㉑よくない顔

 高く真っ直ぐと引かれた鼻に、シャープで小さなアゴ、手紙にキスマーク付けてそうな厚い唇。どこか微睡げで冷たさもある二重にはめられた、仮面と同じ色をした翡翠色の瞳は、見ているコッチをそのまま吸い込んで、捉えてしまいそうな魔力が籠もっていた。


 とんでもない、ホントにとんでもない美しさだ。同性の私も思わず見蕩みとれて、動けなくなっちゃいそうな……息を呑むどころか吸い方まで忘れるほど、美しい人だった。


 それから、


 それから……


 それから――ッ、


 ツバにノドを鳴らして、変な汗が背筋を伝って、下手くそな深呼吸を一回ダケして。ようやく、首から下に目を落とす。


 顔と同じ、脚と同じ、ツヤのある暗褐色の肌。


 驚くことに、恐ろしいことに、その肌はほとんど何も隠されていなかった。


 鎖骨の下や腕、太ももの側面から足首にかけては、密度の高い白い幾何学的な文様が走る。

 ただ他は布とヒモ、言ってしまえばソレだけで。胸とか腰とか、尾の付け根とか、そういう、ホントに出したら捕まるような所にだけ、淡いベージュの布が前掛けみたいに、垂らしたり、巻き付けられていた。


 レオタードにエプロンやスカート、短いマントを付けた私たちの服装が "ほとんど水着" なら、彼女の服装は "もう全部下着" だった。


 というか! ここまでの恰好だと普通にビーチでもアウトだよ。間違いなくとも。


 現に今、目の前でこうして、腹部に損傷を受けた男が、情けなく中腰で、うずくまっちゃってるワケですから。ねぇ、でしょう?


「――ラスタフさん?」


 我ながら低い声がでた。

 いや、分かるんよ気持ちは。そういう経験は無いケドさ、最低限の(教育)位は受けてますよ、義務教育は受けれてないケド、


「ち、違うんだ。アンヌッ、コレは――

「何が?」

「いやッ、その――」


 解ってるよ、解ってるんだよ。ゴメンね、嫌なヤツだよね。でも続けるね。


「……許してくれ、いっ、数秒で良いんだ」

「何を?、怒ってないよ別に」

「お、怒ってるじゃないか! 名前も――」

「ほらぁ早く。戦いなよ、オネーサン待ってるよ。うい」


「そ、そんな……」


 顔を赤らめ、上手く締めることの出来ない口をモゴつかせながら、泣きそうな顔でコチラと、目の前の美女へ視線をいったりきたり。そればかり。


 ああ! どうしたってんだい!?

 そんなに彼女と戦うのが怖いのかいガラン君!

 いつもみたいに。そう、いつもみたいにしたら良いんだよ?


 人生に疲れたような雰囲気で、どこか落ち着き払って余裕ぶってて、自分も疲れてんのにヒトの荷物とか全部持っちゃって。背丈余裕で180越えてて。ロクに果物もむけないクセして料理手伝おうとして、自分の命狙ってきた相手にすら笑っちゃって。


 ……見ず知らずの犯罪者を逃がすために不法入国まで企てちゃって。


 そんな紳士とホストと小学生が雑居するヒトが今、これ。コレ?、これかな? コレなんですか!?


「……ひっ、ヒヒ、えへへ……」


 信じられない。にわかには信じがたい。それでもガマンできなかった。まるですりつぶすように閉じていた口が怪しく裂けて、あとはもう、最悪に下卑た笑い声がノドを鳴らした。


 ヒドいよね、つらいよね、


「――、戦ってるんだよ、あれでも」


 ぽんと肩に置かれた手に思わず振り返る。伸びた手の先、険しい顔立ちでコチラを見つめる町長がいた。


「……縮みました? 町長?」

「あ、いや。ちがう。アレだ。更年期障害」


 中腰のまま、見苦しい言い訳をする彼の手をホコリのように払いのける。何も出来ずにさみしそうに払われた手を見つめた男に、最早 隠す気も失せた笑顔を返した。


 町長は何も言わなかった。裂けたような私の口から覗いた牙を見て、少しおびえたような顔をして、それからまた顔を逸らしてしまった。

 

