第31話 閑話 瑾曦・1


 ――面白い女だなぁ。と、瑾曦ジンシーは思う。


 突如として現れた許凜風という女。


 ……いや、突然ではないか。かねてより皇帝には故郷に残してきた思い人がいて、いずれ後宮に迎え入れられるだろうというのはもっぱらの噂だったのだから。ゆえにこそ皇帝陛下が賓客として女を連れてきたのは驚くようなことではない。


 いくらなんでも、銀髪金目という見た目とは思わなかったが。

 いくらなんでも、皇帝より一回りは年下の少女とは思わなかったが。


 劉宸(梓宸)が故郷を離れたのが十二年前だと聞いているから、当時の凜風は三歳くらいという計算になって――?


 うわぁ、と。何やってんだコイツと思ったのが正直な感想だった。


 瑾曦にとって劉宸とは兄の弟子であり、悪友であり。自分にとっては『皇帝と妃』というより『お互いの祖国のため共に戦う戦友』という間柄だった。

 だからこそ劉宸が思い人を連れてきたところで嫉妬なんてしなかったが……いやしかし、これは男と女という関係以前に、人として反対するべきじゃないのか? ただでさえ雪花と子作りしたことで幼女趣味者という噂が立っているのだから……。


 かなり本気で悩む瑾曦だったが、そんな彼女に侍女が耳打ちをしてきた。凜風は劉宸と同い年であり、神仙術士になった影響で外見の年齢が止まってしまったのだと。


 おそらくは宴会前に張の爺さんが侍女に入れ知恵をしたのだろうが……。今度は神仙術士という単語が瑾曦を悩ませた。なにせ先代皇帝は道士に入れ込み、まつりごと(国の政治)を滅茶苦茶にしたのだから。


 そんな凜風の、劉宸に対する『占い』は当たり障りのないものだった。外見を褒め、人柄を褒め、皇帝として褒める。これだけで判断するなら怪しい道士と何ら変わらない。


 だが、続いて占った藍妃・海藍ハイランに対する占いはよく当たっていた。いや未来を占うというよりは人物評価というのが正しいだろうが、当たっていることに変わりはない。


 これは、どちらか。

 詐欺師か、本物か。


 判断に迷った瑾曦は自らを占ってもらうことにした。こういうとき、自分から行動できるのが彼女の利点であった。


「――あっはっはっ! 面白い方術師だね! あたしのことも見てくれよ!」


 自分の席を立って凜風に近づき、ずいと右手を差し出す瑾曦。そんな彼女の行動に凜風は目を丸くしていたが、恐れはない。


(どうやら肝は据わっているらしいね)


 瑾曦が凜風への評価を一つあげていると、――凜風の瞳が、淡く光った。


 いや、おかしい。

 人間の瞳が光るはずがない。暗闇の肉食獣じゃあるまいし。


 だが事実として凜風の瞳は光り輝いていて。まるで獲物を見つけた虎にしか見えなくて。


「では失礼しまして。……あら? 孫武さんの妹でしたか。道理で似ていると――むぐっ」


 思わず凜風の口を手で塞ぐ瑾曦。この場にいる妃たちならば知っているだろうが、それでも極秘という扱いなので思わず手が伸びてしまったのだ。


「……おっとすまないね。自分から頼んでおいて何だが、それ以上は公然の秘密ってヤツだ。ここにいる連中なら別に構わんが、他の場所では黙っていてくれよ」


 いつもの『自分らしい』発言ができただろうかと少し不安になる瑾曦。そんな彼女の動揺などつゆ知らず、凜風は「口封じされちゃう? やだわーこんなところで若い命を散らすなんてー」などとうそぶいている。


「よく言うよ。殺されるつもりなんてこれっぽっちもないくせに」


 殺そうとすれば、こちらが殺されるだろう。妃としての権力や、北狄の王女という地位など関係なく。そう確信できる『何か』が凜風にはあった。


 ――面白い女だなぁ。と、瑾曦ジンシーは思う。


「しかし『孫武様』ではなく『孫武さん』ね。うちの馬鹿兄――じゃなくて兄貴と知り合いなのか?」


「えぇ。昨日出会ったばかりですが、求婚されまして」


「……あの愚兄、もう嫁さんがいるのに何やってんだ。しかも陛下のお手つきに……」


 だが、しかし。

 あの愚兄が気に入ったどころか嫁にと望んだのだから、少なくとも悪党悪人の類いではないのだろう。そう信じられる程度には兄のことを信頼している瑾曦であった。


 ……それはともかくとして、酒器(銅製)は投げつけてやったのだが。



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