第44話 大団円?


 翌日。


 冤罪回避のためとはいえ、雪花の侍女である铃ちゃんを張さんに引き渡す形となってしまった。


 お茶会に誘われていたことだし、ここは説明と謝罪をしなきゃいけないわねと私が決意して雪花の宮に到着すると――


「お気になさらず。铃も自分のやったことの責任を取らなければなりませんし」


 あっけらかんとした雪花の反応だった。え? それでいいの?


「これで処刑や追放などとなりましたらさすがに悲しいですが……。今回の一件、皇帝陛下の判断により『侍女は毒を食べたのではなく、食中毒だったのだ』ということになりましたし」


「え? そんな風になったの?」


「はい。宰相様も頭を抱えていたそうですが……お姉様の作った毒検知の指輪が本物であると証明されたため、もう類似の事件は起こらないからいいかとなったみたいですわね。それに、宰相様としては『宴で毒殺未遂事件が発生』するより『毒殺未遂かと思い調べてみたら、ただの食中毒だった』方が助かるのでしょう」


「……昨日の今日でしょう? いくら何でも情報が早すぎない?」


「そうでしょうか? むしろお姉様が遅すぎるだけでは? 今の後宮では『冤罪を着せられそうになった侍女! しかし凜風が皇帝を一喝し侍女を救ったのだ!』系の噂になっておりますわよ?」


「どういうこと……?」


「お姉様が宴の席で陛下を蹴り飛ばしたり、海藍様をたしなめたことが変な風に伝わってしまったのでは?」


 海藍様を窘めたって……? あぁ、『妃であるなら、皇帝が危険に近づく前に止めてみせなさい。それこそ命を賭けて。梓宸は阿呆ですが、我が国で一番偉い人なんですよ?』って煽ったことか。なんかまた海藍様が不機嫌になりそうな。


「とにかく、铃はただの食中毒ということで表向きは罰則なし。ただしやり過ぎたので反省部屋で五日間の謹慎となりました。統括侍女頭による再教育付きで」


「後宮って反省部屋とかあるの……?」


 あと統括侍女頭って何? なんだかいかにも厳しそうなんだけど……。


「これだけの人数が働いていますと、どうしても素行の悪い人間は混じってしまうものです。そういう人間を反省させる部屋は必要ですし、そういう人間を再教育するなら統括侍女頭は適任ですわ」


 平然と答える雪花だった。やっぱり後宮怖い。


「铃についてはお姉様が気にすることは何もありませんわ。というわけで、予定通りお茶会といたしましょう」


 雪花が手を叩いて侍女頭を呼んだ。彼女の手には事前に準備していたらしい欧羅式のティーセットが。


「お姉様のご実家は欧羅とも取引があると聞きました。なので今日は『ハーブティー』を楽しもうかと」


「へぇ」


 この国でハーブティーを好んで飲む人間は珍しい。独特の臭いや味が嫌われてしまうからだ。それに効能についても正確な情報が伝わっていないみたいだし。


 だからこそ欧羅商人との交流がある私となら一緒に楽しめるかもと期待しているのかしらね?


 毒殺未遂というか服毒事件があったばかりということもあり、私は侍女頭が持ってきたティーセットを『鑑定』して――


「――だから・・・、それはやめなさい」


 あのときと同じように警告した。


「お姉様、どういうことでしょう?」


 雪花に慌てた様子はない。まるですでに知っていた・・・・・・・・かのように。まだ正確には伝わっていないはずの効能を、知っていたかのように。


「欧羅木苺――ラズベリーリーフから作られるお茶。それは妊婦が飲んではいけないわ。正確を期するなら、雪花のように妊娠初期の人間は」


 私の言葉に、ティーセットを持ってきた侍女頭が反発する。


「何を偉そうに! これは欧羅において『安産祈願のお茶』として親しまれているお茶よ! 大奥様もこのお茶を飲んで雪花様を無事に――」


「偉そうに? にわか知識で語るのはやめなさい。確かにそのお茶には子宮収縮を促す効果があるから分娩時間が短くなるでしょう。でも、妊娠初期から中期にかけて飲み続ければ、それが逆効果となり早産や流産に繋がる。――皇帝陛下の御子を産ませたい・・・・・のならば、それを飲ませるのは妊娠八ヶ月後からにしなさい」


「な、な……!」


 困惑した顔で私と雪花を交互に見る侍女頭。そんな彼女に対して、雪花はどこか冷たい目を向ける。


「お姉様と二人きりで話したいことがあります。下がりなさい」


「雪花様!? こんな怪しい方術師と二人きりだなんて――っ!」


「聞こえなかったの? 下がりなさい」


「……しょ、承知いたしました」


 すごすごと出口に向かう侍女頭。他の侍女たちも戸惑いつつ後に続く。まぁ主人である雪花の命令には逆らえないのでしょうね。


 私と雪花だけになった室内で、まずは私が問いかける。


「二人きりで話したいとは、いわゆる内緒話?」


「はい。そうなります」


 先ほどより幾分大人びたような感じがする。あるいはこちらが『素』かしらね?