「ヅシタ、ヌカオニナヌガヅイデランズ」


 全ての元凶がしびれを切らして叫ぶ。相変わらず発音が違いすぎて上手く聞き取れないけど、何かいらだち、それから疑問の音が強いのは理解できた。


 不愉快そうに眉をひそめては、彼女は目の前で苦悶の表情で前傾姿勢をキープするクマを見て首をかしげる。


 それは軽蔑ではなかった。ただ今戦いの最中、突然うづくまってはパタリと戦意を失ってしまった目の前の男に対する、純粋な疑問の現れだった。



 ……、なるほどどうして、一番タチが悪い。さっき、"自覚がないようで" だなんて言ったケド、シャレでもフリでもなかったみたいだ。


「ハハハ、情けねーな英雄サマ!」


 空元気を振り絞った精一杯の強がりが、どこからともなく浴びせられる。

 振り向くとそこには、包帯と見慣れない文字のようなものを書かれたノイマンが立っていた。


 先ほどのレイピアを鞘にしまい。杖代わりにしてフラフラと、フラフラと立ち上がって――


 いや、立ってないコイツ。多分立ってる。


「テメーもかよ!!」


 たどり合わせた先、思わず浴びせた罵声。 意図こそせねど散った雑念に、丁度よかったと舌打ちを乗せて。

 そのまま私はあからさまなガニマタで彼の元へヅカヅカと歩を進めた。


「ちょっとリーダーさん、流石にマズいでしょあの恰好」

「ハハハ……何も言ってないと思います?」

「そ、そりゃまぁ、」

「ミテ……一族に伝わる誇り高き戦装束なんです」

「え、じゃぁ何?、アレってニンジャのカタビラとかナイトの鎧みたいなヤツなの?」

「ええ。ヘタに指摘するとキレられます。価値観が違いすぎるんです。肌をむやみに隠すのは自信が無い、邪心を隠してる、そういう意味になるらしくて」


「……どんな民族だよ、」


 眉を下げ、ポソっと呟いた一言。苦笑いを浮かべたノイマンの頭を掴んで、ずいとサーシャが前に入ってきた。


「その説明も必要だが、どのみちアレでは戦いにならん――オイ、」


 彼はどこか冷めた目でノイマンの方を一瞥しては、今なお膠着状態にあった二人へ声を掛けた。


「もう良い。アナタが我々では手も足も出んことは十分に解った。ラスタフ殿」

「そ、そうか――!、そ、そうだね、うん。それがいいよ、きっと」


 苦しみから解放され、ダイエットを終えたイヌのような笑みを浮かべるガラン君。


「ミテナ」


 彼は続けて、私たちの知らない名前を、ふてくされていた夜の美女に向けた。

 ミテナ、それが彼女の名前なんだろうか。


「ナスデ! ンデグネ!」


 彼女は地団駄を踏んで反抗した。外套に隠していた小刀を取り出してガラン君に向けると、あからさまに顔を歪めて、サーシャに向けて何かを叫んでいた。


 語数の少ない、けれどもちっとも解らない抗議は徐々に声量をまして。止める手が掛からないことをいいことに、どんどんと距離を近づけていった。


「ナステサッしゃ、のぅマゴドキライ!?」


 鋭い爪と翼膜を持つ腕をつかみ、なだめようとするサーシャ。そんな彼の手を振り払い、まるで子供のように抗議していた夜の貴婦人、その言葉が、私の中で不意に意味を持った。


『なんでサーシャ、ノイマンのこと嫌い!?』


 今確かに言った。確信があった。ノイマンのことが嫌い? って、彼女は確かにそう言ったんだ!


 ようやくつながった情報と同時に、違和感が口に詰まる。

 一番のガラン君デカブツよりチョット小さいくらいの背丈に、宝石のような目。シャープな顔に恐ろしいほど細く長い手足。スモッグ着せて三輪車を漕がせても、ただ新しいファッションスタイルが確立されてしまうようなほどに妖艶な美しさを持つ彼女。

 しかしその挙動は、あまりにも、あまりにも子供じみていたから。


 体重差で取り押さえたサーシャに、耳をつんざく高音で抗議の意を示す。脚をばたつかせ目には涙を貯め、「う"う"ぅ"!!」とうめき声まで上げて。


 成長が早いとかだけでは説明が付かない。もう完全におもちゃ屋の前で暴れてる子供そのものじゃないかと、そう思った。


「ウヅゲナ! イマコイヂェド!?」


 少し高くなった怒鳴り声と共に、サーシャがわめき散らす幼女の顔を思いっきりひっぱたいた。その顔には、いつの間にかひっかき傷が出来ていた。


「わ”あぁぁぁぁあああぁぁ!!」


 ……バチンという大きな音の後、雨を残して静まりかえった森の中。彼女は泣いた。泣いてしまった。泣き出してしまった。


「あーなかせた」


 冷め切った棒読みと、慣れきった半開きの視線で、キミッヒがそう呟く。


「な、違ッ!」


 我に返ってそちらを振り向くサーシャ。ただ何か手立てがあるわけじゃなくて、ただ目の前で泣きじゃくる のマフラーを握ったまま、オロオロとすることしか出来なかった。


 ……これ、チャンスでは?、


 作戦が浮かんだ。

 頭の中でふと、ショーもないものがお一つ。



 

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