S.L. ちぐはぐのそよかぜ

ねんねゆきよ

第一楽章 アンヌ

①腹ペコの鳥ガール

「す、すごい!!、コレなら今月どころか来月も乗り切れる!!」


 目の前の掲示板に貼られた一枚の依頼書を手に取って。少しばかり鋭い、緑の瞳は輝いた。


 人々が集まるメインストリートの噴水前、周りの視線を一ミリもはばからず はしゃぎ回り、小躍りなんかしちゃって。

 灰かぶりのコットンみたいな銀髪と、頭一つ分くらい周りより小さい体躯、ひときわ目立つ蒼緑の翼、所せましと震わせて。


 チクチクとあちこちから、少し戸惑い気味の視線が注がれる。知ったことかである。こちとら生活がかかっているのです。


「太陽の城下町、シャイノイン、オレンジ通り、三番目、青色の屋根――、了解了解にっひっひ」


 書かれた住所を指でなぞりながらつぶやき、しめしめと緩んだ顔からニヤけ声を漏らしながら地図を開く。耳に挟んでいた赤ペンでトンと印をつけると、軽やかなスキップで受付へ向かっていった。


 これほどまで元気な足取りはいつぶりだろうか、考えるまでも無くここ数年は思い当たる節が無い。それほどまでに私は天にも昇る気持ちだった。


 ――なんせ今の私、何も知らなかったんだから。先の事なんて、


 ただもうレストランの裏路地で匂いを楽しみながらパンをかじる必要も、「消費期限は切れてから本番」や「カビはスパイス」などと戦時中じみた自己暗示する必要もなくなる。それが解っただけでゴキゲンだったんですから。




  眠子 千世 異世界フアンタジヰ作品


    ——STREET LOVERS——


      ちぐはぐのそよかぜ



 配達員、ソレが私の仕事。


 空を飛べば炎を吐くドラゴンが、大地を歩けば山を背負う巨獣が、海を泳げば氷河を削り進む怪魚がひしめいている。そんな少しばかり、いや大分人類が背伸びしづらいこの世界では、中々大変でリスキーで、けれど大切な仕事。

 遠く離れた人と人を結び合わせるため、命も省みずに古今東西、四方八方を飛び回るのだ。


 ――そう、飛び回るんだ。



 蒼謡翼チェロ・ブローラ、ソレが私の種属。


 翠や碧の色で構成された美しく大きな翼は、この大空を飛び回る自由の証明。炎さえあれば浮かべる気球や、多くのモノを運べる飛行船なんかも最近はボチボチ見かけるようになったケド、それでもまだまだ商売敵にはほど遠い。依然として早さも手軽さもノウハウも全部勝ってる。専売特許というヤツだ。


 じゃぁなんでそんなご飯の種に困らなさそうな仕事をしているハズの私がこんな目に遭っているかというと、ソレは "背伸び" をしたからだ。

 約一ヶ月前、近道の海域を越えて荷物を運んでいたところを、縄張りに侵入されたと勘違いしたバカたれランチャーフィッシュにズドン!!されてしまったのであります。


 右翼に開いた風穴を魔法おまじない回復薬ドーピングでゴマカしながら、何とか海岸まで飛びきったものの荷物をロスト、おかけで労災は降りなかった。

 冗談じゃない! と憤るもつかの間、保険に入ってなくてホントに冗談で済まなかった。入院代が……

 気が点いたらスッカラカン、すぐに気がオフになるかと思った。元から別に裕福とはほど遠い暮らしをしていたにせよ、流石にホームレス寸前の暮らしにも限界が来ていた。


 ようやく治った傷、すぐに再発はよしたい。多少メンドさはあれど簡単なモノから。そう考えてやってきたのがココ、国一番の大都市、ツェーモンドの噴水前広場なのだ。


 "フリーボード"


 今手に握りしめている依頼書が貼って合った掲示板。ここには時期や届ける業者を指定しない、仮にあったとしても大分ズルズルな条件で登録された依頼が貼ってある。

 時間指定がないというのは、病み上がり+栄養失調でいつ白旗をブンブンするか分かったもんじゃ無い今の私にはうってつけだった。


 ここに貼られる依頼にはもう一つ特色がある。それは報酬もリスクも依頼主が勝手にそれぞれ決めているので、割に合う仕事かどうかというのは受ける配達者わたしたち側が自分で計算して判断しなくてはいけないということだ。

 コレをミスるとキツいのなんの。7の段が強敵だった私にはとてもキツい。はじめのころはよく泣かされた。

 ちなみに距離がものすごく短く、正直コレなら徒歩で行きなよというレベルなのに報酬が4桁を越えているモノは決して手を出してはいけない。荷物が届く前に間違いなく配達者の身柄が警察に届けられる。泣かされるのが自分どころか家族にまで拡大してしまう。


 今回手に取った依頼は小包の輸送、距離は1500キロ。少し遠めだけど、ここからモンスターが巣くうような未開拓のエリアを挟まない。ほぼずっと平坦な道と町並みを飛んでいけば着いてくれる。これだけでもうれしいのに報酬がなんと40000シャーティア。一ヶ月は暮らせるのだ。大当たりである。

 中身は何だろう?、一応照会頼んで……イヤ、めんどっちいしお金ないし。

 