「じゃあ、内緒話ができる環境を整えましょうか」


 欧羅魔術・空間収納ストレージから小さな鈴を取り出す。本体から取っ手が伸びた、本来なら人を呼ぶときに使う道具だ。貴人というのは大声を出して人を呼ぶようなことはしないらしい。


 その鈴を鳴らすと、一瞬だけ何も聞こえなくなり……すぐ元に戻った。


 違和感があったのか雪花が両耳を押さえる。


「お姉様、その鈴は……?」


「魔導具――いえ、ここは仙人らしく『宝貝パオペエ』とでも説明しておきましょうか」


「パオペエ、ですか?」


「具体的に言うと室内の音を封じ込める道具ね。まぁつまり、この部屋の中で話したことが外に漏れ聞こえることはないってこと」


「それは……使いどころは限られますが、凄い道具なのでは?」


「まさしく使いどころが限られるのが欠点だけどね」


 なにせ普通の人間はこんな道具を使ってまで内緒話をする必要なんてないのだから。


「……もしかして、お姉様は自分の凄さに無自覚なのですか?」


「無自覚? 何が?」


「……いえ、何も」


 すべてを諦めたように雪花は首を横に振り、仕切り直しとばかりに咳払いをした。


「やはりお姉様は、このお茶について警告してくださっていたのですね」


「え? 気づいていなかったの?」


 私が「えぇ~?」という顔をすると、なぜか雪花に睨まれてしまった。


「お姉様は言葉足らずが過ぎます。『それはやめなさい』だけで分かるはずがないでしょう?」


「他にも人がいるから気を使ったのに……」


「わたくしに分からなければ、何の意味もない気遣いですわね」


 私の言い訳はバッサリと切り捨てられてしまった。なんかすみません。


「とにかく。改めまして、お姉様には感謝と謝罪を申し入れたく」


「感謝は铃ちゃんのことだとして……謝罪とは铃ちゃんの行動に対して?」


「それもあります。しかし、もう一つ。わたくしはお姉様を試すようなことをしてしまいました」


 雪花が目を向けたのは……侍女頭が置いて行ったティーセット。茶葉は妊娠初期から中期の大敵、ラズベリーリーフだ。


「……お姉様と陛下のご関係は聞き及んでおりました。お姉様からしてみればわたくしは浮気相手。ゆえにこそ、お姉様はわたくしがラズベリーリーフを飲むことを咎めず、流産させることもできましたのに、それでも警告してくださいました。一度ならず二度までも。この敵だらけの後宮において、お姉様は信頼できる数少ない人間でしょう。ですので、謝罪を。そして改めてお姉様と深い交流をいたしたく」


「……なんというか、大げさねぇ」


「後宮という世界は敵だらけ。皇帝の御子を宿した今は尚更に。少しでも味方を増やしたいと願うのは大げさでしょうか?」


「そう言われてみれば、それもそうね。……今のは試しだったとしても、以前からそのお茶を飲んではいたのよね? 梓宸の子供を産みたくないの?」


 私の詰問に、雪花様は当然のことのように頷いてみせた。


「はい」


「…………」


 ――恐ろしい。


 皇帝を憎んでいるわけでも、妊娠によって精神的に不安定になっているわけでもなく。ただ、ただ、理性的に判断して雪花はその結論に至ったのだ。自分の子供は、いらないと。


 この後宮に来てから、私は初めて真の意味での『恐怖』を感じたかもしれない。


「一応、理由を聞いてもいい?」


「まず一つは、まかり間違って男子を生み、権力闘争に巻き込まれたくはないから。そして二つ目の理由は、出産時のリスクです」


 リスク、とは危険度という意味の欧羅語だったかしら?


