第13話 宮殿へ
「こほん。陛下は晩餐会に凜風
わざとらしく咳払いをする維さんだった。心なしか私への言動が柔らかいものになった、気がする。
「我が孫ながら
肩をすくめる張さんはやはりどこか楽しそう。
『……凜風。宮廷になんて行くことはない』
維さんを睨み付けながら浄がそっと耳打ちしてくるけれど、そういうわけにもいかないのよ。梓宸は『皇帝劉宸』なのだから。
まぁ少しお話しすれば梓宸も満足するだろうし、たまには幼なじみのワガママも聞いてあげないとね。
『……お前はもう少し自分の魅力を自覚しろ』
不満そうな顔ながら一歩退く浄。少し前までだったらもっと食い下がっていただろうに。何だかんだで成長しているみたいでお母さん嬉しいわ。
「浄。先に帰って、お父様たちに少し遅れると伝えてくれる? あまり遅くなるようならもう一泊していくから」
『……宮廷に泊まるわけじゃないよな?』
「あんな野獣がうろつく場所に泊まるわけないじゃないの」
野獣とはもちろん浮気系幼なじみのことだ。
『わかった。すぐに伝えて、すぐに戻ってこよう』
そう言い残して転移する浄。まぁ彼の場合は私ほど神仙術が得意じゃないのでまた戻ってくるまで時間がかかるだろう。いい術の行使には十分な集中、十分な休養が必要なのだ。
縮地を見るのは初めてなのか、いきなり消えた浄を見て維さんは目を丸くしていた。
「御爺様から噂で聞いていましたが……なんと非現実的な……」
言葉が続かなかった維さんだけど、そこはさすがの現役宰相。すぐに冷静さを取り戻して腕で玄関を指し示した。
「表に馬車を待たせてあります。さっそく向かいましょう」
おぉ~、馬車? 馬車とか人生で初めて乗るわ私。狩りのために馬に乗ったことは何度もあるけれど。馬車は未経験なので乗り心地はどんなものだかちょっと楽しみ――
「待て、維。儂は腰が悪いから馬車には乗れん」
そうか張さんの腰は
「しかし御爺様。歩いて行っては時間がかかりすぎます。陛下や上級妃もお待ちなのですから急ぎませんと」
おっと聞き捨てならない発言が。上級妃? それって四夫人のことですよね? 位階で言ったら正一品。とてもえらい。何でそんな方々が……あ~、妃のお仕事の一つに『接待』があるものね。皇帝が『労をねぎらう』ときに妃が侍るのは当然のことなのか。
しかし、四夫人(昔私と結婚の約束をした男が今現在色々な意味で仲良くしていて子供も産んでいる女たち)に接待されるとか何の拷問だ。嫌がらせか。私の繊細な胃が死ぬぞ。昨日の殴打をまだ根に持っているのか梓宸のやろう。
「うむ、あやつは後宮での女性経験は多いですが、それだけですからな。寄ってくる女の相手はできても、離れた場所にいる女の口説き方は分からぬのでしょう」
私の不満を読み取ったのか張さんが苦笑していた。こっちは笑い事じゃないんですけどね。
「凜風殿。ここは儂の腰を助けると思って『縮地』で宮廷まで連れて行ってはくださらぬか?」
「え~まぁいいですけど、正直行きたくないですよねぇ。
「まぁまぁ、そう言わずに。後宮などという特殊な空間に出入りしていれば多少の感覚は狂ってしまうのでしょう。誰も見ていないところでしたら
維さんがいるから一応『あの男』と隠語を使う私と張さんだった。まぁたぶんバレているけれど。こういうのは直接口にしないのが重要なのだ。後々言い逃れするために。
「しょうがない。さっさと行ってさっさと帰りますか」
私はため息をついてから張さんと維さんの手を取った。一緒に『縮地』をするなら手を繋いでいた方がやりやすいし。失敗して一人だけどこかに飛んでいってしまいました、なんて事故は笑えないもの。
「……凜風様。一体何を……」
突然手を繋いだせいか維さんが固い声を出した。
「あぁごめんなさい手を繋いだ方が術を行使しやすいので。少しだけ我慢してくださいね?」
「…………」
眉間に皺を寄せる維さん。頬が赤い気がするのは――やはり庶民の女に触れるのは誇りが許せなくて怒っているのかしら?
「ここまで鈍いといっそ笑えてきますな。……うちの馬鹿孫は若いうちに花街にでも放り込んでおくべきだったかのぉ。まさか手を握られただけでこれとは……」
張さんが小声で何か言っていた。たぶんまた悪巧みでもしているのだろうから別に気にしなくてもいいか。
他の人も一緒に転移するので、今回ばかりはちゃんと呪文詠唱することにする。
「――
「――天皇天帝陛下へ願い奉る。虎は千里を往って千里を還ると
瞬間。
私たちの視界が光に包まれた。今回はきちんと集中したので失敗はない。光が収まり、まばゆさで閉じていた瞳を開けると――宮殿の正門前に無事転移していた。正門なら帝都に来たとき何度か見たことがあるので転移先としての想見(イメージ)がしやすいからね。
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