第23話 連絡


 とりあえず後宮内の一室に泊めてもらうこととなり。

 私は神仙術を使って地元にいる弟と連絡を取り合った。逓送(駅伝)とも狼煙のろしとも違い、声を直接届けるこの術は、欧羅式魔術で念話パスと呼ばれているらしい。


 そんな念話が弟の呆れ声を伝えてくる。


『姉さん、12年経っても梓宸さんには甘いんですね……』


「ちょっと、そんな深々としたため息をつかないでくれない? 私のどこが梓宸に甘いのよ? むしろ尻に敷いているでしょうが」


『確かに。一見すると姉さんが梓宸さんを尻に敷いていましたね。実際は梓宸さんが姉さんの手綱を握っている感じでしたが』


「……あの頃、あなたってまだ9歳か10歳くらいよね? 私のことをそんな目で見ていたわけ? もうちょっと人を見る目を鍛えた方がいいわよ?」


『はいはい』


 肩をすくめたような声を上げてから弟が改めて確認してくる。


『では、しばらく王宮に宿泊し、事件を調査するんですね?』


「というより心の看護ケアかしら? 欧羅の物語に出てくる『探偵』なら嬉々として犯人捜しをするんでしょうけど……。どちらにせよ2~3日じゃ帰れそうにないわね。報酬はぶんどるつもりだから安心して?」


『危機感がない……。そういうことを言っていると、後宮から出られなくなりますよ?』


「え、なにそれ怖い話? そんな昔話あったっけ?」


『そうではなくて……ま、いいでしょう。ボクとしてはそちらでも構いませんし』


「うん?」


『父さんと母さんには上手いこと伝えておきますよ。浄さんの説得は自分でやってください』


 浄には弟たちへの連絡を頼んで、一足先に地元へ帰ってもらったのよね。神力の回復のため、あと数日はこっちには戻れないでしょう。


 ちなみになぜ『念話』があるのに浄を直接向かわせたかというと……あのままだと私が宮廷に招待されることに反対し続けそうだったからだ。今の梓宸は皇帝なのだから、そう簡単にお願いを無下にはできないし。足蹴にしやすいから忘れがちだけどね。


「ああ、大丈夫よ人助けなんだから浄も納得してくれるでしょう。それに梓宸とは仲良さそうだし」


『……可哀想に』


「かわいそう?」


『いえ、何でも。じゃあ、くれぐれも気をつけてくださいね? 今の梓宸さんは皇帝陛下なんですから。昔の感覚で殴ったり蹴ったりしていたら首が飛びますよ? 僕たちの分まで』


「…………。…………。……だ、大丈夫よ。梓宸はあのくらいじゃ怒らないから」


『姉さん? たった一日でもうやらかしたんですか?』


「あー、そろそろ寝る時間ねー、じゃあ弟よあとは頼んだー」


 弟の微笑ましい通信を終え、寝台の上に身体を投げ出す。


 なんともはや。天井にまで豪華な絵が描かれていた。たぶん建国神話における『神判の矢』だ。


 初代皇帝は風雨吹き乱れる中、自慢の強弓によって悪龍を退治し、この地に平穏をもたらしたという。それにあやかって皇帝から就任五年目には弓を使った神事が開催され、庶民の間でも話題となる。


 そういえば、梓宸の『神判の矢』もそろそろであるはず。まぁあの子は弓も得意で、よく私と一緒に狩りをしていたから平気だろうけど。


 梓宸は皇帝になるため反乱を起こし、多くの戦場で勝利を収めたという。いや、それ以前でも前皇帝の使い勝手のいい駒として各地の戦線を回らされていたのだとか。その中には、弓矢で敵を討ち果たしたことだってあるはずだ。


(私の知っている梓宸は、人を殺せるような人間じゃなかった)


 そもそも、私以外の女性に興味を抱くなんて想像できないし、子供を産ませるなんてもってのほかだ。……私が知っている・・・・・・・彼ならば。


 弟とのやり取りを思い出す。


(忘れるな。今の彼は梓宸ではなく、大華国九代皇帝・劉宸《リュウチェン》陛下だ)


 そんなことを考えているうちに私の意識は睡魔に敗北したのだった。

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