㉙なんのために
「え、どしたの?イキナリ、」
意味が分からないので、とりあえず視線はそのまま。作業もそのまま、聞き返す。
「――我々やツヴァイシーの皆様は、故郷を、居場所を護る為に戦います」
「ああ、そういう……ッて、ガラン君は違うじゃん。てゆーかキミたちも。ノイマンだけじゃなかったっけ? ココ生まれって」
「私たちは、ノイマンに拾われました。彼が死ねばおしまいです。生まれ故郷を見殺しにして生きようとは、彼は思わないでしょう」
「いやいや! おしまいって、んなこと無いでしょうよ、」
「いえ、おしまい なんです」
重く、遮るように、少し出た芽を叩き潰すような、ヒドく強い声だった。
いよいよ振り返ることは出来なくなってしまった。今、彼はどんな顔で私の背中に語りかけているのか。好奇心よりも恐怖心が勝ってしまったのだから。
どういうことだろう。ミテナちゃんもこの子も、なんならキミッヒもヒゲで誤魔化してるけどかなり若い。もしや……いや、もう決戦なんだ。詮索は後で、後で。後で、必ず訊こう。そうしよう。
「……ガラン君は?」
逃げた。あからさまに逃げた。
「顔が割れていますから」
「?、どういう意味?」
「ノイマンのように思っている人間の方が多数派だと言うことです」
「……まぁ、うん」
「両国総死者数 150万人。国の一割の命が散った戦争で "英雄" と呼ばれる程に光り輝いた、そんな男が落とす影の暗さは、想像に難くないでしょう」
何も言い返さず、私は一人下を向いて。
僅か一月にも満たぬ彼とのツヴァイシーでの安寧を思い出す。
彼の靴はおばあちゃんの家隣のオッサンのお下がりだった。大きな町に行けばちゃんとクマさんサイズも売っているだろうに。彼はかたくなに私の風を借りようとはしなかった。いつものように起こす靴擦れを、どこかうれしそうに手当てしていた。
相も変わらずバカなので、そういう気の回し方はてんでしなかった。
とろ火で足下をボヤつかせる後悔に、投げる物もない。背だけをもたげた私に、彼は再び口を開いた。
「――だからこそ、コレはチャンスなんです! 血染めの怪物が救国の英雄となる、最初で最後の試練なんです!」
「……励まされてる?、今」
「あ、いや……その……」
キミは無理に死ぬ必要はない。そう言いたいはずなのに、何故か仲間の未来を共に守ろうと、そう鼓舞するかのような口ぶりへと変わっている。慌てて口をつぐんだ彼の照れ顔を、少しニヤけながら笑ってやる。
「……安心してよ」
もう怖くない。振り向いて、しっかりと目を見て告げる。
「安心。ですか」
「そうさ、ようはココを逃げたら後があるかって話でしょ?、」
「え、まぁ」
「なら大丈夫! 私だってもう、
「残機、ですか……」
「そそ、町長から聞いてない?」
「い、一応。
「違う! 違うよ! 何ソレ!? ダッセェ!!」
「ち、ちがうのですか?」
「違うよ! ……他には?」
「え、あぁ手練れのスリだとか――」
「しっ、しシしてない! もうなにさあのハゲ! むちゃくちゃ言ってる!」
叩いてもないのにボロしか出てこない情報に辟易としながらも、おかげで抽出できたもう一つの情報に安堵する。
町長は、彼らは本当に私の過去を知らない。
ヤクやスリどころじゃない。かすんで見えないはずだから。
……どうやら、
「……只の、宅配だよ」
目をそらしてそう言った。いつも通り、今までもこれからも包み隠してきた情報を。何故か今、目を見て言えなくなっていたことに気付いてしまったから。
「只の宅配が、未踏は越えれませんよ」
「いやいや、案外気楽なモンよ、後半記憶無いけどね、」
「ダメじゃないですか!」
「大丈夫大丈夫、空飛ぶ種属の帰巣本能って強いんだぜ?」
「レヴァンナさん……!」
「家賃がタダだとなおのこと、ね」
「レヴァンナさん……、」
「アンヌでいーよ」
ぶっきらぼうにそう言って、すくりと立ち上がった。これ以上はダメだ。また失望させてしまう情報しかもってない。
「ま、待ってください!」
踏み出したも束の間、踵を返したはずの背から、翼をぐいと引っ張られてしまう。
「え、何?」
「一つだけ……忠告です」
「忠告?」
「……ポーチのソレ、それだけはどうか、使わないでください」
「!、ッ、……」
声はでなかった。バレてたか……、いや、焦んないよ。今更ね。
「やだぁオミトーシって?」
「とぼけないでください! 死にます! お願いです……れ、アンヌさん!」
今にも泣いてしまいそうな、必死な顔だった。
初対面の人間によくもまぁこんな必死に命の大切さを言えるなこの子。きっと素敵な家庭で育ったんだろうな、
「死ぬ?」
「し、死にます!」
「吹かなきゃ死ぬときに吹くんだよ、コレ」
「だ、だとしてもダメです!」
「えーだめ?」
「だ、ダメ! ダメったらダメです!」
翼を両手でギュウと握りしめて、帰ろうとする親を引き留めるような声で懇願してくる。
面白いな、きっともう自分が180 近い冷血の貴公子みたいな見た目だってこと、とっくに忘れちゃってるんだろうな。
「ナハハ! 解ったよ、」
諦めたように笑った私の顔を見て、サーシャの顔は即座に明るくなった。花開くように明るくなった。
その笑顔を確認して、私は前を向いた。
もう振り返らない翼を、サーシャは名残惜しそうにいつまでも掴んでいた。
「どう見えてんのかね?」
不意にそんなコトをいった。サーシャの戸惑いが、手と翼を伝って伝わってきた。
「おと、なで優しい……おねーさん?」
「いいよ、独り言だから。」
……自分よりも強い妹分と、身体のネジが外れたオッサンと、頭のネジが外れた同僚。
恐らくこの、ギリギリアルコールが許されない位の魔法使いは、共感してくれるヒトを探していたんだろう。
私を見て、ようやく狂ってない子がいたと、そう思ったんだろう。
……ゴメンね、狂ってて。
「ねぇ、サーシャ」
「は、はい」
「終わったらご飯に行こう」
「……はい?」
「デパートも行ってみよう」
「え、え?」
「歌劇を見て、ボート漕いで、喫茶店に入って、あの黒いヤツ、珈琲ってのを飲もう」
「え、あ、あの……」
「まぁ、テキトーに並べたからさ。サーシャも考えといてよ。どこに生きたいか」
「え、あ~~~」
まごつくサーシャの足が止まる。しょうがないので少しだけ。大人で優しいおねーさんなので、ちょっとだけ。
「……がに。映画に。行ってみたいです」
「……何観るの?」
「あんの、お姫様がお忍びで――」
「良いじゃん!決まり!」
私は、捕まれてるだけだった翼を振りほどき、サーシャの手を取った。ぐいと引っ張って横並びになって、そのまま走り出した。
「可愛くオメカシして来なよ! その
「は、はい。かわ――ッて、え!?」
「ナハハ。言ったっしょ。耳良いって!」
「いつから――ッ!?」
「秘密!、また今度ね!」
駆け足で前へ向かう。必死に問いただす "彼女" を、ケラケラとからかいながら。
ガラン君たちの影が近づくにつれ、やがて私の翼から、白くか細い手は、名残惜しそうにほどけていった。
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