第30話 取り調べ見学

 刑部の建物の中を進んでいると、とある部屋に案内された。何も置いてない奇妙な部屋。宮廷内の建物なのだから壁が薄いというはずはないのだけど、隣室からの話し声はよく聞こえた。


「凜風様、こちらへ」


 張さんが手招きしたので壁の前まで移動すると、壁には小さな穴が開けられていた。ははぁ、この覗き穴から隣室――取調室の様子を確認できるらしい。


 と、取り調べをする役人っぽい人が取調室の中に入ってきた。こういう仕事をする役人って厳つい人なのかなと思ったけど、意外と温厚そうな顔つきだ。


 役人風の格好をした男に続いて、中年男性が入室する。服装からして庶民だけど、庶民にしては良い服を着ている。


「あの男が野蒜ノビルを城に納入している商人ですな。……こちらの話し声も隣室に聞こえてしまいますので、取調中はお静かにお願いします」


 張さんが小声で注意してきたので頷くと、取り調べが始まった。


「さて、ここに来るまでに話を聞いていると思うが、妃様の毒味が水仙を食べたようでな。料理の野蒜に水仙が混じっていたのだろうと考えられているのだ」


「へぇ、ですから、素人ならともかく、うちらが水仙と野蒜を間違えるってことはありません」


 冷や汗を流しながらも断言する男性だった。自分の仕事に誇りを持っているみたいね。


「だがな、あれだけの量を納入しているのだから間違えている可能性も……」


「いえ、ねぇです。お城に納入するものは専用の畑で育てていますから。野蒜というのは自生したものを収穫していたんですがね、うちらはそれを長年の努力で畑作して――」


「あぁ、分かった分かった。……今までは何の問題もなかったし、城に納入しただけでは妃様に狙って食べさせることもできないものな。今後も細心の注意を払って納入するように。もし混入が発覚したら打ち首だからな? 気をつけるのだぞ?」


「へぇ、肝に銘じさせていただきやす」


 終始穏やかな雰囲気で取り調べは終わった。なんだか意外。もっとこう拷問とかして吐かせるものとばかり。


「先帝の頃ならとにかく、今では拷問は禁止されております」


「へー」


「……まぁ、容疑が確実であるなら話は別ですが」


 サラッと怖いことを言われた。暗殺者とかには容赦なく拷問して背後関係を吐かせちゃう感じなのかしら?


 ……あ、そうか。今は皇帝である梓宸も隣室で覗き見しているものね。あまり無茶な取り調べはできないというのもあるのか。


「凜風様。あの商人は嘘をついているでしょうか?」


「嘘はついてないですね。ただ、内蔵に病気があるので治療が必要です。あとで私が診てあげましょう」


「……赤の他人にも相変わらずお優しいことで。では、あの男はしばらく待機させましょう」


 張さんが部屋に待機していた役人に何か指示を飛ばした。


「次は料理人ですな」


 取調室に入ってきたのはいかにも頑固そうな男性。料理人より武将をやっていた方が似合いそうな筋肉だ。まぁ重い鉄の鍋を振るっているのだから筋肉が付くのも当然か。


「あー、話は聞いていると思うが……」


「俺がそんなことをするはずがないだろう!」


 岩のような拳を机に叩きつける料理人だった。ものすごい剣幕なのだけど、職業柄慣れているのか取り調べをする役人も慌てたりはしない。


「だがなぁ、一番疑わしいのはお前だというのは分かっているだろう?」


「だからこそだ! 真っ先に疑われるっていうのに毒なんて混ぜるわけないだろうが! しかも水仙だと!? 俺がるなら確実に殺せる毒を使うに決まっているだろうが!」


「いやその物言いもどうなのだ……?」


「しかもどの料理が誰に配膳されるかも分からないんだぞ!? まさか嫌がらせのために誰のものでもいいから毒を混ぜたとでも!?」


「……たしかに嫌がらせのためだけに命を賭けるはずもないか……。うむ、お前の主張はよく分かった。だが、一応背後関係を洗わせてもらうからな。しばらくは職務停止だ。身柄もこちらで預からせてもらう」


「ふざけやがって……。不味い料理を出したら承知しねぇからな!」


「まぁ、その辺は心配するな。うちの料理人も腕はいいからな。休暇とでも思えばいいさ」


 こちらも和やかとはいかないけれど、比較的穏当に取り調べは終わった。


「あの男は長年皇帝向けの料理を作ってきた男ですからな。人間として信頼されておるのです」


「へー」


 まぁ皇帝向けの料理を作らせるのだから信頼できる人間じゃなきゃ無理よね。


「凜風様。あの男はどうでしたか?」


「嘘はついてないですね。ちょっと特殊な趣味があるくらいで」


「……それはそれで気になりますが、事件に関係ないなら置いておきますか……」


 真面目な張さんであった。


 続いて取調室に入ってきたのはまだ年若い侍女。四夫人にも匹敵するんじゃないかって美少女だ。


「彼女が昨夜厨房から宴会場へ配膳をした侍女のうち、毒の入った膳を持ってきた人物です」


 そんなことも調査済みなのか。優秀なことで。


 皇帝や四夫人の食事を運ぶことができるのだから、侍女の中でもかなり高位のはずだ。身元も確かなはずだし、高位貴族の娘さんかもしれない。……もしかしたら梓宸の妃候補なのかもね。


「私は何もしていません!」


 涙を浮かべながら身の潔白を主張する侍女だった。

 美人の涙を前にすると弱いのか、取り調べの役人もタジタジだ。……むしろデレッとしてない?


「い、いや、しかしだなぁ、お前が疑われる理由も分かるだろう?」


「私は何もしていません! 信じてください!」


「でもなぁ」


「お願いします! 頼れるのは役人さんしかいないんです!」


 役人の手を握る侍女。いつの間に緩めたのか胸元からはちらりと豊満なものが覗いている。


 あんなものは脂肪の塊だと思うのに、取り調べの役人はみっともなく鼻の下を伸ばしている。


 梓宸は他の妃相手で余裕があるのか、侍女の胸に興味を抱くでもなく、笑った。


「ははは、凜風じゃまず使えない手だな。あの頃からまったく成長していないし」


「…………」


 あ

 と

 で

 こ

 ろ

 す

  。


 まったく梓宸は分かっていない。あとでころす。女性の魅力は胸部に蓄えた脂肪ではないというのに。あとでころす。むしろ細身の女性はそれはそれで魅力的だというのに。あとでころす。


 どうやって証拠を残さずやる・・か思考を深めているうちに侍女の取り調べは終了した。いや、取り調べの役人は終始デレデレしていたのでまともな取り調べができたのか怪しいものだけど。


「り、凜風様……。あの侍女は嘘をついて――い、いえ、なんでもありません」


 なぜか滝のように冷や汗を流す張さんだった。



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