン。その話はまるで耳に入ってこない。活字の大半を新聞配達の帰りにもらった一冊で覚えた私には、少し単語が難解だってのもあるけど、横のフヤフヤしてるツルが気になって仕方ないのだ。それに――
「サーシャッきゃ、アステァマェズスツコにオすべ」
首の後ろからスッと彼のツタを指差して、被膜が付いた褐色の細腕が伸びてくる。
「ニオ、なお……すつ……回復魔法ってコト?」
「んだ! レアサマアイテもけね!……ビョン、」
「びょ?、びょん!」
少しジェスチャーで搾った情報を元にソレっぽく納得してみるが、やはり解らない。 助けを求めるように腕をたどり顔を覗くと、そこには上にも下にもまつげ特盛りにした、独特のアーモンドアイでコチラをにこやかに見つめる、美しい美少女の顔があった。
勝手にくすねたテントの乾パンをカジる姿すらかわいらしい彼女は、何故か私の背中にしがみついていた。
どける気にはならない。まぁ単純に、こんな美少女に懐かれて嫌な人間いないって言われたらまぁ、そうなんですが。
それ以上に、彼女が "軽すぎる" のだ。
空を飛ぶ種属は軽い。
それ自体は解ってる。背丈が同じくらいのヒューマンやエルフより、私だって10キロは平気で軽い。
……ケド、それどころじゃない。今、私の背中におんぶも必要とせず手足の爪だけで引っ付いてる小さな子は……、ん? 小さな?
「ちっちゃくなってない!?」
しまった! そう気付いて慌てて口を手で塞いでももう遅い。出てしまった言葉は誰もロクに訊いてなかった説明をブッチして、全員の視線を私に向けてしまった。
「あ、いや、チガウンデスヨ……」
右に、左に逸らして、行き場のないので下に逃げた視線のまま呟く。
「ああ気にせず! 丁度 説明したかったんで」
「アレ?、怒ってない?」
パッと前を向くと、少し困り眉で頬をかくノイマンがいた。どうやら戴冠式は行われなかったようで。
「あぁそうそう! この子!、なんで?」
我に返った私はそのまま、後ろの子を抱きかかえると、そのままノイマンに差し出す。
「普段はコッチなんですよアハハ。おいで、ミテナ」
「ん”!」
笑いながら手を出したノイマンに、そう呼ばれた美少女はダミ声で返事一つ。木々を伝うナマケモノのように渡り移っていった。
「と言うわけでサーシャ、お願い」
彼はそう言うと、私がそうやったように、今度はサーシャの前で両手を差し出した。 サーシャもノイマンがそうしたように、両手を差し出す。
「ん”、」
そう軽く再びダミ声をならすと、少女はもう一度ナマケモノのように、手で出来た橋を渡っていった。
サーシャは少女を抱きかかえると、先ほどまでノイマンが喋っていた場所へと向かう。壇上にて羽の生えた子供の姿はどこか、いつぞや取材の手伝いで行った動物園の赤ちゃんお披露目会を思い出したケド、流石に怒られると思って何も言わなかった。
「あ~~コホン、オイ」
「ハイハイ、」
彼は一つ、分かりやすく咳払いをした後、横でカチャカチャと備品をいじっていたキミッヒに声を掛ける。
二つ返事で丸椅子を持って来た彼に「ご苦労」と上から目線で告げた後、腰を掛け、もう一度咳払いをした。
「わんナマゥミテナ! こぃガラもヨロスグ!」
「皆様初めまして。私の名前はミテナと言います」
全員が見守る中、目を軽くこすって、ミテナを名乗る美少女は話し出す。浪々と、どこか高慢さを感じる彼女の声に続いて、まるで記者会見の端に居るようなイントネーションでサーシャは通訳を始めた。
「ジグナシぎら! ノッマんにこあすきゃっど!」
「ノイマンが淹れてくれるココアが好きです。苦手なものは暗い雰囲気です」
彼女の言ってることはおぼろげにも解らない。でもこのヒトの通訳は、どこか曲解が入っているように聞こえる。
「ああhdgdfはえ!+lんsんsつげなjdvj――」
「見ての通り、私はとても幼いです。魔法によって戦う姿を維持しますが、普段はご了承ください」
ほんの一瞬だけ生じた訝しみは、そのまま私のリスニング能力を排水溝に棄ててしまった。もう彼の通訳に頼るしかない。
魔法によって大人になってたってコト?、そんなコトが出来るの?
驚きや興奮よりも、この "未知" からは恐怖の臭いがした。子供の生育的に大丈夫なのだろうか……
「おい、まさか "
「ち、違う! 違う……ハズだ」
唐突に質問を投げたのは町長だった。シロクロ というのが何なのかは解らないけれども、顔色を変えて必死に否定するサーシャ、一瞬どよめいた聴衆の反応、刀を抜く姿勢に入っていたキミッヒとノイマンを見るに、間違いなくロクなもんじゃないらしい。
ええ、つぐみますよ、つぐみますとも。
ええ! 逸らしますよ、逸らしますとも。
職業柄、イヤって程によく見てきたからね、そういう特に誰も求めてない探究心でヒドい目に遭って、帰ってこなくなっちゃうヒト、たくさん、たくさん見てきたからね。
「ハズか、」
「としか言いようがないんだ。私たちに出会う前から、彼女はソレが出来ていたから……」
「濁すじゃねーか、」
「だ、大丈夫だ! 長く居るが私たちはなんともない!」
「んぞハゲ、のぅまどっこサーシャもイズメナ!」
「あへじかしぃ! ば!」
初老の節介が軍人の詰問とかしてきたことに、焦りを覚え必死になっていたサーシャ。
子供ながらに保護者のピンチを察して加勢しようとしたミテナだったが、どうやら相当汚いことを言ったらしい。彼は真っ青になりながらその口を塞ぎ怒鳴った。
「いいよ、別に。」
咳払い一つ。町長は宥めるように呟く。
「あり、k、協力、感謝する……」
「ただし!」
「た、ただし……?」
「、俺はハゲじゃない」
「あ、あぁ。ソンナコトカ……」
「あ?」
「はい!解りました!」
町長は元にもどった。けどハゲだけはどうも違った。そこだけは譲れなかったんだ。きっとそうだ。
……今ミテナは、絶対ハゲって言った。私に向けて "ブス" って言った時もそうだけど、変な言葉ばっか覚えてんなこの子。ホントにいくつなんだろ……
不満げに口をとがらせるミテナを抱きながら、平謝りを続けるサーシャ。その姿は、もう私には、子供に手を焼く母親にしか見えなかった。
「……はぁ、」
疲れた表情を見せるサーシャが、肩ごと溜息を落としては、逃げるように視線をずらす。
先にいた男は、何か諦めたように一瞬、苦笑いを浮かべた後、一度、大きく咳払いをした。
「さて、では作戦説明に移ります」
「んあ! ばだッキャんナすは――
サーシャの腕の中から、まだ何か言おうとミテナが腕を上げる。しかし、途端口を塞がれては、そのままサーシャにテントの外へと連れてかれてしまった。
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