②風の町
急上昇を終え目を開く。下に広がるは、先ほど道を歩いていたツェーモンドの街並み。夜空に浮かぶ月を思わせるような黄色と藍色を基調にした特徴的な建物と、そこに住むすさまじい量の人だかり。間をまるでミミズのように、所狭しと張り巡らせられた路面電車が走り回っている。
伝統的な街並みを守りながらゴリ押しで発展したこの国一番の大都市は、上空から見てもその爆発するような歪な規模とエネルギーが伝わってきていた。素寒貧の分際で何を言うかと怒られちゃいそうだけど、この景色を見るのにお金を払えと言われたら、みんな喜んで払うと思う。私以外はきっと、
多少の名残 惜しさを感じつつ徐行すれど、やがて街は町になり、路は道になっていく。
モンスターの侵入を防ぐために作られた堀を皮切りに、いよいよレンガづくりの夜景は終わりを告げた。
夜景からわずかにはみ出して伸びた小さな道。三本角の黒牛に小麦袋でも載せて、農夫が一人だけ歩いていた。
ふっふっふ。悪いね農夫、この翼があればすべてが直線距離。量ではかなわないが先にいかせてもらうよ、
聞かれてもいない自慢とともに見せる相手もいないドヤ顔を浮かべながら、私は首からかけていた先ほどの笛を咥える。今度は「ピッ、ピッ」と、軽く、だけ二回鳴らした。
「——活き活きと《Animato》!」
叫ぶと同時に翼を大きく一回羽ばたかせる。すると背後から風がやってきて私の体を包み込んでは、まるでてんとう虫を逃がすときのような優しさで、前方に向かって放り投げた。
空を飛ぶ。それだけのこと。
単純だし必須だし、当たり前だし。けどだからこそソレを助け、より楽に速くするための魔法は、ものすごい量作られてきていた。
陸上生活に適応する中で、難しくなった急発進を可能にする『マッティナータ』、ギアを上げる『アニマート』、他にも高度を保ったり急停止したり色々ある。
ただ魔法って言っても、別に唱えたらそのまま使いたい放題なわけじゃない。食べ放題に行っても食べきれないのと一緒で、当然限度がある。そんなときはこの笛だ。音階の調節もできない小さな魔笛だけど、コレのおかげで自分の魔力をあまり消費せず、自然の魔力を呼んで手伝ってもらうことができちゃうスグレモノなんだ。
世界にはこんなのを使わずに自分の口だけで飛んじゃう人もいる。いるにはいる。しかしそんな、ハンターとか冒険家みたいな、この世のものとは思えない気の触れ方をしたごく一部の人たちじゃないからね、私は。
せっかくの文明開化なんだ。ちょっと出費はかさむケド、これからもジャンジャン頼らせてもらいますよ、ええ。
速度と高度を上げてしばらく。とうに農夫も、いや道すらも見えなくなってしまったころ、前方に一つ、大きな影が見えた。
「げっ、」
どんどん明確になってくるその荒々しくとげとげしいシルエットにいやな声が漏れた。
自分たち鳥類のとは違う赤銅色の鱗と、比較的薄めの膜で形成された固い翼。鱗と甲殻で全身を覆った10mはあろうかという強大な体躯。さっきドラゴンみたいだと自画自賛した自分の足が、ニワトリのつぎはぎに見えてくるような強力な脚。
間違いない、ワイバーンだった。
踏むなり噛むなりそのままぶち当たるなり、時間が経過するにつれどんどん主張の激しくなってきた、前方からの『自分前科あるんすよ』というアピール。
お好きな方法でボロ雑巾にできる鳥一羽ごときに目もくれず向かってくるそれに、不貞腐れながらも回れ右、じゃないや下。私はふらふらと高度を落としていった。
開けた平原ばかりだった地上の中、ようやく見つけた樹木にそのまま掴まり息をひそめる。さっき上げた様子のおかしい人じゃない限り、基本私たち一般人はモンスター相手にはかくれんぼでやり過ごすのが最適解なのだ。
「まったくもってめんどっちいな~、そんな図体デカいんだから雲の上でも飛んでりゃいいのにさぁ、」
食物連鎖も酸素濃度も、何よりこの世界において100メートルが所詮100メートルであることも知らずに口をとがらせる。しかしそんな身の程を慎まないグチに向いたのは、顔面並みの大きさを持つ、縦にまっすぐ線の走った黄色の瞳だった。
ランと光る。怪しく鈍く。こちらの頭と同じ大きさのソレは、木陰からじっとコチラを見据えていたんだ。
「す、す、すぅt、スフォルツァンド プレストぉ!!!!」
思わず叫んだ。ハリケーンに巻き込まれた時や飛行船に衝突しそうになった時にしか使わない緊急脱出、そんなとっておきを叫んでしまった。
瞬間、前方に茂っていた枝々に風穴が開いたかと思うと、うずくまったままの私の体ははるか上空へ、大砲のように吹っ飛ばされてしまった。
