後宮の神仙術士 ~よろず雑事、解決します~

九條葉月

第1話 あの日の約束


「――俺は、皇帝になる!」


 私の幼なじみは、そんな、お偉いさんに聞かれたら処刑されかねない『夢』を語る青年だった。


 なにをバカなことを、と万人が思うだろう。

 荷運びの日傭取り(日雇い)で糊口を凌いでいる人間がどうやって皇帝になるというのだろう?


 いや、彼は間違いなく皇帝の血を引いている・・・・・・・・・・けれど、それだけで皇帝になれるほど世の中甘くない。すでに皇后の息子が皇太子に選ばれた今、それを押し退けて次代の皇帝になることはほぼ不可能だろう。


 戦乱の世ならそれこそ農民から皇帝に、という夢を見ることもできるとはいえ、幸運なことに我が『大華国』は安寧の世を謳歌している。


 結論すれば、バカな男だと思う。

 夢と現実の区別がついていない男だと思う。


 ……でも。

 夢を語る彼の目はとてもとても輝いていて。


 正直言えば。

 私は、その瞳が好きだった。


 だからだろう。

 私が15歳になったあの日。あのとき。


「――結婚しよう。いつか、俺が皇帝になったら迎えにくる。それまで、待っていてくれないか?」


 唐突にして何の具体性もない話に頷いてしまったのは……。そんな彼の瞳が好きだったからなのだろう。


 そして。

 結婚の約束をした翌日に彼は突如として仕事を辞め。私の元から離れていき。


 五年、十年と彼のことを待ち続けた私は大人になり、それなりの仕事をこなすうちに周りの人間からも頼りにされるようになって……。


 いつしか、結婚適齢期を逃した『行き遅れ』になってしまいましたとさ。


 ……私、あの男を殴っても許されるわよね?


 彼は五年前皇帝になった・・・・・・けれど……迎えには来てくれないまま結婚適齢期を過ぎてしまったわけで……。殴っても、許されるわよね?










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