第34話 铃ちゃん(あるいは、天丼展開)


 瑾曦様の宮の前まで移動すると、


 じぃー、っと。


 視線を感じた。


 またかい、というのが正直な感想だ。

 苦笑する瑾曦様とほぼ同時に振り向くと、そこにいたのはまだ年若い侍女だった。


 見覚えがある。

 昨夜の宴で毒味役をしているときに毒を食べ、私が治療したりんちゃんだ。一応鑑定すると――うん、体調に問題はなさそうね。


「え~っと、铃ちゃんだったかしら?」


 まぁ名前は知っているんだけどね。こういうときは疑問系で問いかけるのがお約束というものだ。


「はい! そういうあなたは凜風様ですね! 昨晩は私を助けていただいたようで、お礼を言わせていただきます!」


 お礼を言う。という割には凄く強い目で見つめられているような?


「あぁいえ神仙術士として当然のことをしたまでですので――」


「ですが!」


 キッ、と睨み付けてくる铃ちゃん。


「皇后に相応しいのは雪花様です! あなたには恩義がありますが、手加減はしません!」


「いや手加減って……」


 なに? これから殴り合いの喧嘩でも始まるの? 言っておくけど私とても強いわよ? 梓宸相手に鍛えたし、いざとなれば欧羅魔術の身体強化を使えるもの。


「ほほぉ、面白い」


 と、なぜか腕を組む瑾曦様。なんか知らないけど楽しんでますね?


「この凜風も中々のものだと思うが、雪花はそれに勝るというのかい?」


「もちろん! まず特記するべきはその美しさ!」


「凜風も綺麗だと思うがね?」


「大華国では滅多にいない、日の光を反射して輝く金色の髪!」


「凜風の銀髪も輝いているし、他に類を見ないだろう?」


「その名の通り、雪のように白い肌!」


「凜風も負けず劣らず白いな」


「誰に対しても分け隔てなく接する、慈愛の心!」


「凜風も分け隔てなく接するな。皇帝に蹴りを入れるくらいだし」


「……なるほど! さすがは凜風様! 雪花様がお認めになったほどの御方ということですか! 中々強敵のようですわね!」


 あ、はぁ。


 別に雪花様と敵対するつもりはないんですけど? もしも皇后になりたいというのなら応援しますし。


 ――本当に、皇后になりたいのなら。だけれどね。


 なにせ私の『目』は色々と視えてしまうのだ。


「そうでした! 凜風様! 雪花様はいつでも気軽に宮を訪れて欲しいそうです! 姉なのだから遠慮するなとのこと!」


「あ、はい。そうですか。別に姉じゃないですけどね……。では、皇帝陛下からも頼まれていますし、また明日にでもお伺いしますね」


「しかとお伝えいたします! 細かい時間調整は侍女を遣わせてくださいませ! それではこれにて! 失礼いたします!」


 毒を食べたばかりだというのに早足で戻る铃ちゃんだった。なんというか、嵐みたいな子ねぇ。


 ……あ、侍女と言えば。


「私、侍女なんていないんですけど?」


「そうなのかい? 後宮で過ごすなら最低でも一人は欲しいところだね。妃ってのは細々とした用事は侍女にやらせるものなのだから」


「……まぁ、妃になるつもりなんてないのですから、必要ないですか」


「往生際が悪いねぇ」


「まだまだ死ぬつもりはないのでね。欧羅のことわざにいわく、結婚は人生の墓場なり」


「むしろ後宮が人生の墓場だけどね」


 黒い冗談を言う瑾曦様だった。




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