第22話 意外と甘い 


 私の率直な物言いに維さんがうろたえた。


「い、いえ、疑ってなどいません。貴女はずっとお爺さまと行動を共にしていましたし、毒を混ぜようにも厨房の場所を知らないでしょう。そもそも宴会の場に招待されることも想定外だったはずですし。そんな状況なら毒も携帯してなかったでしょう」


「あー」


 そう言われてみれば。私は容疑者から外れるのか。いや神仙術を使えば張さんの目を誤魔化して移動することもできるし、厨房らしき場所を探知することもできる。さらに言えば欧羅魔術・空間収納ストレージを使えば気づかれずに毒の運搬をすることも可能なんだけどね。


 ……う~ん、こう考えると神仙術士ってなんとも暗殺者向きね。余計な疑いを掛けられたくないから黙っておくけれど。


 さて。維さんによれば事件の調査に協力して欲しいとのこと。


「私が犯人と疑っているわけではないのなら……いったい何にご協力すればいいのですか?」


「毒の入手経路を調べれば、ある程度は容疑者を絞り込むことができます。貴女は毒を食べた侍女の治療を行ったそうで。毒の種類に心当たりはありませんか?」


「…………」


 心当たりがあると言えば、ある。というか千里眼で視たので正解も知っている。

 別に隠すことでもないので素直に答えてしまう。


「――水仙スイセンです」


やはり・・・水仙ですか……」


 維さんが悩ましげに手を額へとやった。水仙は初代皇帝が愛した花であるおかげか国の施設では大抵水仙が植えられているし、たぶん宮廷内の庭もそうであるはず。今日は縮地でやってきたからまだ庭は見てないけど。


 しかし、水仙は毒草だ。


 さらに厄介なことに、我が国では特別な扱いを受ける野蒜ノビルと見た目がそっくりなのだ。花が咲けばすぐに見分けが付くのだけど、葉っぱだけだとねぇ。

 私も何度か野蒜だと思って水仙を食べてしまった人の治療をしたことがあるくらい、この国ではありふれた食中毒事故となる。


 まぁ、幸いにして毒はそこまで強くないし、症状として嘔吐が含まれるのですぐに体外へと吐き出され、死亡事故なんて滅多に起きないのだけど。特に宮廷では毒味役が必ず付くし。


 毒草だから宮廷内から排除したいのに、初代皇帝ゆかりの花だからそれもできない。もし強行すれば「初代皇帝を軽んじている!」と攻撃の対象になるだろうし……。宰相である維さんからしてみれば悩ましいでしょうね。


 やれやれと維さんが首を横に振る。


「いくらなんでも宮廷への納入業者が水仙と野蒜を間違えることはないでしょう。となると、誰かが故意に混入したことになります。入手自体はその辺の庭から簡単にできますし。しかし水仙が毒と知っているなら、毒性も低いことも知っているでしょう。それでもなお水仙を使ったとなりますと――」


 そこまで語った維さんが憂鬱げなため息をつく。


「――赤子の堕胎を狙った犯行であると自分は考えます。凜風様はどうでしょう?」


「まぁ、可能性は高いですよね」


 毒味をした侍女の主である雪花様はたしか子供を宿したばかりであるはず。そんなときに毒を食べさせられたらお腹の赤ん坊に悪い影響が出るかもしれないし、もし毒味でバレたとしても『毒殺されかけた』という精神的な負荷によって――というのはあり得る話だ。


 次の皇帝に自分の子供を据えたい四夫人の犯行か。あるいは皇帝の寵愛を得たい内官(妃妾)がやったのか。もしかしたら妃の背後にいる貴族や派閥が絡んでいるかもしれない。と、維さんは考えているのでしょう。


 あーこわいこわい。庶民の私には縁遠い世界だわ。こんな怖い世界からはさっさと逃げ帰って平々凡々とした神仙術士としての日常を取り戻したいものよね。


 と、私は願っているというのに。


「――凜風」


 梓宸が私を見る。あの頃と同じ目で。あの頃と同じく期待を込めて。私ならば断らないと確信しながら。


「凜風。侍女があんな目に遭って雪花も不安に思っているだろう。……しばらく雪花の側にいてやってくれないか?」


「え~?」


「凜風なら安心して任せられるんだ」


「ん~?」


「なぁ、凜風」


「そうねぇ……」


「凜風」


「……分かった。分かったわよ。だからそんな捨てられた子犬みたいな目を向けてくるのはやめなさい」


 あまりにも皇帝らしくない姿に、ため息をつくしかない私だった。




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