「ヤバいヤバいヤバイしんじゃうしんじゃう!! てか笛吹くの忘れちゃった!! うぎぃぃぃ頭いたいぃ”、吐きそうてか吐く! ハいちゃう!」
急変した高度と突然失った大量の魔力、何よりあの衝撃。
全身を駆け巡る千切れかけの細胞たちの悲鳴と、あちらこちらに引っかかった小枝と葉っぱと蜘蛛の巣に悶えながら、私はもう点になったワイバーンに必死の恨み節を飛ばしていた。
「あ"っ!、」
ロクに舵も取れずただ投射運動に身を任すさなか、今更ながら思い出した荷物の存在に慌ててレッグポーチを足で開けてのぞき込んだ。
幸い、いやほんとにラッキーなことになぜか傷一つついてない小包にホッと胸をなでおろしながら、私は前方、予定よりはるかに速く到着してしまった、二つ目の町を見据えた。
「よ、ほ。……ほっ!」
だいぶ疲れのたまった掛け声とともに高度を落とし始めた先、見えたのは風の町、タインフィーアだ。あちこちに大きな風車の立つ、どこかなつかしさを感じる牧歌的な印象の小さな町。ってか村。
標高4000メートル級の山々が連なるハーデルト山脈、その北側の麓に存在するこの町は、かつては山を挟んで存在するブリーズィーベンというもう一つの町もどきの村と共に、宿場町として栄えたらしい。今上空から見た感じは、人間より もこもこ の方が多そうだケド。
「あそこかな、?」
そう呟いた視線の先、黄色の標識が見える。私たち空を飛ぶ種属とはいえ、別に何処にでも着陸して良いわけじゃ無い。飛行船や汽車とちゃんとポートがあるのだ。
飛び立つこと自体は正直どこでもいい、まぁ色々吹っ飛ばさないように開けたところでさえあればの話だけどね。
ただ着地するってなると話が違う。普通に今のご時世、ほとんどの場所には所有者がいて、泥棒との区別がつかなくなってしまうのだ。
「ぴぃー、ぴっ」
今度こそ忘れずに笛を鳴らすと、私は自分の周りに待っていた風が徐々に剥がれていくのを感じながら、その標識がある場所へと降りていった。
「とうちゃくっ!」
カラ元気で決めポーズを取りながら付いた先、地に降りて見渡せど、やはり多いのはもふもふの群ればかり。ヤギか羊か鳥か牛か、それとも知らぬよく分からんのか。ともかくコレでは宿を探すのにも一苦労しそうである。
「すいませ~~ん!、私ぃ、宅配のモノなんですけどぉ~~!!」
悩んだところでどうしようもない。とりあえず目に入った第一村人に向けて、翼を振りながら大声で声を掛けに向かった。
「あれぇ荷物?、飼料を空輸なんてしねぇと思うんだけんどなぁ、」
独特ななまりで口を開いた、麦わら帽子を深くかぶる初老の老人。顔の赤らみから察するに、おそらく昼からゴキゲンのようだ。
フラフラした丸井背中で老人がまたがっているのは、見慣れない白いもふもふの……何?、フクロウ? 三メートルくらいあるから多分モンスターだろう。
とにかく、そんなチョットかわいげのある巨大鳥に乗った彼は、見慣れない翼を持った珍客に、汗を拭いながら首をかしげた。
「あ、いやココがゴールじゃ無くて、宿探してて私」
「あぁナルホド。それなら町ん方いきな、ここ牧場しかねぇから」
「えっ!、牧場?、でも羽の標識が――」
「普段くんのは飛行船とかだからなぁ、観光客向けの。牧場でもねぇと着陸できねぇんだとよ」
「なるほど、ありがとうございます!」
ナゾの敬礼をしながら、私はおじいさんに手を振って、彼の来た道を歩き出した。
『ぎゃくだぜ、オジョウサン』
「んぃ?、あ、ありがとうゴザイマス?」
感謝を伝えようと下野も束の間、明らかにおじいさんの口からはでない甲高い越えに思わず固まる。振り返って見ればどうだ、少し戸惑い気味に笑顔をのぞかせるおじいさんと、目を細めて笑うフクロウもどきがいた。
「この子さ、ヒトの言葉をまねるんだよ」
『気をつけて、オジョウサン』
「賢い子なんですね! 道案内だなんて」
「イヤ、道はそっちであっとるよ、」
「何じゃソレ!、ただのオウム返しか」
賢いのかおバカなのかわからない下のフクロウもどきに、私はたしなめるような視線を送りながら苦笑いする。
「いやいやぁ、コレでも先祖は夜山のハンターさコイツ。こうやってエモノの仲間や弱っている動物の声をマネしておびきだすんだ」
「へ~~そうなんだ……あれ?、そ、そうですか? そうですか……」
なんだい賢いんだねぇ、って待って。弱ってる動物?、え、コワっ!!、何ソレ!! 人間喰ってたって事じゃん!! 気づけ爺さん、アンタ保存食かなんかだと思われてるよ!
