第14話 足蹴というか何というか

 一歩、歩き出そうとした私は違和感で足を止めた。そのまま違和感の原因、足元を見る。


 ……しまった。室内で転移したから外用の靴を履いていないわ。張さんや維さんならとにかく、私が今履いているのは刺繍が施された布靴。幸い地面には石畳が敷かれていたのでほとんど汚れていないけれど、さすがにここから歩いて移動する勇気はない。これ、借り物。布靴、汚れが中々落ちない。


「ええい仕方ない! もっかい転移! 今度は室内に!」


 宮廷の内部構造なんて知らないから目的地――梓宸の姿を思い浮かべながら再び術を起動させる。


「よし成功!」「ぐふぅ!?」


 どこかは分からないけれど豪奢な装飾が施された室内に転移できたので成功だろう。多少間違っていても張さんに道案内してもらえばいいし。


 しかし、「ぐふぅ」? なにやら妙に聞き慣れた呻き声というか叫び声というか鶏を絞めたような声が響いたような? 足元から。ついでに言えば足元の感触がずいぶんと柔らかいような……。


 もしかして誰か踏んじゃった? 下敷きにしちゃった? 私が恐る恐る視線を下に向けると、そこにいたのは無意味なまでに豪奢な服を着込んだ男性だった。


「……なんだ梓宸か。なら踏んでもいいか」


 さすが玉座。私と梓宸が乗っても軋みすらしない。いや私の体重は羽根のように軽いから軋むわけないけれど。


「よ、よくない……。早くどいてくれ……けっこう重い――ぐふう!?」


 一度地面(という名の梓宸)を踏みしめてから降りる私。女性を重いとか、此奴は一度死んで人生をやり直した方がいいのではなかろうか?


 と、私と梓宸がいつも通りなやり取りをしていると、


「え? は? ここは、宮廷……?」


 はじめて『縮地』を経験した維さんは頭を左右に振りながら存分に混乱し、


「……凜風殿。そういうやりとりは二人きりの時にやっていただきたく……」


 張さんは痛そうに頭を抱えていた。ちなみに二人は幸いにして梓宸を踏みつぶしていない。よかったわね官僚と元官僚が陛下を踏みつぶしたとあっては大問題だもの。


「なんだ!? 何の騒ぎだ!?」


 入り口で警戒をしていた孫武さんが部下らしき兵士数人を引き連れて部屋に入ってくる。孫武さんは剣に手を掛けつつ室内を見渡し……私の姿を見つけて気を緩めた。


「なんだ嬢ちゃんか。また何かやらかしたのか?」


「またとは失礼ですね、またとは。昨日出会ったばかりの孫武さんからそんな風に言われる筋合いはないですよ」


 私が反論するとなぜか白けた顔を向けられてしまった。


「……で? 一体何をしているんだ?」


 孫武さんの視線の先には玉座の上で悶絶する梓宸の姿が。羽根のように軽い私に踏まれたくらいで情けない男である。


「あら、梓宸。苦しそうにしてどうしたの? もしかして毒でも盛られたのかしら?」


「いや嬢ちゃん。宮廷じゃ冗談にもならないからな、それ」


 なにそれ宮廷恐い。


「う、ぐ、まだ許してはもらえないか……」


 苦しそうな声を上げながら立ち上がる梓宸。自覚があるようで何より。ひとの結婚適齢期を逃させたのだ、本来なら岩に頭を叩きつけて自害するべきところ。この程度で我慢している私、とても偉い。


 さて、一段落したし、まずはお招きいただいたお礼を言わないとね。


「陛下、本日はお招きいただきありがとうございます。私は平民ですので基本的な礼儀作法も知りませんが、細かいことは陛下の寛大なる御心でご容赦いただければ幸いです」


 両膝を突いてテキトーな口上を述べる私。だって宮廷作法とか習ったことないし。先祖が南朝貴族だろうが今現在の地位は平民だもの。それに張維さんも細かいことは不問に処すと言っていたし。


「……皇帝を踏みつぶすのは細かいことじゃないからな?」


「あ゛ん?」


「……よ、よく来た許凜風。今夜は多少の無礼には目をつぶろう。大いに楽しんで行ってくれ」


 ようやく立ち上がった梓宸は衣装についたホコリを振り払い、威厳を取り戻すかのように咳払いをした。


「では、まずは宴会場に向かうとするか。妃たちも待っているから紹介しよう」


 そう言って梓宸は私の返事も聞かずに歩き出してしまう。え? 今まで宴会場で待たせていたの? 一番偉い妃たちを? 平民の私が?


 そんな宴会場に突入させるとかなんだその拷問。ちったぁ考えろこの鈍感男。その無防備な背中に跳び蹴り食らわせてやろうかしらと足に力を込めたものの、孫武さんに羽交い締めされたので諦めた。仕方ないので大人しくついて行くことにする。


「私は仕事が残っているので、これにて」


 宰相である維さんが頭を下げてくる。初対面の時はふんぞり返っていたくせに。やはり皇帝陛下の前では猫を被るのかしら?


「この鈍さ、わざとなのかと疑いたくなりますな……」


 張さんが呆れている間隙を縫うように維さんが私の前に立ち、じっと見つめてきた。う~ん改めて真正面から見ると良い男だわ。梓宸や孫武さんにはない線の細さがまた。


「いいですか凜風殿。後宮には各地から美しい女性が集められていますが、気後れする必要はありません。着飾ったあなたは決して負けないでしょう」


 維さんからの呼び方が凜風殿になった。さすが宰相、変わり身も凄い。


 あと、「着飾ったあなたは」という言い方はどうかと思います。いや素の状態で妃様に勝てるとは思っていないし服の力を借りなきゃいけないのは分かっているけど、それでも私にだって女性としての尊厳があるのだ。せめて「勝てますよ!」と断言して欲しい……。


「……このバカ孫には女性の扱い方を一から教えないといけませんなぁ」


 悩ましげにつぶやく張さんだった。






※梓宸の姿を思い浮かべると、梓宸の上に転移する。これが凜風なりのデレなのです(作者による精一杯のフォロー)


 梓宸は文句言わずに頑張ってお姫様だっこしろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る