 ――いっか、な。


「おばちゃん!、コレお願いします!」


「あいよ~~」


 依頼書を手渡した初老のおばちゃん、彼女の上には「受付所」と書かれた看板が見える。ココにはフリーボードで受けた依頼の荷物が保管されているのだ。


「あぁコレだ、コレ。はい、」


  そう言って彼女が持ってきた箱は、せいぜいノートが入るくらいの大きさだった。重さも決してムリな大きさじゃ無いし、匂いもしない。私はほっと胸をなで下ろした。

 タマにあるんだ、ナマモノとかで実質の時間制限してきたり、信じられないくらいに重いモノが入っていたり。誰が読んだか『地雷原での宝石採掘』。

 ささやかな家族への贈り物から、果ては国同士の戦争に巻き込まれる密輸まで。この業界で喰っている人間ならば、誰だって一度は聴いた事がある喩え言葉だった。


「さむくなぁい?、だいじょうぶ?」


 依頼書を手にしていた時と同じようにしたり顔を浮かべていた私に、おばちゃんは心配そうに声を掛ける。別に寒くなんてない、というか今は初夏だから特に気温を気にする季節なんかじゃ無い。この質問が飛んできたのはソレとは別の理由、それはおばちゃんと私の容姿を見れば一目瞭然だった。

 

 バルト・ヒューマン。おばちゃんの種属、というか何ならこの国、この町、この広場のヒト大半の種属。そう、私がマイノリティなのだ。彼女たちは私たちと違って翼を持たず、少しだけ私たちより白っぽさとピンクっぽさの増した、毛のほとんど生えていない肌に、大体金から茶色までの髪、青っぽい目を持っている。腕は細く指が五本、モノを掴むのに適した長いのが生えている。


 一方の私はと言うと、髪は羽毛の変化したフワッフワの銀色で、瞳は翠。背中から腕に掛けて緑から蒼のグラデーションがかかった翼を持ち、その屈折しているところに指が生えている。3本ダケね。

 お尻の上には短めの尾羽が生えて、脚に至っては太ももから下、完全にドラゴンのソレだ。指と同じく金色の堅い鱗に覆われた、地面を蹴るというよりかはモノを掴むのに適した長い指とかぎ爪を持っていた。


 ここまで説明してようやく分かる。おばちゃんがどうして私に「寒くない?」と心配したのか。



 そう――服である。 


  まず背中とワキ。一切布、というかヒモすら通せない。ズボンやタイツもそうだ、履いたらその場で鉤爪がズタズタにしちゃう。

 仮に翼の上からポンチョのようにかぶせたとしても飛べなくなるし、というかそもそもめっちゃ暑い! 毛が退化しているのはあくまでも顔と胴体の前側、そしてヒザまで。背中やしっぽはふさふさなので、読んで字のごとく羽織っているのである。


 とどのつまりゴマフアザラシ一つまみ、私たちの服というのは、首から垂らした布を、そのまま脚の間を通して尾羽と腰回りで結んだレオタードのような格好なのだ。まぁ一応?胸当てとかスカート、エプロンをつけたりはするケド。

 ただコレが袖も足も通せる、何なら最近までみんなしてゴワゴワのドレス着てたヒューマン達からしてみれば極めて軽装、というかちょっと高い水着にしか見えないようで……


「大丈夫だよ!、羽毛布団ってあったかいでしょ?」


 軽く笑ってみせた私を見た後、おばちゃんの視線は私の足下へと向かう。そうだよ、ノーガードだよ、冷たいよ。ここだけ変温動物なんだもん。靴も履けないし、


「まぁ、気をつけてね」

「うん!いってきます!」

「ん。いってらっしゃい」


 小さくなっていくおばちゃんに手を振りながら、私は受付所を後にした。


 向かったのは広場の中心地から少し離れて、ヒトも建物も少しだけまばらになり出した道だけがギリギリ広いメインストリートの端の方。


 明らかに観光客向けでは無い質素な干し肉だけを買うと、先ほどもらった荷物ごと、太ももに巻いてあるレッグポーチに押し込んだ。


「んしょ、」


 代わりに取り出したのは笛一つ。白くて小さな、音階なんて無い単純なヤツ。それこそ学校の先生が首から下げてるような、まぁもう少しだけ豪華だろうケド、いや、豪華であってほしいよ、さすがに。


[ピィイィィィィッ!]


 口に咥えて強く吹くと、鋭く爽快な音が鳴り響いた。

 びゅうと少しだけそよ風が舞うと、やがて音は、吹いた本人の周りを風と一緒になってグルグルと回りだす。口から笛が離れた後もそれは止まらず、まるで魚の群れのように走り回っては、銀の髪や赤のスカート、朝の森のような翼をたなびかせていた。


 風が、音が、充分に周りに集まったことを確認して、私はぐっと足を畳んでかがみこむ。陸上選手がスタートするような姿勢で太ももとかかとに力を入れると、前方のゴールテープではなく遥か上にたたずむ太陽を、細めた目で見据えた。


「さぁ、お仕事開始だ!――新緑を照らして《 Forte_Mattinata 》!!」


 元気よく叫んだその瞬間、大地を強く蹴り飛ばすと、翼は太陽めがけて一直線、周りに突風と土煙だけを残して飛び立った。

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