第二楽章 未踏の地
⑤未踏の地へ
見据える先、雄大な山々。今日からコレを越えていく。ほうと一つ、ため息がこぼれる。
景色だけはいっちょまえだが、中身は魑魅魍魎なんだろう。
あぁ駄目だイヤなものを想像してしまった。消えろ雑念、じゃないや生存本能! ……あれ、消して大丈夫?ソレ、駄目な気がする。
――ヤメだヤメだ! 今の私は頭の悪い観光客、天気予報も忠告も無視して写真を撮って盛り上がるんだ。今のウチ、この景観を楽しんでおこう。
「おはよう! 良い朝だな!」
朝五時ということを知らぬ元気さで、横から声を掛けてきた男。短めのアップバンクに金髪を整え、昨日より更に若返った顔立ち。筋肉質な肉体をボーイスカウトを彷彿とさせる格好で包み、背中には私がそのまま入れそうなリュックを背負っていた。
「おはようございましラスタフ様、元気そうで何より。いや〜月末の家賃に悩まなくて良い側の人間ってのは違うね、すごいキレイな顔だ」
「ラスタフで良いよレヴァンナ君、あと顔はキミの方がキレイさ、ただ、笑顔をもう少し得意になればだがね」
コイツ……分かって言ってるんだろうか、いや多分
「ま、まぁ良いでしょう! さっさと向かおうじゃないですか。ハーデルトでしょハーデルト」
さらりと刺してくるクサいセリフに不本意ながら赤らんだ顔を、隠すように山へ逸らした。わざとらしく指を指しては、いまいちピンときていない天然に向かって右手を出した。
「…………」ぎゅ、
「違うよ! 握手じゃ無くて!! 荷物ちょうだい荷物! 投げるから」
「な、投げる? どうするんだ?」
満面の笑みで手を握り返してきた男の手を払いのけ、その背中のリュックへと手を伸ばす。一切理解できずされるがままの彼だったが、おかまいなしにそのまま奪い取った。クソッ、コレじゃまるで私が思春期みたいじゃないか!
「こうすんの!」
ヤケクソに叫ぶとそのまま巨大なリュックを、"ぶんっ" と勢いよく、空に向かって放り投げた。
[ピィィイイッッッ――――!!]
思い切り強く吹き鳴らしたのは、首から提げていたあの笛だった。
「お
話し声とは違う、霊的なものに訴えかけるような声で、空を舞うリュックに向けてそう叫んだ。
ビュウビュウと風が吹く。早朝のヒトが掃けた道を吹く。せっかくセットしたであろう男の髪も、閉店直前の服屋のシャッターにキラースライドして三枚セットで買ったスカートもお構いなしにバタバタとはためかせ、渦のように鳴ってはリュックへと突撃していくんだ。
「これが、噂に聞いていた "音" の魔法か……」
日差しを厭うように腕で顔を隠しながら、落ちてこずふわふわと空中に浮かぶリュックをのぞき込みながら呟くラスタフ。珍しがるのもムリはない。私が初日から使ってるこの魔法、実は私たちを含む
デフォルトで備わる絶対音感、発達した聴覚、そして何より平均で5オクターブを越える声域。楽器や歌で魔力を研ぎ澄まし精霊を呼び集める事ができる私たちは、純粋な飛行能力や筋力、他の魔法では劣れども、この音属性の魔法で他種属とは一線を画す機動力と万能性を持つ。……泳げないケド、まぁ山だしダイジョウブ。だよね?
「すごいなァ!! なんだコレは!!」
風も落ち着いたのか、浮かび続けるリュックにはしゃぐ彼。ガタイが良いのもあって私より二回りは大きそうだが、そのそぶりは紙芝居の客席に居ても違和感が無い。まぁ、悪い気分ではないので咎めないでおこう。せいぜい楽しんでくれたまえラスタフぼうや。
「ホラ、飛びながら見よ、楽しいゼ?」
そう言ってもう一度手を出す。彼は「あぁ!」と明るく手を握り返してきた。
肉球も、毛も生えてない、節も無い。モチロン鱗も。どうやって繫栄したんだホントこいつラ。ふにふに……ではない、大分がっちりしている、甲殻も鱗もないのに固さがある不思議な感覚。でも生まれて初めて、その大きな手に包まれる感覚は、少しダケむずがゆかった。
「どうした?」
「……なんでも。口と目、閉じといてよね」
「あぁ、了解した」
[ピィィイイッッッ――――!!]
