③国境の壁

「えぇぇ~~~~通れない!!、なんで!?」


 太陽も少しだけ赤くなりだした頃、ようやく到着した町の西端の門の前で騒ぐ銀髪が一羽。そう、私であった。


「開けてよぉ門! 」

「だ、駄目なモンは駄目だ! 帰りなさい」


 年甲斐もなく涙目で喚く私に少し気おされながら、槍を持った憲兵さんは立ちふさがる。

 その目は怒りとか恫喝とか危険性のあるものじゃなくて、ただ純粋な哀れみをもった子供をなだめようとする目立った。

 やめてよコッチが悪いみたいじゃんか!、……コッチが悪いんだけどさ、


「なんで入れないの?」

「なんでって――君、どこから来たんだ?」

「あっちの牧場から」

「そうじゃなくて!、国籍とかビザは?、――ってかあの牧場いったのか!?ダメじゃないかあんなトコ近づいちゃ!ヒト喰いフクロウ飼ってるマフィアのジジィが仕切ってるんだぞアソコ」

「えーあー確かピノキ? だけど――ッてかあのおじいちゃんマフィア?、どうしよ普通に話しかけちゃったんですケド!!」

「何で話しかけるんだ! 明らかにヤバいだろうが見た目!」

「ヤバかったぁ~~!!、どうしよ顔覚えられちゃったぁ!!ぱぁ!」


 おかしいと思ったんだ!!やさしさとかとは別の、大切な倫理観的なパラメータがあのおじいちゃんとヒビみたいに笑ってたフクロウからは感じられないと思ったんだ!

 目の前にあった命の導火線に今更気づいたのか、両手でほほを抑え青ざめるおのぼりさん。だいぶ態度が柔らかくなってきた憲兵さんは大きくため息を落とした。


「ピノキ=ラ=シルなら……さすがに遠いな。一般にまで完璧には伝わってないか……マフィアの件はそうだな。コレ握っとくか? 銃刀法でしばらく匿ってもらえるぞ、三食飯付きで。ちょっと人権は減るけど」

「内側から鍵掛かるタイプの物件はちょっと……ていうか伝わってないって?、何のこと?」

「あぁ、大体十年くらい前の事さ。このハーデルト山脈を挟んで東側の俺たちと西側の奴らの間にあったんだ──国が二つに千切れるほどの、戦争が」

「せんそう……戦争って!! 何ソレ!?、だって地図には──


 演技ったらしい弁護士が裁判官にそうするように、私はさっきの地図を引っ張り出し、目の前の憲兵さんに見せつける。


「ホラ!、同じシューメノン王国の中心に位置する宿場町だって書いてあるよ」

「その地図20年以上前じゃないか。悪いがそんな国はもう存在しないんだ」


 少し寂しそうな顔を浮かべて地図に手をかざす憲兵さん。後ろを振り向いては、夕焼けの中そびえたつハーデルト山脈を指さした。


「今この地方にある国は二つ。ここタインフィーアを西端するヘンデルスと、ハーデルト山脈の向こう、3年の戦争の末にウチと分裂したグレイツェルンだ。因みに、両国は今でも直接戦火を交えないだけでバチバチの対立国家。国交なんてもちろん千切れてるし、往来だってない」


 な、な何それ。え、じゃぁ私の依頼は?、お金は?、安寧は?


「い、行く方法は?、わt、わたしっ、どうしてもグレイツェルンに行かなきゃ。お金が、」

「依頼?、どんな依頼だ?」



 有るはずのない不可解なものの存在に首を傾げた彼の手に、半ば茫然自失状態の私は、震えた手で握りしめた依頼書を手渡す。


「コレは……」

「こ、これは?」

「第三国を通せって、意味じゃないかな?」

「だ、第三?」

「だってホラ、いくら何でも報酬が直線距離にしては高すぎるだろう?、ここからだと南のピストレオを通ることになると思うけど、大体2週間ぐらいかかるんじゃないかな、」

「2,2、2ういーく?、ぱぁどん?」

「あ、あぁ、ざっつらいと?」


 その回答を聞いて、目の色を喪った私は草陰へとよちよちと、まるで今生まれたばかりのモンスターのようにハイハイで進んでいった。

 なにか掛けれらた声も聞こえない、理解できないと首を横に振り、そのまま頭を低めの木の中に突っ込んだ。

 奇行にドン引く周囲ももはや知らぬ。思い切り息を吸いだしたかと思うと、気の触れたように突然叫びだした。


「ウソだぁぁぁぁああああ””””!!!!!」


 崩れ去る、一ヶ月の平穏。

 突きつけられた現実、あまりにもうますぎると思っていた、手に握りしめられていたはずの虚構、それの味が無いことを実感するよりも早く、私は号哭した。

 人目もはばからずその場で滝のように涙を流しながら、なだめようとする目の前の手も、騒ぎを聞きつけ駆け寄ってきたほかの声も無視して、その場で顔を地面と羽にうずめて泣きじゃくった。


 際限なくあふれる声と涙と震え続ける銀髪を、夕焼けだけが照らしていた。



「で、ソイツか……」


 ココは取調室、目の前で泣きながらふて寝する女を前に、少しあきれた様子で男は呟いた。


 金髪のアップバンクとブラウンの瞳、スッと伸びた鼻筋に困り眉。若く整った顔立ちといった印象。だが威厳のある軍服に加え厳つすぎる胸元の勲章の数が、ヒゲの薄さも相まって不相応な違和感を醸し出していた。