「あ~……」


 納得するしかない私。この国では欧羅に比べて出産時の死亡率が高いけど……その原因は医学の未熟と知識のなさにある。


 雪花は成人しているらしいけど、体格はどう見ても12歳か13歳くらい。妊娠出産するには小さすぎるのだ。


 代表的な例では母親の骨盤より胎児の頭の方が大きい可能性があり、その場合は胎児が母親の骨盤を通れず、自然分娩が不可能となる。そうなると母親のお腹を切り裂いて胎児を出すことになるのだけど……正直、この国の医学水準だとそんな判断ができる医師はほとんどいないし、施術の経験があるとなればさらに少なくなるでしょう。つまり、そのまま母親が亡くなってしまうことも多いと。


 子供の命より自分の命を優先させたとして、一体誰が雪花を責められるだろうか? しかも愛する男との子供ならとにかく……雪花と梓宸は、そういう関係ではない。


 どこか哀愁を漂わせながら雪花が胸の内を吐露する。


「この世界の女性は一人で生きていくことは困難です。特に貴族は家の都合で結婚させられ、相手への好悪など関係なく出産し、後継ぎを残すことが要求されます」


 うん、まぁ、そうよねぇ。私は平民なのであまり実感はないけど、貴族は大変だと聞くわね。


「幸いにしてわたくしは実家の力とこの見た目のおかげで後宮に入ることができました。しかし実年齢より幼いですし、他にも魅力的な女性がいるのだから皇帝のお手つきになる可能性は低いと思っていたのですが……」


「あの幼女趣味者ロリコンに手を出されてしまったと」


「い、いえ、ロリコンとまでは……」


「まぁ、それを考えるとラズベリーリーフを飲みたくなる気持ちも分かるわ」


「では、見逃してくださいますか?」


「あ、それは無理」


「……なぜですの?」


「だって私は神仙術士だもの。――この術は人々を救うために。それが師匠からの教えだし」


「……このまま出産しては、わたくしが死亡するリスクは高いと思いますが?」


「でも、産まれ来る赤子に罪はないのよね」


「それは、そうですが……」


「というか、そんな無茶をしたら二度と妊娠できなくなる可能性もあるわよ?」


「……では、お姉様が責任を取っていただけますか?」


「責任というと?」


「わたくしの出産まで――いえ、出産後もサポートしてくださいませ。正直言いまして、この国の医療では出産と出産後のリスクが高すぎます。ですが、铃を救ってくださったお姉様の『魔法』であれば安心して任せることができますから」


 魔法、ねぇ。

 なんとも独特な表現だ。神仙術とも魔術とも違う。雪花の前世で・・・・・・よく使われていた言葉かしら?


 もちろん、私だって綺麗事だけ言ってハイさようならというつもりはない。


「まぁ、雪花の出産に関しては私がサポートしましょう」


「では、よろしくお願いしますわねお姉様。何かあったときはすぐに駆けつけてくださいませ」


「あぁ、うん。大丈夫よ。後宮から帰っても魔導具を使えば連絡が付くし、縮地を使えばすぐに――」


「――あら。駄目ですよ?」


 雪花が笑う。

 にっこりと。

 妖艶に。

 その見た目からは想像できないほど、腹黒く。


「緊急時には魔導具が手元にないかもしれませんし、故障しているかもしれません。もしかしたら他の妃に盗まれたり壊されるかも……。縮地にしても、想像ではありますが消費魔力が大きく、当日の状況によっては使えない可能性もあるでしょう?」


「それは……」


「ですから――、お姉様にはわたくしの出産まで後宮に留まっていただき、わたくしのサポートをしていただきませんと」


「……はい?」


「後宮にいてくだされば魔導具が壊れていても侍女を派遣してすぐに駆けつけてもらえますし。とても合理的だと思いますが?」


「それは、いや、でも、私は後宮に長居するつもりなんて……」


「わたくしの出産をサポートしてくださるというのは、嘘だったのですか?」


「い、いや、嘘じゃないけど……」


「では、これからもよろしくお願いいたしますね? お・ね・え・さ・ま?」


「…………。…………。……後宮こわい」


 ガクガクと震えるしかない私だった。え? マジで怖い。付き合いやすいと思った瑾曦様も、雪花も、実際はこんな感じなの……? もしかしてラズベリーリーフを持ってこさせた時点でここまで計算していたとか?




 ――つまりは。

 私はまだしばらく後宮に留まらなきゃいけないみたいだ。


 はぁ……。梓宸の調子に乗った顔が目に浮かぶようだわ……。






※前の話に少し追加しました。


 あるいは現皇帝・劉宸(梓宸)も前世の記録持ちでないかと囁かれていた。平民出身にしては教養がありすぎるし、挙兵からたった7年で皇帝の座に着き、たった5年で内政を安定させてしまったからだ。




お読みいただきありがとうございます。面白い、もっと先を読みたいなど感じられましたら、ブックマーク・評価などで応援していただけると作者の励みになります! よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る