フクロウ改めただのバケモノが最期に向けたヒビのような笑顔。あぁくそ、記憶にこびりつきやがった。
羽がブワッと音を立てて隆起し、いつもより多めにポツリ出す鳥肌。私はわざとらしく肩をさすって縮こまった。
ただでさえフクロウは苦手だというのに、ますます怖くなってしまった。多分あれだ、きっとあれだ、私たちの種属の先祖の天敵だったんだ。ゴキブリが怖いようなもんさ、
二度とかかわることはないだろうという決心と、冷や汗たらたらの足取りで、私は町へ向かって逃げるように歩き出すのだった。
思ったより長かった町までの道を抜け、私は今、小洒落たカフェ――の向かいの先のベンチに腰掛け、先ほどの干し肉をかじっていた。
水筒に入った水はさっき通りにあった井戸から組んだ。いいもん、コーヒーなんて苦いだけだよ、何だい何見てるんだいヒューマンのお貴族サマども。そんなに私は惨めかい?、スカートの裾が気になるなら座らなきゃ良いじゃ無いか。そんな黒いドブの煮沸みたいなの、わざわざ飲まなきゃ良いじゃ無いか。
「……仕事しよ、」
大きめのため息を一回、ほとんどできなかった休憩と、なぜか余計に嵩んだ精神的疲労に肩を落としながら、私は次の中継地点とする町の場所を決めるため地図を開いた。
今では珍しい挿絵付きの地図には、特産品の布や糸、そして観光客でにぎわうメインストリートが記されていた。今目の前に移る実際の風景とは、だいぶ違った印象をもたせてくる。
いや、先ほどの牧場に比べれば大きいし、少なくとも喫茶店の前で恨めしそうな目で干し肉片手に水飲んでる貧民に対する白い目が十分ダメージになるほどには居るんだよ?、人。
けど、ケドさぁ、少なくともこの町に来て観光地とは思えないや。なんというか、久しぶりに帰省した時の地元の駅から降りた時のような、「おお~~懐かしい!、」 じゃなくて、「あ~~ハハ、相変わらず寂れてラ、」みたいな。
いや、負け惜しみとかじゃなくてね?
「この調子だとブリーズィーベンも期待できないなぁ、」
次の目的地に少しがっかりとしながら地名に〇をつけた、丁度そのときだった。
――ん?
少しだけ周囲の視線が険しくなった、というか睨まれた。そんな気がした。
まぁ元から良くはないけどね! 、お金のないかわいそうな変な子だと思われてるけどね!
ただ苦笑いだけじゃどうしても押し込むことのできない違和感と疎外感が、ぎゅっとノドのひもを締めた、そんな息のしづらさが残った。
「ヨシッ!、」
一抹の不安をごまかすように明るく気合を入れて、ぐっと立ち上がる。この先どんどん役立たずになるのではないのかと心配な20年前の冊子をポーチに押し込んだら、私はベンチを後にした。
目指すはこの町の西端、山と山の間を駆け抜けるブリーズィーベンまでの一本道に続く扉。
飛びはしない、ここからしばらくは体力を温存しなくちゃならないのだ。なんせって今から通るのは人間の管理が十分に行き届いていない山脈地帯だ。
いくら舗装されてるとはいえモンスターは普通に出るし、飛んだら食べられちゃうから翼に頼らずロッククライミングしなくちゃならない地点だってある。ツェーモンドから来た道とはわけが違う。あくまでも許可されてるだけで、そこは歩道ではないのだ。
少し緊張気味になった足は、往来まばらな通りを再び進み始めた。
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