第18話 妃たちとの宴・4


「――あっはっはっ! 面白い方術師だね! あたしのことも見てくれよ!」


 自分の席を立ってまで私に近づき、ずいと右手を差し出してきたのは翠妃・瑾曦ジンシー様。北狄の王女様で太陽のような人。この豪放磊落さ、やはり孫武さんを思い出す。北狄の人ってみんなこうなのかしらね?


 相手が望んでいるのでこちらとしても断る必要はない。


「では失礼しまして。……あら? 孫武さんの妹でしたか。道理で似ていると――むぐっ」


 言葉の途中で口をふさがれた。瑾曦様に。


「おっとすまないね。自分から頼んでおいて何だが、それ以上は公然の秘密ってヤツだ。ここにいる連中なら別に構わんが、他の場所では黙っていてくれよ」


 軽い調子で謝ってから瑾曦様は手を離してくれた。


 孫武さんと瑾曦様が兄妹ということは、孫武さんは北狄の王子であることを意味している。そんな彼が『皇帝劉宸』の親衛隊長……。


 北狄からしてみれば自分のところの王子が他国の皇帝に侍っているわけで。逆に大華国からしてみればいつでも皇帝の寝首をかけるところに北狄の王子がいると。なるほどこれは面倒くさそうだ。


 あれ? これ私口封じされる展開? やだわーこんなところで若い命を散らすなんてー。


「よく言うよ。殺されるつもりなんてこれっぽっちもないくせに」


 それはそうである。自分から殺されたいという奇特な人間は滅多にいないと思う。少なくとも私はゴメンだ。


「大華国の連中に北狄人の顔の見分けはつかないだろうと油断していたが、そうかこれが神仙術か……。何とも面白い嬢ちゃんだね」


 まるで男のような口調で瑾曦様は笑う。北狄の訛り……ではないか。北狄には男勝りの女性が多いみたいだけど、本当みたいね。


「しかし『孫武様』ではなく『孫武さん』ね。うちの馬鹿兄――じゃなくて兄貴と知り合いなのか?」


「えぇ。昨日出会ったばかりですが、求婚されまして」


「……あの愚兄、もう嫁さんがいるのに何やってんだ。しかも陛下のお手つきに……」


 いやお手つきじゃないですから。今までもこれからもそんな予定はないですから。


 梓宸の護衛として室内にいた孫武さんを瑾曦様が睨み付けると――彼はなぜか自信満々に腕を組み、胸を張った。


「あんな面白い女だぞ! 口説くのが礼儀ってものだろう――がっ!?」


 瑾曦様の投げた酒器(銅製)が孫武さんの額に直撃した。下手すりゃ流血沙汰なはずなのに孫武さんは無傷。やはり岩山のような人だ。


 というか孫武さんの実力からして飛んでくる酒器くらい避けられるはずなので、たぶん兄と妹とのじゃれ合いなのだろう、きっと。そう言い聞かせて私は目の前の兄妹喧嘩から視線を逸らした。陛下の目の前で親衛隊長と妃が言い争うとか笑えないもの。



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