第33話 紅妃・春紅(さぁ狩りの時間だ)
瑾曦様と後宮に戻り、瑾曦様の宮でお茶でもという流れになっていると。
じぃー、っと。
視線を感じた。
見られてる。凝視されてる。
どうやら狩りの経験がある瑾曦様も気づいたらしい。お互いに横目で確認し合ってから、同時に振り向いて視線の主を視界に収める。
「ひ!?」
建物を支える太い柱の陰に隠れていたのは紅妃・
……まぁ、『隠れていた』とは言っても、柱から顔の半分は出てしまっているし、後ろに多数の侍女がひしめいているのでバレバレだったのだけれども。
というか四夫人って行動力ありすぎない? お妃様ともなれば一日中自分の宮に引きこもってお茶を飲んだりお香を楽しんだりしているとばかり。もしやまともに妃らしく妃をしているのは藍妃・海藍様だけなのでは?
「…………」
「…………」
何か言ってくるかなーっと思ったので待っていたのに、春紅様はビクビクするだけで用件を口にする様子はない。
「…………」
「ひっ!?」
一歩。
春紅様に向けて足を踏み出すと、春紅様は三歩くらい後ずさった。ちなみに後ろにひしめいていた侍女たちは押される格好となり、小さく悲鳴を上げたり転んだりしていた。
「…………」
「…………」
一歩、さらに近づくとやはり三歩くらい後ずさる。
さらに一歩踏み出す。
三歩逃げられる。
一歩。
三歩。
一歩。
三歩……。
このままじゃどんどん距離が広がっていくなと判断した私は――、一気に駆けだした。
「――悪い
「ひ、ひぃいいいいぃいいいいっ!?」
東の果てにあるという竜列国の善神、『ナ・マーハゲィ』の真似をして走り寄ると、春紅様は目に涙を浮かべながら逃げ出した。
「ごめんなさいごめんなさい悪い子ですぅー!」
「アハハハハハ――げふぅ!?」
もうちょっとで追いつくなというところで首根っこ掴まれた。瑾曦様に。
「こら、意味もなく追いかけるんじゃないよ」
「いやだって逃げましたよ? 逃げた獲物は追いかけるものでしょう?」
「それは分かる」
うんうんと頷く瑾曦様だった。やはり同じく弓を使う者として、狩猟をする者として容易に意思疎通ができるものらしい。
「あ、あの、翠妃様、そして凜風様!」
先ほど春紅様の後ろにいた侍女――服がどことなく豪華だから、侍女頭かな? 侍女頭が決死の覚悟を浮かべながら私と瑾曦様の前に立った。春紅様に置いて行かれたから諦めた、って訳じゃなさそうね。
というか、
「あれ? 瑾曦様はとにかく、私の名前まで知っているんですか?」
「そ、それはもちろんです」
もちろん? なんでもちろん?
首をかしげていると、やれやれとばかりに瑾曦様がため息をついた。
「侍女頭だから昨日の宴でも控えていたんだろうね。……皇帝陛下を蹴り飛ばし、そのあとは毒を食べた侍女をよく分からない術で救ったんだ。覚えるなという方が無理な話だろう?」
そんなものだろうか? 梓宸って足蹴にしやすいから皆ももっと蹴ってもいいのでは?
あと、よく分からない術とは失礼な。大華国の神仙術士が、欧羅の神様に
もういっそのこと神仙術士じゃなくて魔術師を名乗ろうかしらと悩んでいると、春紅様の侍女頭が勢いよく頭を下げた。
「こ、この度は紅妃様が失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ありませんでした! ですが、翠妃様や凜風様と敵対する意思はないということはご理解いただければと……」
顔を青くする侍女頭をイジメる気にはならないのか、瑾曦様はひらひらと手を振った。
「あー、いいさいいさ。貸し一つってことで納得しようじゃないか」
「あ、ありがとうございます! では、後日改めてご挨拶に伺わせていただきます!」
もう一度頭を下げてから侍女頭さんは逃げるようにこの場を去った。いや実際逃げてはいるのかしらね?
「……なんかよく分からないんですけど?」
「そうさねぇ。春紅は皇帝陛下から呼び出されたあたしと凜風を待ち構え、覗き見をしていたんだ。四夫人としてはあり得ないほど軽率だし、不躾。もし陛下に告げ口されたら寵愛を失うかもしれない。それに『皇帝が連れてきた愛妾に追いかけられ、逃げ出した』という噂が流されては紅妃としての格がさらに落ちる、ってところかな?」
「いや愛妾って。誰のことですか?」
「凜風以外の誰がいるんだい?」
「私以外にもたくさん可愛い子がいるでしょうに……。はぁ、やはりよく分かりませんが、上級妃も色々と大変なんですね?」
「凜風もいずれはそのど真ん中に巻き込まれるんだけどな?」
「ははは、断固拒否します」
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