「まじまじと見ないでくれないか」

「あ、ゴメンなさい……」


 バレてしまった。翼からチラチラ見ているから大丈夫だと思ったんだけど、どうやらそうもいかないようだ。


「で、何したんだキミ」

「少しだけ……冒険をしました」

「そういうキャッチコピーみたいなのいいから、――オイ、」


 真面目に応える気のない私に、男は横にいた部下……というか夕方私を止めた憲兵さんへと視線をズラした。


「不法侵入と銃刀法違反、軍事境界線の越境と不審物の持ち出し。それから公務執行妨害です」

「そうかぁ、いやぁすまんすまん。ちゃんと冒険してたなぁ」

「えへへ」

「ほめとらんわ、」


 そう、私はあの後ヤケになって国境、というか軍事境界線に突撃したのだ。線を越えさえすれば何とかなると思ったのだけれども、世の中そうシュガーじゃない。ビターですよビター。

 目に見えない魔法で作られたシールドがハエ叩きのように私を地面へと叩き落とし、気がついたら手錠……は構造上付けれないので脚がテーブルと繋がれた。……ねぇ雑じゃない!? じぇんでるすは謡空属バートを差ァ↑別するのかぁ!?


「私には、とてもこの子がテロリストには見えんよ、」

「私もです、」

「なら解放してよ~~」

「そうもいかんよ、普通に重罪だ。それにホレ」

「ん~~?、って何コレ!!」


 手渡された紙の内容に私は驚愕した。目にした途端、目玉がそのまま落っこちてしまった。


『不審物・封印魔法・質量とエネルギーからの内容物予測=連鎖炸裂型爆弾』


「キミのその荷物、ふつうに町一つ吹き飛ばすレベルだぞ」

「アッチョンプリケ!!!」

「……古いな、リアクションが」

「てか待ってなのさ! 何?、今の今まで爆弾デリバリーしたって事!?あっぶな!」

「……その通りだ。で?、誰から預かったんだ。」

「え、それは――


 言えない!、フリーボードの仕事だなんて!


 そう、決して言えない。実はフリーボードの依頼はただでさえセーフもアウトもごった煮なのだ。あのおばちゃんだって職質受けたら「任意ですよね?、」って急にうさん臭くなるのだ。

 それに、これは、あくまで私だけかもしれないケド、日常的に所得や交通費をかくれんぼしたりして税金ダイエットしてるのがバレちゃう! それはマズい!!


「え、ええと……」


 出てこない言い訳にまごつきながら逸らした視線。明らかに何か隠しているのを隠す気のないワタシのそぶりに、目の前の男はフット笑った。


「吐いたらコレ食って良いぞ」


 ゴトン、という重量のある陶器の音。目の前、湯気と芳醇な香りを放って。大きな大きなオニオンスープグラタンが置かれた。


「いただきます!!」

「早っ!!」

「なんかぁ! モガむしゃ、フリーボードっていう?、ちょっちグレーな奴でぇ!ふっー、ふっー、いいのあるなぁって!もぐもがウンメぇエ!!」

「おーナルホドナルホド。で、その依頼書って見せてもらっていいかな?、つーか食い方きたないな!、盗らんから、ちゃんとキレイに食べなさい」

「まぁい(ハイ)!!」


 小学生のような返事と共に手渡された紙を受け取って、男は少し飛び散ったスープ汚れも気にせずまじまじとソレを見つめる。そして数秒ばかり考えこんだあと、もうスープグラタンしか移っていない私の目を見た。


「なんでこんな、どっから見ても詐欺確定のモノを……」


 ソレは軽蔑と哀愁のいりまじった目だった。カマキリを前に逃げようとしても脚がちぎれてうまく跳ねることのできないバッタをみるような目だった。


 それがどうした、今私の目の前にはオニオンスープグラタンがあるんだ。大きくてあつくて優しくここ数日の空腹、いや飢えから私を救ってくれる。何をいわんや、コレは祝福受けてる最中なのだ。

 邪魔するな、一日の努力を徒労へと変えられた哀れな はぐれ雛を、主は決して見捨てないのだ」


「上官殿、自分は取調室で独り言つぶやきながら涙を流してモノを食う人間を初めて見ました」

「だろうな、足枷を付けられた状態で笑顔でメシ食うヤツも初めてだろう。どうだキミたち、こんなの相手に残業も酷だ、もう今日は帰りなさい」


 ため息を一回吐いた後で、男は周りに残っていた部下?の憲兵さん達にそう言った。


「「いいのですか!」」

「あぁ、確かに罪状だけ見ればテロリストだが、こんな食い意地張っただけのアホに残業させられては敵わんからな」

「「お疲れ様です!」」


 解放感をたぎらせる元気のよい挨拶や敬礼とともに、部下さん達は掃けていった。 取調室の中には手錠……がムリなので足枷としてつけられながらスープをすする私と、上官さんだけが残る。


「さァてお嬢さん、邪魔者は消えたゼ?」


 せかせかとスプーンを動かしていた私の顔を見て不適に笑ったかと思うと、目の前の彼は突然そんな事を言い出すのだった

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2024年10月21日 19:10
2024年10月21日 19:30
2024年10月22日 19:10

S.L. ちぐはぐのそよかぜ ねんねゆきよ @NENE_tenpura

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