彼が軽くうなずいたのを確認して、笛をもう一度、先ほどと同じく咥えた笛を、強く強く吹き鳴らす。
普段は絶対運ばない自分よりも重いモノを手に、私はギュウと目をつぶった。
そして気合いを入れるように深呼吸を一回、猛禽の目つきで空を
「森を蹴散らして《Fortissimo Mattinata 》!!」
数年ぶりに出したドスの利いた声で叫んだ歌は、無数の羽に鳴って私たちの周りを飛び回り、周りだし、包み込んだ。
うろたえておろつく男と、一気に魔力を持って行かれて目のクマが増えた私。二つの身体はやがて重力を忘れ、上で主人を待ちわびていたリュックとともに、ハーデルトの山へと彗星のように飛び出した。
「すごい……速い!!空が! 町が! 」
「フフン、でしょう、でしょう? そうでしょう!」
「君は、君たちは……いつも、こんな世界を生きてたんだな」
「飛行船には出せないからね、この速度。せっかくだしもっと楽しんでよ」
飛べる。それだけ、
それだけだった。なのにこんな褒められてる。にへへ、すごいなコレ。承認欲求なんてヒナの時の羽と一緒に抜けたと思ってたのに。
思わず口が緩んで、顔もほころんだ。なんというか情けないくらい、この人様の背中ではしゃぐクマみたいな図体した少年の喜びように、恐ろしいくらい心が跳ねてしまうのが分かった。
……ただ待ってほしい。今時速 100キロは出てるんだ。間違いないんだ。ねぇラスタフさん。アナタどうして平気なんだい?
怖くなって聞くに聞けなかった質問がノドを通るよりも早く、翼はぐんぐん加速していく。
早朝特有の、まだ青がにじみ切らない淡い空に撫でられながら、まだあくびの聞こえる町を忘れ、雲を追い抜いて、小麦畑を越えていった。
結局聞けずじまいのまま、ついに私たちは先ほど見た山脈、その麓にまで来てしまっていた。
「ピィィ――ッ、ピッ!」
「落ち葉の
軽く笛を鳴らした後、ある程度 開けた原っぱを見つけてはそう告げた。やがて種を植えたように風の双葉がそこから現れては、私たちを優しく挟み込み、包み込み、そっと地面へ下ろした。
「ハイ、到着!」
「最高だ! ホントにあっという間じゃないか!!」
手放しの賞賛にどや顔を送りつつ、あたりを見渡す。
ココは山の麓、少し歩いてみればどうだ、無数の虎テープと立ち入り禁止の看板達がうじゃうじゃと湧いていた。前方、いまだ平静を装う山の恐ろしい正体を、私たちに訴えかけてきていた。
「流石だなレヴァンナ、私独りでは今頃 前の前の町で、ホテルを考えなければいけなかっただろうに」
「ど、どうも……」
おどろおどろしい警告の数々に思わず脚がすくんでいた私の肩をポンポンとたたく。ナルホドさすがは憲兵サマだ。初めて経験したはずの空も平気っぽいし、どうやら恐怖心の摘出手術を受けているらしい。
「さて、疲れただろう。なれない男の手ではあるが――
「キェェェェッッ!!」「キ"ョオオオオ!!ッ」
――手でではあるが、サンドイッチを作ってきたんだ。合戦前の腹ごしらえ、もしよかったら食べてくれないだろうか?」
山から突如響いたバケモノの叫び声にまるでひるむこと無く、まるで日常の一コマのようにリュックをあさるラスタフ。なんで?心臓に育毛クリーム塗ってあるの?
ひゅぅぅぅぅぅうぅうぅっ、ボト。
叫び声の持ち主だろうか、飛んできた。飛んできちゃった。
どうしよう飛んできちゃったよ、どうすんの!
それは鳥の生首だった。目にした途端、ガスバーナーを当てたプラスチックのように、顔の原型が無茶苦茶になった。嫌悪と恐怖を
ニワトリ?、なんてね冗談だよ、私の胴体より大きいもんね。ゴメンチョット吐きそう。てか吐く。助けて、誰か助けておくれ。
「ゴールデンバジロンか。この頭だと10メートルは堅いな。……あ、それでサンドウィッチの具なんだが――」
「続ける!?、えっ続けちゃうのコレ?、私おかしい?、いやいやいや普通続けないよ!?」
「こういうモノだろう?、」
「どうしたの!、大丈夫!?、遠足で弁当箱の代わりに心臓 忘れてくる子はじめて見たよ!?」
「まぁそう言うな、コレでビビっていてはこの山は越えれんよ」
「そうなの!? あっちゃ~~そうだったか~~いっけねー★、じゃあ話が早いや、ハイ解散解散!」
額をペシリと叩いては、わざとらしくジェスチャーをしながらきびすを返す私。モチロン逃がすわけのない、心臓に針金植毛してる系男子の右手は、肩に強くのしかかった。
「焦ることはないさ、所詮は大きいといってもニワトリじゃないか」
「……っ、縮尺忘れたらライオンも猫でしょうよ、」
「報酬、ほしいだろ?」
「、そりゃそうだけど……」
「安心してくれ、俺が守る」
「――ッ、どっから出てくんのさ、その言葉と自信は!」
あぁ悪かったね、そういう経験がありませんでしてね!!
どうせ言っても通じない悪態をとどめながら、梃子でも剝がせそうにない右手を睨みながら、またまた当たり前のようなツラして吐き出されたくさいセリフに顔をそらす。くそっ首傾げやがったコイツ!、これでお役所勤めでしょ?、顔も性格もこんなんだしサ、
「……いつか絶対背中から刺されると思うよ」
あきらめと少しだけ込めた思いやりを胸に吐き出したため息。振り返った先、あったのは満面の笑み。顔の幼さも相まって、いよいよ子供みたいだった。なんだコイツは。そのうちカブトムシとか自慢してきそうだな、
「ちょうだい、生きてるうちに食べときたいから」
そう呟きながら、彼が手に持っていたバスケットに手を入れる。翼がチクチクして藁が痛い。なんだよ、昨日もだけど今ドキ種族差別なんて流行んないぞ。
適当にとったものを、ヤケクソ気味で何も見ずに口へ放り込んだ。
二、三回、シャクシャクと。ロクなもの食って無いせいでなぜか健康極まりない歯で噛み締める。
味は……ん、ん?、んん! なんだろコレ。食べたことない。
けどなんだコレ!!おいしい! なんかもきゅもきゅしたからたぶん肉! それもだいぶ良いヤツだ。口で嚙み切れたんだから。
「おいしい!!おいしいよラスタフ! ギロチンで脅しながらこんなトコ連れてくるヤツが作ったなんて思えないよ!! なんの肉かわかんないけど、え。人じゃないよね?」
「失礼だな……だがまぁ美味しいか、そうか、それはよかった。残りも食べていいぞ!」
「やったぜ!!一生ついてくぜダンナ!!」
「が、がっつくな。現金な奴だな……」
突如としてバタフライのフォームでバスケットに両手を突っ込む。目の前でわざわざ両手でサンドイッチをつまんでは、アーモンドを渡された小動物のように食べていた女の変貌ぶりに少し引き気味のラスタフ。なんだいどうした?、これだから合コン後の女子会も知らん男は。まぁ、私もないけどね、
味は色々あった。さっきみたいに純粋に肉の味が楽しめる奴から、ゴテイネイに果物まで挟んだヤツやら、缶詰?の魚っぽいのを挟んだヤツとか。ただそのすべてがちゃんと味がついていて、しかも歯で噛み切れて、なんなら栄養が詰まっていた。具材が最後まで詰まっていたんだ。
ホントはもっと味わったりしたかったんだ、それこそ今から死地に挑むわけですし。けど恐ろしいくらい、自分でも怖くなるくらい手も口も止まらなかった。目の前にある "おなか一杯" とかいう得体のしれない感情に、もう少しで手が届きそうな気がしたのかな、いや、わかんないケド。
「んん、ごくっ。んっ……ん~~~おいしかった!! ありがとうございます!!ラスタフさん!!」
「ッ!――。あ、あぁ。どういたしまして。」
最後に水で流し込んだあと、数年ぶりに出た純粋な感謝。何かおかしいところでもあったのかはわからないが、どこかぎこちない返事とともに渡されたのはハンカチだった。
はてなマークを浮かべて首をコテンと傾げた私に、彼は子供をあやすような顔で自分の
「あっ、」
「ん?、えッ何?」
「いや、なんでも……」
何!?、なんだよ!?、えッ、違った?、いやハンカチなんて拭う以外の使い道ないよね?
わざわざ自分から手渡しておいて想定外というリアクションをとった彼、聞き返してみたものも結局最後までアンサーはなかった。言いたいことがあるなら言えばいいのに。
いや、想定外だったのかな、確かに驚いてはいたケド……なんか違う気がする。なんだろう、もっとこう、突然何かが引っ張られたような、つままれたような、気づいたような……ってアレ?、なんでこんな悩んでるんだろう。
自分で自分がよくわからなくなってきた。この考察はやめにしよう。
「……行こう。あまり休んでいると夜になってしまう」
結局興味を無くし切れず、いぶかしむようなジト目を向ける私。彼は一瞬ばかり目があったかと思うと、そのまま踵を返し、魔境へと歩を進めだしてしまった。
分かりやすく逸らされた話題、あれだけ引っかかったというのに、なぜか今更もう一度、戻す気にはなれなかった。
「しっかり守ってよ、」
特に思ってもいない口ぶりで背中に仕事をほっぱりつけては、私は彼の足跡をたどり始めた。
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